第19話 氷炎の剣の大破、【漆黒】の剣士の覚悟
「リーナ、どうしてあんたがここに」
リーナ。それは、【七選魔法師】のひとり。【英雄パーティー】の一員である。
氷魔法師ヴィリスを、追放へともっていたかせたひとり。主導は闇魔法使いのジェーンではあったが、ジェーンの心を決める発言をしていた。
「引き寄せられたから、という言い方が的確でしょう」
「リーナさん、【氷炎】ですか」
氷を燃やされ、どうにか一命を取り留めたヴィリスがいう。
想定される可能性として、それは大いにあり得た。
「『無能』のヴィリスでありながら、勘がいいとは驚きました。実は、数日前、私の体に【氷炎】は宿ったようなのです」
「剣ではなく、体に宿ったということですか?」
「ヴィリスのいう通り。霊のようなものが、取り込まれた感覚。右手が、激しく疼いているようです。萌えるようで、凍えるような。尋常な感覚とはかけ離れています。経験したことのないようなものです」
「へえ。この娘も【七選魔法師】のひとりなのね」
アイロスはいう。
「そうですが。その前に、ヴィリスも魔法を使えるようになったのですね。フライスの読みが当たったんですか。そして仲間まで引き連れて。フライスと今でも行動を共にしているのは予測済みでしたが、破廉恥な格好をしているエルフまで引き連れて」
「破廉恥な格好って……!! 私にとってはこれが当たり前なんですけど」
「私の感覚が正常なら、そういった格好をされる方のことを破廉恥と言うのだと思いますが」
「腹立つ物言い……」
「どうして、どうしてだ…… 貴様らはどうしてそう平然と勝負の緊張感を緩められる」
【漆黒】の剣士、ミランダはいう。
「ごめんなさいね、ヴィリスにとっては因縁の相手だから、勝負そっちのけになるのは当然でしょう?」
「いや、そこに驚いているのではない。リーナという女が、なぜ魔法を撃てたかだ。この【氷炎】は、魔法を拒絶するはず……」
「そこの剣士、【氷炎】の成り立ちをもしや知らないとはいいませんよね」
「なんだ貴様、知るはずもないだろう」
リーナは。つい嘲笑を浮かべる。
「自分の能力、いや剣ひとつの能力について知らないで、よく偉そうにできますね。自分の武器なら、自分が一番詳しくないと最強とはいえないと思って」
「貴様……」
「これは私の言葉ではありませんが。ある日あるときある場所で、英雄ブライ様が仰せになられた言葉の一節より抜粋させていただきました。それが、あなたにとって必要な、最適な言葉だと判断したもので」
「そうか、あのブライさんの言葉か。いつ考えても憎らしい。あの態度がいけすかず、【英雄パーティー】への加入を断って正解だったとずっと思っている」
「そうですか。私の人生にとっては至極どうでもいいですが」
リーナとミランダの反りが合わず、空気は険悪さを増していくばかりだった。
「【氷炎】の説明がまだでしたね」
「僕も、気になるので話を聞かせてください」
「では、剣士。一時休戦としましょうか」
「腹立たしいが、こちらとしても【氷炎】については気になるところだ。貴様の話、聞かせてみろ」
「あなたの指図ですか。ですがいいとしましょう」
一度目を瞑り、音を止め、口を開く。
「【氷炎】は、もともとただの氷魔法と炎魔法でした。普通なら、氷と炎が衝突すれば消えてしまい、水が垂れる」
「そうですね」
ヴィリスが相槌を打つ。
「ですが、とある氷魔法と炎魔法は違かったそうです。何かの拍子に、魔法同士が接触を拒みました。衝突の寸前、魔法同士が激しく離れ合おうと作用し。それが強烈な対流を引き起こした」
リーナが人差し指を、体の前で回す。
「この回転が止まらず、それはいつの間にか魔力を生み出し続け。二つの魔法は長いときをかけて融合し、膨大な魔力を持つようになったと」
「ほう、俺の剣にはそんなたいそうなものが宿っていると」
「同時に起こるはずのないものが、起こってしまったのが【氷炎】。矛盾が成り立ってしまった、特異な例といえるでしょう。それが、凍てつくような燃え盛るような感覚の正体だったと、推測されます」
「リーナ、推測される、というと?」
フライスが問う。
「さまざまな、不確定な情報元から掻き集めた情報を、私なりに解釈した結果ですから」
「話は終わりか?」
「剣士、ここからがあなたに関係することです。残念ですが、もうあなたの能力は消失することでしょう」
「何だと? 冗談じゃない、この俺の能力が、だと」
ミランダは驚きを隠せていなかった。つい感情が表に出て、体を大きく使って訴えかけている。
「【氷炎】は、もとは二つの独立した魔法。それが融合し、ふたつに割れているだけ。実際は、本来の姿に戻りたがっている、という結果が最有力視されています。ゆえに、きっと【氷炎】は真の姿をすぐに見せるはず」
「そんなの嘘に決まっているだろう? まだ信じられない。もっと貴様が持ち合わせている証拠を絞り出せ」
「私はここまで、自分ではない、右手を疼かせる【氷炎】を求めてやってきたこと。そして、出会ったのが炎魔法師の私と氷魔法師。そして、炎魔法がなぜか撃ててしまう。さらに……」
リーナは話を続けようとするが、右手を不意に抑えはじめ、途切れてしまう。
彼女の右手首が、赤色と水色に点滅する。赤色にも、水色にも見える、異様な光景であった。
さらに、ミランダが持っていたはずの剣が、ひとりでに空中へと浮かび上がる。
同じように、赤色と水色の光を点滅させながら。
「嘘、だろう……?」
リーナには強い痛みが走っているらしく、手首を押さえこんだまま倒れ込んでしまう。
そして、手首から光が離脱する。
手のひらと変わらない大きさの玉が、浮き出ていく。
炎と氷が入り混じった玉は、それぞれの色が抵抗しあうようにして対流を生んでいた。
強い風に、闘技場が包まれていく。
「これが、【氷炎】の力、というわけですか……」
玉は、ふらりふらりと、ミランダの剣まで近づき。
一瞬にして、大きな反応を起こした。
剣を起点として、上空まで、強い光が伸びる。
炎と氷が交互に巻きつくように、急速に伸びていく。
上空に魔力を放出し続けて、数分。
いよいよ反応が完全に終わる。突風も闇、たなびいていたアイロスやフライスの髪が揺れ、元に戻る。
浮いていた剣は、反応の終了とともに、大破してしまった。炎と氷の色も失せ、粉々になった、無惨な姿の剣だけが残る。
「俺の、剣が……」
「これで、【氷炎】が現れることは二度としてないはずです。もう、"貴様"はただの剣士ですよ」
「ありえない、ありえない……」
「ちょっと一言だけいい?」
フライスがいう。
「あなた、私たちに『後悔しても遅い』だとか、『舐められたものだ』だとか偉そうだったけど。剣が折れてしまえば、あなたもそう威張ってはいられないんじゃないの」
「クソが!!!! ふざけるな!! この俺が負けるなど、断じて信じられない」
「違う、そういうことじゃない」
「何が違う」
「私は、戦う前からそう大口を叩いていたのが気に食わなかっただけ。そして、剣の秘める力だけに頼っていたところ。魔法に頼る私たちがいえることじゃないけど」
そのやりとりをきき、思い立ったように、ヴィリスは振り返る。
何かをとったのち、急いでこちらまで戻ると。
「これ、使ってください」
地面に腰を下ろし、うな垂れているミランダに対して。
ヴィリスは武具屋でこしらえてもらった剣を渡す。
「ふつうの剣ですが、あなたの【氷炎】が宿っていたものと元は同じはずなので。正々堂々、剣士なら剣士らしく、剣で斬りにかかってください」
その言葉に、ミランダは、ハッとさせられる。
自分が剣士としての誇りを、絶大な能力の剣の前に放棄したことを。
能力を失っても、剣士として、また立ち直ればいいと。
「面白いな、貴様ら。いい提案だ。剣と魔法、どちらが強いか。さあ、また勝負を始めようじゃないか……!!」
勢いを取り戻したミランダは、剣士の目をしていた。
「戦うならこちらも全力ですよ」
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