第7話 目覚めると地下。氷魔法師の国からの依頼

聖樹を魔力で立て直すのには、相当な魔力を必要とした。

 ゆえに、ヴィリスは意識を失い、倒れてしまっていたのだが。


 それから三日後。


「……ん?」


「ヴィリス! ようやく目を覚ましたんだね」


 ヴィリスは、ここが今までいた村ではないとすぐに察知した。吹く風が爽やかで、草木が揺れ、擦れる音が心地よい場所ではない。


 薄暗く、寝そべっていたのはゴツゴツとした地面の上。肌がひんやりとして、ついくしゃみをしてしまう。


「ここは」


「氷魔法師の国、【ブランシュ】。洞窟の中に住んでいる魔法師たちの国」


「どうしてそんなところに」


「それはね」


 そうして、フライスはこれまでの経緯を話しはじめた。


 彼女によれば、ヴィリスが聖樹を立て直したものの、村長は『でもこれは聖樹ではないからな』などという小言を言い出したのである。


 さらに、もともとフライスが村長の娘の意識を取り戻すまでの契約であったから、別国への馬車をすでに手配していたとのことだった。


 さまざまな場所を検討してくれたようで、ヴィリスにとって優位な環境である氷魔法師の国を選んでくれたのだ、とフライスはいった。


「ここまではどうやって?」


「二日ほど馬車に揺られてきてね。そうしてこの洞窟の中で降ろされたの。馬車の操縦者の人がいうには、『アバックの村長の知り合いです』っていえば快く入れてくれるらしいから」


 なるほど、とヴィリスがいう。


「ここは洞窟の入り口付近ではないですよね」


「そうだよ。現在は地下3階。地下7階の最深部に、多くの氷魔法師がいるらしいよ」


「ここからさらに冷えるかもしれませんね」


「じゃあ、いきましょ、ヴィリス」



 丁寧に掘られ、整備もしっかりしていた。

 階段へと向かって、真っ直ぐに道が続く。道の横には松明が灯っている。

 モンスターが出る気配もなく、ふたりは先へと進んでいった。


 下へ下へと向かっていくと、冷え込みは加速していく。

 氷属性のヴィリスにとっては問題なかったが、フライスにとっては苦しい物があった。

 自身に回復魔法を付与して、どうにか寒さに耐えうろうとする。


「この通路を抜ければ、【ブランシュ】が」


 フライスは喋ることすらきついようで、小刻みに首を振る。

 人肌が恋しくなったようで、いつの間にかふたりは手を繋いで歩いていた。


 通路を先に進むほど、光に照らされていく。抜けていく。


 抜けた瞬間、パッと視界が広がった。

 全てが、氷に包まれた世界。

 天井の一部抜けていて、日の光が強く差し込む。


 地上付近のように地面が土であるわけではなく、凍った地面。

 丹念に時間をかけて作ったであろう、氷彫刻の数々。


 人はまばらしかいない。数人といったところだろうか。


「これが、氷の国……」


 呆気を取られていたのも束の間、ひとりの氷魔法師がヴィリスたちの存在を探知した。


「この国に、何か用件でも?」


 おもしろくなさそうに、乱雑な対応をとられる。


「アバックの村長の知り合いで」


「それなら話はついています。さっさときてください」


 ヴィリスもフライスも、この氷魔術師の印象は最悪であった。


「は、はあ……」




 広々とした空間の、その先。

 氷で作られたであろう、目立つ大きな扉がある。


「この先に、私たちのトップがいます。そういえば、あなたがたには名乗っていませんでした。グラス、女です。あなたがたの名前はもう知っているのできかないことにします」


「あの、グラスさん」


「無駄な会話ならやめてもらえますか?」


 ヴィリスにとってもフライスにとっても、彼女は印象の悪い女だった。




 扉の向こうでは、氷魔法師たちがヴィリスたちを歓迎するように、二列に並んでいた。その列の先に、ひとりの氷魔法師。


「君が、ヴィリス」


「そうですが」


「ようこそ、我ら氷の国【ブランシュ】へ。みな、かの青年に礼を」


 ようこそブランシュへ、と他の氷魔法師も繰り返す。

 男も女も混じっていたが、女の方が圧倒的に多かった。


「【ブランシュ】の国王、セルカだ。ボクは君のような氷魔法士に会えて嬉しいよ」


「ありがとうございます」


「古くから、ボクらは英雄ブライを慕ってきました。ずっと、氷魔法師には素晴らしい待遇をして下さったものですから。亡くなってしまった今は、【七選魔法師】の氷魔法師、ヴィリス様が信仰の対象なんだ。偶然だろうけど、君は英雄と名前が同じということに、驚愕しているよ」


 セルカは、目の前にいるヴィルスが、かの【七選魔法師】のヴィリスであるとは信じていないらしかった。

 まさか、英雄の息子でありながらわざわざこんなところに来るなど考えられず、村長からも普通の氷魔法師と説明を受けていたからである。


 ヴィリスは、自分が本当のヴィリスであることを隠すことにした。


「すごい偶然ですね」


「実にヴィリスの雰囲気があるいい男だな。ボクが惚れてしまいそうだよ」


 さて、とセルカがいうと。


「村長のほうから、ただものではない氷魔法師だと。そして隣にいる光魔法師の凄さもきいています。そこで、おふたかたに頼みがあるんです」


「頼み?」


「これまで、ボクたちは地上に近いところで暮らせていたんだ。それを拒むように突然現れたモンスター、【氷炎《ひょうえん》】。封印できましたが、完全に倒さないと氷が溶け続けてしまうんです。下へ下へと住処を変えてきましが、もう限界なんです」


 ここで、グラスが口を挟む。


「これからその封印を解く。お前らが頑張らないと、もろとも洞窟も国も滅びる。期待してるから、滅多刺しにして【氷炎《ひょうえん》】を殺してほしい。頼む」


「わかりました、僕とフライスで、やってみせます」

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