第4話「運命越え、集う」

 アルド達一行は、ミグランシウムを荷物に加え、ラウラ・ドームの花火職人の家を再び訪ねた。どっせいを捕まえた時の、妙に香ばしいような炭っぽいようなにおいが、家周辺に漂っている。中に入ると一層においは強くなった。


「炎色剤を手に入れたんだ!! 使えるかな!?」


アルドは譲ってもらった鉱石を荷物から少し手に取り、花火師に見せる。ミグランシウムは、見た目よりも重量は軽く、繊維状に白濁が練りこまれたような鈍色をしていた。800年前と変わらない姿をした鉱石を見て、花火師は思わずたじろいでしまった。


「まさに、ミグランシウムじゃないか!? 状態もいい。まるで過去から持ってきたようだ!」

「まぁ……いろいろな場所を旅してきたからな。偶然手に入れることができたんだ」


花火師は、アルドからミグランシウムを受け取り、作業台に向かった。そこにあった一冊の本を開き、内容とミグランシウムを見比べた。かなり表紙は赤茶っぽく古びているようだが、中身は保存されているようだ。現代に遡る前にもなかったため、アルド達には見覚えがなかった。


「うん、うん。これならデータもある。まさかこんなことが……いや、思った通りだ!

 俺の方でもうまく話が進んだんだ。俺と住民とで、花火を打ち上げようって計画さ!」


花火師はアルド達に体を向きなおし、大きく息を吸った。腹に力がこもる。導火線に火が付いたように、勢いよく夕空目掛けて拳を突き上げた。


「今夜、打ち上げ花火を決行する! 打ち合わせと準備といこう!」



 花火職人の家に一同が集う。窓外のラウラ・ドームには、夕焼けの色が満ちてきている。


「オーケー! また夜に向かうわ! それまで宿でゆっくり休ませてもらうわね」

「前回より小ぶりと聞いたが、煙火筒の配置はなかなか骨が折れる作業にござったな」

「おう、休んでな! なんとか準備が済んで俺も一安心だ。

 トラブルはないとは思うが、夜は頼んだぞ!」


アルド達一行は、なんとか準備を終えられた解放感から、口々に労をねぎらい合い、宿に帰り始める。


「アルド、ちょっと待ちな」

(うん? この前も最後に呼び止められたような……?)

「もうひとっ走りしてほしいんだ。ラウラ・ドームの住民に声をかけてきてくんないか?

 最終調整前に一声かけるってことになってるんだ。

 アルドの顔を見せてやれば、あいつらも自信もって取り組めそうだしな」

「わかった。ここまで来たんだ、引き受けるよ」



 アルドは、以前からラウラ・ドームで見かけていたおやじに最初に声をかけた。他の住民と共におやじは、花火の観覧席であろうテーブル周りの準備を手掛けているようであった。


「先の時震のせいで、時空の境界があちこちほころびかけているそうで、不安が尽きないね。

 次元の闇に巣くう怪物どもが俺達を襲ってこないという保証はどこにもないからさ。

 花火師から聞いたよ。打ち上げに合わせて空に願いを届けるんだって?

 おまじないみたいだけど何もできないよりいい。頼むからッ、この先ずっと鎮まっていてほしいよ……」


おやじは、空の向こうを見つめ上げた。時空の境界を想い、今一度鎮魂の念を捧げた。アルドも一緒に夕空を見上げた。アルドには、暮れていく空の色が少し深まった気がした。



 次にアルドは、父親とその息子らしい親子に声をかけたが、意外な返答があって驚いてしまった。


「子どもが花火を上げるのか!?」

「子どもと一緒に上げようと思ってね。これも君のおかげ。

 君達の時のように、防御魔法を使ってくれるらしいんで一安心さ。

 この経験が、子どもにとって未来の可能性を信じるきっかけになってくれたらと思うよ。

 ……結局は、親として何かしてやれるところを見せたいだけかもだけどね」

「男には、ムチャを承知でやらなきゃならない時もあるんだよ!

 つまり、僕も花火を打ち上げられるし、花火でみんなを明るくできるってこと!」


アルドはこの男の子が、花火職人の家の近くでよく見かける子だと思いだした。アルドには、同じくらいの時の自分より、この男の子が勇敢な気がした。まあほどほどにな、と柔らかく返事を残し、アルドは残りの打ち上げ参加住民に声をかけに行った。



「一通り声はかけられたかな。あとの人は、見ているだけって言うし……」


 アルドは、花火職人の家に向かっていると、まだ声をかけていない、ローブを身にまとったフードの人がゆっくりと歩いていることに気が付いた。


「あの人で最後だな」


アルドはフードの人に近づいていき、声をかける。フードの人は、アルドの方を向く様子はなかった。


「あの……、あなたも参加者ですか?」

「ここの花火はどんなのだい!? 火薬を使うって話だが、危険なくできるんだろうねえ?」


言い方にはどこか、アルドを寄せ付かせまいとする迫力が込もっていた。それと同時にアルドには、この年老いた女性の声になんだか聞き覚えがある気がした。


「ミグランシウムとかを使うんだけど、火薬を扱うデータはあるって言ってたよ」

「ミ゛ッ!? っ、腰が」


フードの人は、ミグランシウムという言葉に背がこわばった瞬間に、腰が痛んだようで、さすっている。アルドも思わず駆け寄りさすってあげる。

 ひとしきりアルドが腰をさすってあげたところで、フードの人はゆっくりと姿勢を取り戻した。


「やはりここに……」

「えっ??」

「いや、なんでもないよ。お忍びで来ている身なんだ。大事にしないでおくれよ」

「そうか……? でも、花火は夜なんだし、宿でゆっくりしていった方が……」


アルドの気遣いはフードの人には届かない。フードの人はもう一度、あの過去の続きを振り返っていた。


(エアポートで出会ったあの後……。もうこの子はダメになっちまったかと、頭をよぎったもんだ)


* * *


「あんた! 大丈夫かい!」

(エア・ポートで倒れたこの子を抱えて家まで連れて行って……

 この頃は、人ひとり担いで運んでもなんてことなかった。

 けど、そうだとしてもあの子はヒョロっとしていて、体は軽過ぎたね)


 わたしは、その子をベッドに寝かせてみて、身体を診てあげた。


「よく診たらあちこち内臓がボロボロじゃないかい?! 待ってな、今よくしてやるから。

 遠慮はいらないよ。困った時はお互い様さ」


わたしは、不思議な使命感に駆られ、色々な世話もしてやった。今思えば、本に書かれた内容が、いつの間にか自分に息づいていたのかもしれないね。自分の技術は誰かのために使うべきっていう。

 幸い薬学には長けていたから、内密に治療ができたものの、うまくいかない事もあった。


「ご飯ものどを通らないのかい……。あんた、生き方を忘れちまったのかい?」


 そんなことも言っちまった時もあったが、わたしの薬学はやはりピカイチだった。治療は功を奏して、日ごとに身体だけは息を吹き返してきたのさ。


「薬のおかげか、体は大分よくなったんだよ。ほら、笑ってごらんさ?」


 わたしはとっさにベッドサイドに置いてあった小型手持ち花火に火をつけて軽く掲げた。もちろん火薬がないため持続して燃えはしない。燃えるのは、薬品開発のために持っていた微量の炎色剤くらいのものだ。この手持ちの花火は数百年前に開発されたらしく、わたしがお遊びで作ってみたものだった。その昔、ばかデカいスウィーツの上に挿すなんていう、珍妙なアイデアに使われたらしいのだが……。


「……きれい」


虚ろな眼に明かりが灯り、この子が魅かれているなって思ったのはよく覚えている。赤めいたり、緑めいたりした炎は、あっという間に消えちまったが、その子の眼は輝いたままだった。


「きれいだろう? 古い本に書いてあったのさ。

 わたしには不要のもんだから、気に入ったならあんたの本にしていいよ!

 よし、次はご飯を食べてみようか!」


 あの後、わたしは一旦奥の部屋に移動したんだが、その時なのかね。きっとあの子が本に興味を持って、出て行ってしまったのは。あぁ、本の表紙は赤っぽかったかねえ。


「おや? 出ていったのかい?」


 抜け殻みたいなベッド、積みあがったままの資料、思い出したように漂いだしてくる薬品臭。あの子は飛び出して行って、多分帰ってこないのがわかった。もともと別々の人生が、少し近づいて、元の運命に戻っていっただけさ。わたしはそう思うことにした。


「やりたいことが見つかったのかね。飯も食わずに出ていっちまいやがって……」


 飯を前にした時には見せなかった、あの眼に輝きが戻る瞬間がやけに印象的だった。本の作者は、ああいうことをしたくて火薬の技術やらを残そうとしたのだろうかねえ。


「わたしも花火を開発すりゃあ、またあんな笑顔を見られるかねえ」


 そうしてわたしは花火を、最新技術を駆使した映像再現の形で再興させた。火薬を使うという手法をとる花火は、現実的ではない。もしあの子がそういう花火を目指したのなら、いつか頭打ちをするだろう。それも運命だ。

 なんて、思いこんでいたんだが……。


* * *


「おう、できたか。どうだ、みなそれぞれ花火に思いを寄せていただろう?」


 アルドは、声掛けから戻り、花火師に報告をしていた。住民が思い思いに花火を心待ちにして、準備をしていたことを、アルドは振り返る。


「あぁ。時震のことだったり、子どもを思う気持ちだったり、いろいろだったよ」

「そうだろうそうだろう。いやあ、都の花火じゃあこうはいかねえぜ?

 AIや最新技術を駆使して、大量に製作可能な花火じゃあ……な。

 さ、あとは俺が仕上げをするだけか! ふっ……これは独り言だ……」


花火師は、花火玉を抱え、何かの作業に手を動かしながらつぶやき始めた。


「ラウラ・ドーム……。ロボットに頼らず、自分達でつくる理想郷。はッ、無謀もいいとこさ。

 麦の栽培も不安定なもんだった。なんとかしたい一心で、俺も考えたもんさ。

 麦踏みに、俺が主導となった焼き畑……畑も心もえぐるような苦肉の策。

 だがそれを乗り越えて今のラウリー麦がある。

 ……思えば俺自身もそうかもしれねえな。

 エア・ポートで俺は捨てられる。んで、心も体もカラッポになった。そりゃそうだよなあ」


 ラウラ・ドームの成り立ちについても、花火師の出身についても、具体的な話をアルドは一度も耳にしたことがなかった。ラウラ・ドームに降り立つ時いつも黄金色の麦畑が拡がっていたとしても、技術が高度化したこの時代に花火師がなぜか生計を立てて暮らしていても、どこか慣れつつあったのかもしれない。


(重い話だから返事をしなくていい、という心配りの独り言だと思うが、なんて過去なんだ……)


 花火師は自分のひげに触れた。花火職人を志すと、心に決めた頃から貫いていたのが今のひげのスタイルである。こだわりのひげが、花火に先駆けて自分らしさを形作ってくれていた。花火師はひげを撫で、自分の歴史を感じていた。


「偶然拾われて体を治してもらったんだが、それでもまだ俺は心を失ったままだった。

 だが、そこで火薬の手解きや心意気が書かれた一冊の本に出会った。

 詳細なデータ、誰かのために火薬を扱ってほしい熱い思いに感銘を受けて、持ち去っちまった。

 都で色々あったが、ここなら火薬やその花火が必要とされるのではと、移住したというわけさ。

 俺は、花火という形で、自分がすべきことを見つけた、ここまでの道のりの証としたい。

 そして、住民と共に、この時震後の世界で新たな一歩を進めたい! そのためにも今夜……!!」


 どのくらい、誰かのための花火をしたくて、できなかったのだろうか。生まれながらにして、天然の素材は世界から奪われており、合成人間達の反乱による影響で一層厳しい火薬の取り締まりも受けたかもしれない。花火師の言葉の詰まりに、その苦労が滲み出す。


「あぁ、最後まで力になるよ。今夜はよろしくな」


アルドは、なるだけやさしく、そして凛とした口調を心掛けた。


「味方にアルドがいると頼りになるな。さすが、ミグランシウムをも持って来られる旅人だな!

 正直俺か、その本の持ち主しか知らない、幻の鉱石と思っていたんだが……

 まあなんにせよ、準備は整った! それじゃ、完成させるぞ。いいな?」


トンカントンカン、ドガガガ、ギコギコギコ……

チーン!

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