第1話 きみ不足が深刻です

「あのーー……」

「んーー」


彼はさっきから、“んーー”の一点張り。私は今、大変困っている。

彼が、後ろから抱きついたままそのままで困る。


「のいてくださ」

「や」


私の肩に乗っている彼の頭が少しだけ動く。すると彼のさらりとした髪が頬を掠めていく。くすぐったい。


「とも、き……さん、くすぐったいのでそろそろのいてください」


いつもとは違って“さん”付けで呼ぶと、彼の方も少しピクリと動いた。

彼とは三歳違いなのだが、彼の方が“さん”付けは嫌だから呼び捨てにしろと半ば命令的に言われたのだ。というか、それは私にとってすごく苦痛なんです。呼び捨ての件も、この髪の毛も! くすぐったいんですってば!


「はなは……俺のこと嫌い?」

「え!」

「だって、さっきから離れてっていってるよね?」


そ、それは単にくすぐったいからで。


「ち、が……それは」

「花羽……“それは”……何?」

「く、くすぐったい、からで……」

「ほんとに?」


彼の声は少しくぐもっていて聞きづらい。

というよりも、声が音に鳴る前に身体を伝わって内側から聞こえてくるみたいで少し緊張する。


「ほ、ほんと」


キライに、なんて……なれないよ。朋樹、サン。


「だったらね、キスして」

「え!? な、どうして!?」

「イヤならいいけど」


つん、と唇を尖らせて拗ねてしまう朋樹は時々ずるい。

自分が少し弱ってるときとか、淋しいときとかすぐにこういうんだ。淋しいのは一緒だよ。それなのにさ、朋樹ばっかり……そんな態度。

朋樹はさ、いいよね、甘えられて。私がそんなことしたら、変だとか誘ってるだとか、そんなこといって色々ごまかすくせに。


「じゃあしない」

「花、羽……?」


彼はゆっくりと頭を上げた。彼の髪が揺れるたびに、シャンプーのいい香りがする。


「だって、朋樹にこれだけ甘えられたんだもん、いいよね?」


さっきからずっとこの体勢だったし。本当は、別にいいのだけれどね。

流石に、私だって、充電できてないんだもん。これだけじゃあ。


「花、」

「よし、今日は夕飯作って帰るかな」


立ち上がろうとした瞬間に、彼が私の手を引いた。


「花羽」

「……」


彼の、その手の握力があまりにも弱くて。


「淋しいの、俺だけじゃないよね」

「……」

「こっち、向いて」


やばい、泣きそうだ。後ろ、向けない。


「花羽……」


彼がゆっくりと私の身体を後ろに向かせる。

私は目元を前髪で隠そうと、必死になってあいている手で前髪を下ろした。


「ごめん」

「……」


彼はもう一方の手で前髪を押さえつけている私の手を掴んだ。次の瞬間に、彼の唇は私のそれと重なっていた。温かくて、柔らかい。それはそっと離れる。


「花羽、甘えていいんだよ? じゃなきゃ俺判らないもの。花羽が俺のことどう思ってるのか」

「……とも、っ」


彼は私の言葉を遮るようにして、口を塞ぐようにキスをした。どうしてだろう、温かさが溢れてきて、涙が零れる。


「“さん”付けはイヤ」

「朋、樹……、好き、です」

「俺も」

「朋樹がいないと、駄目なんです」

「うん、」

「休みの日は、こうやってずっと触れてたい……」

「一緒」

「朋樹の温かさとか、感じてたい」



――きみ不足が深刻です。

だから触れていたい、一方的に触れられるのではなくて。


「いつも、朋樹が足りない」

「うん、俺もね、花羽が足りないよ」


君がいなくなったら。

貴方が居なくなったら。



きっといつか、充電が切れてしまって。

電池のなくなった携帯みたい。

ぷつんととぎれて、何もかもに感心がもてなくなってしまうんだ。



【きみ不足が深刻です】

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