41 闇夜に紛れて戻る

「…なるほど。何とか大使館職員の殺害疑惑は、でっち上げられずに済んだものの、今度は君が、私の指示で第一皇子にくみしたと言う疑惑の方が、の材料として残った訳だ」


 深夜の宰相室。


 ヒューバートらとの話がひと段落したのを見計らい、大使の見送りが終わって帝都メレディスに戻るとしたためたように見せかけた――実際は、これまでのやりとりを書いた――書状を、アデリシア宛として急使に持たせたところ、修辞過多、要約すると「こっそり今すぐ戻って来い」と書かれた返事が、即時送り返されてきた。


 急使には悪い事をしたと思いながらも、キャロル、エルフレード、クルツの3人が、現在アデリシアの執務室の滞在者となっている。


 オステルリッツは「自分は他国の人間なので、方針さえ決めて下されば、従います」との柔軟な返答を残し、大使館にそのまま泊まりこんでいる。


 そしてヒューバートとハシェスは、既に大使館を発っていた。


「…申し訳ありません。詰めが甘かったです」


 深夜にも関わらず、アデリシアは通常モードだ。

 その空気にされたキャロルは、ついうっかり頭を下げてしまう。


 いや、そこ、頭を下げるところか?と呟いたエルフレードの方が、実は正しい。


「まあ、そもそも『公国内ルフトヴェークで叛乱が起こり、第二皇子が一部不穏分子と共謀、第一皇子の暗殺未遂事件を起こした』って言う話だっただろう?それを前提にしていたから、そこは仕方がないと思うんだけど、どこで情報が錯綜したんだろうね」


「あの…当初は、レアール侯爵が謁見の間に呼ばれて、第一皇子、第二皇子、フレーテ側妃、皇弟おうてい殿下といた中でのみ起きた出来事だったらしいので、目撃者が少なくて、第一皇子が怪我をしたイコール第二皇子の差し金って言う図式が、宮殿内の侍女や警備の騎士から流れたみたいなんです。その時点で〝東将オストル〟の指示を受けた部下が、取るものもとりあえず第一皇子を国内から逃がして、私を探す使者が更に先行――遅れて出た〝東将オストル〟は、自身の出発直前に、レアール侯爵から真実を聞かされた…と言う事みたいで…」


 ふうん…と、アデリシアが口元に手をあてる。


「彼女が聞いた話は、訳として概ね合っていたのかな、クルツ書記官?」


 アデリシアにされていないのは、恐らくエルフレードだけである。

 聞かれたクルツも、常の冷静さは鳴りを潜めて「は、はい」と、やや口ごもらせている。


「そうか。第二皇子派は、国内あるいは宮殿をまとめ切れていない上に、情報統制力が弱い――頭脳ブレーンがいないのか。その時々で、一番楽なやり方を選ぶものだから、行き当たりばったりにしか見えない、と」


「え、いえ、そこまでの話は……」


「ああ、気にしなくて良い。今のは、私の勝手な推測だよ。もっとも、そう間違っているとは思わないけどね」


 今の話から、どうしてそうなるのか。クルツもエルフレードも理解が出来ない。


「…まぁ、少々浅慮な方である事は間違いないですよね、この、皇弟殿下とか、特に」


「この手の貴族皇族って、どこの国でも1人2人はいるんじゃないかな。この私が直々に言ってやっているのに――的な。そもそも、第一皇子が斬られたところで、即、配下の者達に容疑者扱いをされる時点で、派閥としてのていを成していないからね」


 なのにキャロルとの間では、キチンと会話が成り立っているのが、二人には少し不本意だ。


 エルフレードが、ため息を一つ、吐き出した。


「はあ…相変わらずだな、アデリシア。一応聞いとくが〝東将オストル〟とやらの話は疑わなくて良いのか?」


 深夜の執務室とあって、エルフレードの会話もくだけぎみだ。

 アデリシアも特にそれを咎める事はせず、むしろ、隣で僅かに柳眉を逆立てたキャロルに、面白そうに口もとを緩めた。


「エルフレード…君、しばらく会わないうちに随分と親切で優しいおとこになったんだね」

「はあっ⁉いきなり何言ってんだ」


 意識をしていたのかはともかく、エルフレードはキャロルに「東将オストルの話は信頼出来る」とアデリシアが思っている事を、表に出させておきたいのだろう。


 少しでも、キャロルの心の負担が軽くなるように――と。


「近衛を下に見る事は、やめたのかい」


「俺にとっちゃ、上も下もねぇよ。職務が違いすぎる。ただ、近いうちの手合わせを申し込んどいたから、それは邪魔するなよ」


「へぇ。君たちを大使館に行かせたのは、どうやら間違いではなかったかな?それはぜひ、私も観覧したいね。…ああ、そうだ。〝東将オストル〟の話は疑わなくて良いのかと言う話だけど、私は、疑わなくて良いと思っているよ」


「ほう?」


「何しろ既に、キャロルの母と弟が、ルフトヴェークからカーヴィアルにやって来る事と、時季的に不自然だから、何か父親からの伝言を預かっているかも知れないと聞いているからね。ただ叛乱クーデターの災禍を避ける為と言うより、その〝東将オストル〟の話を前提として、自分が殺されると分かって、妻子をキャロルに託したと考える方が自然だよ」


 やはりと言うべきか、アデリシアも、あっと言う間に先ほどのキャロルと同じ結論に達していたらしい。


 父親の件に関しては不安を煽ったのかも知れないが、少なくとも、この話を疑っていないと言う点では、不安要素は一つ消えたのではないかと、エルフレードは思う。


 アデリシアも、それを分かっていて、エルフレードを揶揄したのだろう。


「それにしても、レアールか……」


 ピクリとキャロルの身体が反応したのを、アデリシアは見逃さなかった。


「キャロル」

「………はい」

「何か言う事は?」

「……申し訳…ありません……」


 主従のこの反応に、エルフレードもクルツも、アデリシアが、キャロルの父親が誰かまでは聞いていなかったと察した。


「君からは、クーディアで花屋をやっていたと言う母親の話しか聞いた事がなかったから、父親は、正式な結婚が出来ない、それなりの身分の相手なんだろうとは、勝手に思っていたけれどね。君が高等教育院に特待生招聘されるほどの素地があるのは、平民同士の婚姻生活では、ほぼ有り得ない。ただ、せいぜい上級商会会頭か地方領主だろうと思っていたよ。それならば、身の上話としては、それほど珍しい事ではないからね。まさか他国の、それも侯爵が父親だとは、さすがにそれは予想外だったよ」


 ルフトヴェーク公国では、公爵位は王族の為だけの名誉爵位だ。ルフトヴェークの侯爵イコールカーヴィアルでは公爵となると言っても良い。


 そう続けるアデリシアに、エルフレードもクルツも目をみはってキャロルを見つめていた。

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