40 キャロルの決意

『大丈夫。そこには…一両日中に、母と弟が着く筈だから。一緒に守っていて貰えたら、私も助かる』


 母と弟、の言葉にヒューバートが目を見開いた。


『母からね、手紙を貰っていたの。弟の5歳の誕生日を、私と過ごしたらどうか――父がそう言っているから、執事長と、こちらに向かうと。でも、ちょっとおかしいと思ってた。執事長って、父の懐刀みたいな人だから。もしかしたら、叛乱クーデターのゴタゴタが収まるまで、母には詳細を伝えずに、避難していて欲しいのかと思ってたんだけど…話はもっと深刻だったんだね。この手紙が出された頃を考えたら、多分、その皇弟おうてい殿下と謁見する直前とかだったんじゃないのかな』


『……レアール侯爵、は……』


『多分、幽閉されるか殺されるかくらいは、最初から覚悟してたんだと思う……』


 恐らく、エーレが自分をかばって怪我をした事だけが、デューイにとっても予想外だった筈だ。

 決して弟優先で、キャロルをないがしろにしたりはしないと――その事を示したかっただけなのだろうと思う。


『ようやく、最愛の母と暮らせるようになって、弟が産まれて、侯爵家も安泰で、それで満足だろうと思ってたけど…侯爵家にとって、私はいないもので良いと…思っていたのは、私だけだった…かな……』


 キャロルは、自分がルフトヴェークの侯爵家の血を引いている事を、隠していた訳ではなく、言う必要性を感じていなかったのだと、この時、この場にいた誰もがそれを理解した。


 ルフトヴェークで暮らすつもりも、全くなかったのだろう。

 だからどこまでも、本人の意識は「カーヴィアルの地方都市クーディア出身のキャロル・ローレンス」なのだ。


『ごめんなさい、話がれて。ともかく、そこへ向かって?私は明日、アデリシア殿下に謁見して、今後の事を相談――と言うか、ルフトヴェークのレアール侯爵領に向かう、許可を貰ってくる』


『⁉ちょっ…待て、何言って――』


 まさに、何を言わんやである。


 エルフレードやクルツでなくとも、ヒューバートでさえも、それは頷けなかった。


『イルハルトが、ここを出てどうするかを、考えた』


 そんなヒューバートを落ち着かせるように、キャロルがゆっくりと、言葉を紡ぐ。


『多分、大使館に〝第一皇子の子飼い〟としての私がいる事を、フレーテ妃と皇弟おうてい殿下に報告しに戻ると思う。あの人、私の名前は知らない筈なんだけど、前にエーレ…と一緒にいた事で、もう、顔を覚えているから』


 どうしても、エーレ「様」と言えない――まだ、言いたくないキャロルが、一瞬言葉を詰まらせる。

 ヒューバートは、今はそこには、気が付かなかったフリをした。


『そして、ルフトヴェークから姿を消していた、第一皇子一行の最終的な行き先は、この大使館だとをつけて、今度は「裏切者をかばっているのか、差し出せ」的な方向に、作戦を切り替えてくると思う』


『裏切者だなどと、ぬけぬけと…っ』


『うん。叛逆クーデターに関しては、まだ成立していない訳だから、それを言わせちゃいけないよね。それで、それを言わせる事を可能にする要因ファクターはと考えたら――』


 キャロルの示唆を、ヒューバートもしっかりと理解した。


『レアール侯爵、か……!』


『父を自殺に見せかけて殺害した後に、叛逆クーデターを計画していました…って言う偽物の遺書でも残せば一発だから。謁見の間での騒ぎもあったなら、尚更納得されやすいし』


『―――』


 ヒューバートでは、全く反論が出来ない、キャロルの冷静な予測だ。


『多分、イルハルトが公都ザーフィア経由でレアール侯爵領に入るまでの日数を逆算すれば、ギリギリ4日は準備が出来る。イルハルトが規格外チート過ぎるから、予め先触れを出して、別の刺客を使うとかは、向こうも考えもしない筈だから』


『いや、だけど、お嬢ちゃん1人で向かったところで、あの男は…っ』


『まぁそこは、死ぬ気で頑張るしかない…かな?が母に付いていてくれるなら、母に同行しているレアール家の執事長に付いて来て貰おうと思ってるし…執事長仕込みの侯爵家お抱え護衛も、そこそこ期待出来るんじゃないかな、と』


『茶化すな!頭良いくせに、そこだけ根性論か!エーレ様が気が付かれたら、どう思われるか、分からない訳じゃないだろう⁉』


 エーレはまだ、意識が朦朧としている状態で、自分が今、どこにいるかも曖昧と言う事らしい。

 傷が開かないよう、遅い行軍のため、まだ、帝都メレディスよりも遥か手前の街道宿にいるとの事だった。


 だが場所を聞けば、そこはクーディアとさほど離れていない。

 行き先の変更はしやすいだろうと、キャロルは思っていた。


『しょうがないじゃん!ちょっと腕が立つ程度の人に行って貰ったところで、多分瞬殺だよ⁉それに、第二皇子側に寝返らない保証だってある?私なら、とりあえず三手は凌げるし、その間に活路が開けるかも知れないし!』


『いや、三手って何なんだよ、結局運任せじゃねぇか!』


『そもそも父とイルハルトが鉢合わせしなきゃ良いんでしょ⁉そこら辺は道すがら考えるから!』


 ぐっ…と、ヒューバートが怒号を呑みこんだ。

 その隙間を突くように、キャロルがヒューバートの方にグイ、と額を寄せる。


『とりあえず、今から母に手紙を書くから。私と母しか分からない暗号にほんごで書くから、途中で何かあっても、中身は誰にも知られないし、大丈夫。それを持って――クーディアへ、向かって。私は殿下の許可を貰い次第、執事長ロータスと合流しに、後を追うから』


『……そもそも許可って…下りるのか?本来なら、アデリシア殿下の側を離れて良い役職じゃないんだろう…?』


 眉を寄せるヒューバートに、エルフレードもクルツも短く頷いているが、キャロルは、ほろ苦く微笑わらった。


『方法は…1つだけ、あるにはあるの。だから多分、大丈夫だと思う。事態ことがそう単純じゃないのは、殿下も分かっている筈だし…それしか方法がないって言うのも、多分知っていて……ただ……』


『ただ?』


『信じて、って…エーレには伝えて欲しい、かな……』


 キャロルの泣き笑いの表情の意味を、ヒューバートが知ったのは、4日後、キャロルがクーディアを出る直前の事だった――。

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