漁師町には未来がある。

漁師町には未来がある。


漁師町の朝は早い。

日の出前から船を出す家も少なくないから、町の明かりは日の出よりも先に灯る。


老人の目覚めは早く、老体を気遣うように父親は祖父よりも早く起きて船小屋のストーブを付ける。

仕掛けの準備や網の準備に精を出す父親より先に起きないわけにはいかないと、母親もまた家事を始める。



漁師町の子供の成長は起床時間で判断できる。

赤子の起床は遅ければ遅いほど良い。

母親の手をわずらわさないからだ。

自分で身支度のできる幼子は身支度が間に合うように早く起きてほしいが、

早すぎては勝手に遊びだしたりして結局は手がかかる。

ちょうどよい時間までは寝ていてほしい。

家事のできる女の子は母のすぐ後に起きて手伝いができるのが良しとされる。

男の子は小さなうちはまだ漁支度の手伝いはさせてもらえない。漁は命懸けだから、下手な手伝いはないほうがいい。男の子の朝は遅い。

成長してたくましくなり、綱を結ぶ力と技量が得られたなら、息子の朝も早くなる。


子は親の時間に合わせて育つのが健全な成長で、

だから漁師町の大人は漁師町の子供の未来で、

子は親の後を追うように年を重ねる。


タコ壺漁の一家の息子はマグロ漁の仕方を知る必要はない。

ただ、タコ壺の洗い方や、仕掛けるのに向いている場所や、どれほど向いていても仕掛けてはならない他所よその家のナワバリだとか、そう言ったことを覚えればいい。

マグロについて知っていればいいのは去年一番デカいのを釣った家が誰のところかということくらいだ。


なぜってタコ壺漁師の子供はタコ壺漁師になるから。マグロ漁師ではなくタコ壺漁師に。


漁師町には未来がある。

自分がこれからどういう大人になるのか?

答えが目の前の光景にある。

えねば前のだいの後継になる。


漁師町を出るには学を付けることだと先生は言う。

だが、この町には塾がない。

タコ壺の回収の仕方もマグロの解体の仕方も、親から教わればよいのだ。

朝早く船を出し、疲れて家で眠る親に、勉強を教える暇などない。

テストの点が悪くても、壺底つぼぞこに張り付いたタコを取り出せるのなら怒られることはない。


塾に通わず学のつかない私は、子供に勉強を教えることができずとも、

タコ壺を繋ぐ綱を絞める結び方は教えられる。

そんな大人になるのだろう。


漁師町には未来がある。

私はそんな漁師町が、嫌いだ。







_ _ _

課題:【海辺】をテーマにした小説を1時間で完成させる

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る