豆猫さんのワンドロ小説

青猫あずき

VRバラバラ殺人事件

目の前に、ありえない姿の死体が転がっていた。

人間の手足が本来なら向かない方向に曲げられた腕や脚を振り回しながら、その死体は僕らの目の前を転がり続けている。

奇妙な現象に僕たちは声を上げて笑った。

彼女が殺されたと知ったのは翌日になってからだった。



バーチャル空間での会議に、デフォルトのアバターが2人やってきて「警察だ」と名乗ったときには何かの冗談だと思った。

しかし、信頼するマネージャーさんたちが「本当に警察官の方たちです」というのだからそうなんだろう。

こういうものです…と癖で警察手帳を取り出す素振りを見せてその行為に意味がないと気づいて咳払いする様は滑稽であったが、依然としてなぜ警察がこの空間にいるのかは見当もつかなかった。


警察がここへ来たのは、僕らの友人が(もちろんこの友人と言うのはネット上での友人であってリアルに会ったことはない人物だけど)が昨日見せた奇妙な挙動、すなわち僕らの目の前で手足をおかしな方向に震わせながら転がりまわっていた現象に関りがあるらしかった。


その時のことを聞かせてほしいというので僕らは口々に見たものについて話した。

「最初に一度接続が切れてまたすぐに彼女がログインしてきたんだよな」

「マイクの調子が悪いのか声は入ってなくてジェスチャーで何かを伝えたそうにしてて…」

「しばらくして彼女のアバターがおかしな挙動を取り出して、手足があらぬ方向を向きながら、その場で転がりだしたんです…あの、こんな身内の話をどうして警察が…?」



なかなか何があったか教えてくれない警察に、こちらの口も重くなり情報を出し渋るようになると…ようやく、警察の二人は事情を語りだした。


「殺人事件です。彼女はその時間…何者かに殺され死体はバラバラに解体されていたんです」


それまで笑えていた光景に凄惨な影が落ちた。

手足があらぬ方向へと折れるわけだ。関節そのものが切られていて繋がっていないんだから。



現実の肉体がバラバラに解体されてもVRアバターはボーンで繋がれているからバラバラにはならない。ただ奇妙な挙動を示すだけだ。

転がっていたあの姿は、つまり殺人犯の手で生きたまま解体されていくところをVR空間越しに見ていたということになる。僕は気分が悪くなりAFKサインを出してゴーグルを外すとトイレへ駈け込んで吐いた。


部屋に戻ると吐いてきたのは僕だけではないことがわかった。

単なるバグめいた動きなら笑えるのに現実の肉体がそれに伴って動いていたというだけでこんなにも気持ち悪くなるなんて。


覚えている限りのことを話して、その日は一旦解散になった。


繋がっていないマイクの向こうで彼女が生きたまま体を切られてどんな悲鳴を上げていたのか一度想像してしまうと、聞いたわけでもないのにいつまでも頭の中で彼女の悲鳴が連鎖して消えなくなり、一睡もすることができなかった。



警察は容疑者を絞りはじめて壁にぶつかった。

僕らが見た「転げまわる死体」の時間に最有力容疑者のアリバイがあったらしい。

厳密にはその時間のアリバイはないのだが「おかしなにおいなどなく、服もきれいな状態」で直後に目撃されていたらしい。


つまり生きたまま解体された彼女の血を被った跡などがない。

返り血や内臓の匂いを落とすための時間的な余裕を含めれば「アリバイがある」と言えるようになる。そういうことらしい。


警察も捜査事情の全てを話してくれるわけではないのだろうけど、

このまま事件が迷宮入りになるのは殺された彼女が哀れだと思った。

「バラバラに解体されるところを見た」ことに自分たちも被害者なんじゃないかと思った。


あれから数か月経ち、最有力容疑者は逮捕された。

なんてことのないアリバイトリックだった。


バラバラ死体の死亡推定時刻を知るのは困難で、数時間の振れ幅があった。

その数時間の幅を一気に狭め「まさに犯行のあった時間」が僕らの見た「彼女が転がっている時間」だという認識が誤っていたのだ。


実際にはあの時まだ彼女は死んでいなかった。


事件当日、容疑者は彼女を襲いVRギアを取り上げた。

その時の取っ組み合いや外されたギアが「転がる死体現象」の正体だった。

犯人は彼女をそのまま薬剤で昏倒させて、その場に放置。


自分は一旦、人の目の付くところへ移動してアリバイを作った後で再び彼女のもとへ戻り、それから解体をはじめたのだった。


つまるところ、あの時に僕らがVR越しに見た彼女はバラバラに解体されるところではなかったのだ。

彼女がバラバラにして殺されたという事実は何も変わっていないのに、自分たちの見たものが「生きたまま解体される彼女」ではなかったというそれだけの変化で、僕は快適に寝られるようになった。


人間の認識とはなんとも奇妙なものである。


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今日のテーマ

『目の前に、ありえない姿の死体が転がっていた。』で始まる小説。

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