騎士学校の魔法使い

高木礼六

第1話 プロローグ

 王族や貴族は、代々受け継がれてきた優秀な遺伝子と知識により平民たちよりも遥かに魔法の才に恵まれ、その才能を育む環境にも恵まれている。


 その中でも彼は魔法の才に関して突出したものを持っていた。


 名をユースフォン・ノライトートスと言い、ノライトートス王国の第一王子である。


 基本的に魔法の発現の時期は不規則だが身分が高いものほど早い段階で目覚めることが多い。

 平均すると王族が約八から十歳、貴族は九から十一歳、平民は十から十二歳の間で発現することが多い。


 しかし彼は五歳の段階で魔法が発現した。

 これは異例の事態で過去に類を見ない早さ。周囲は彼の才覚に大いに期待し、その期待に応えたいとまだ幼い彼もまた大いに胸を張った。


 しかし、彼は悟ってしまった。

 その日はちょうど魔法が発現してから一年がたった時だ。彼はまだ六歳。王族ですらこの年で目覚めたものは数えるほどしかいない中、皆の期待に応えたいと魔法の練習に励んでいた。


 付き人に魔法の基礎から習いやっと制御できるようになった頃、ようやく本格的な実技に移る。


 彼は六歳とは思えぬほど聡明で思慮深かった。そのためか子供には耐えがたい地道で地味な魔法の基礎の勉強も何一つ文句を言うことなくそつなくこなしていた。

 しかしいくら彼が年不相応に大人びているからと言って彼が子供ではなくなったということではない。彼も子供らしくこの実技には無邪気にはしゃいでいた。


 湖の畔、王族が保有する安らぎの地であるが、同時にここは魔法の実習において適した場所でもある。


 畔に着くと初めに付き人の軽い説明がありお手本が行われた。

 赤く燃える拳大ほどの火球が掌から打ち出され勢いを失った火球はそのまま湖で蒸発。跡形もなく消えた。


 初めて見る本物の魔法に心を躍らせる彼はただの子供として無邪気にはしゃいだ。

 その様子を付き人も優しく見守り次はあなたの番ですよと促す。


 よーしやってやるぞ!

 意気揚々と掌を湖にかざす彼は一年間で習った魔法の知識を総動員して意識を掌に集中させる。

 体が徐々に熱を帯びていくのを感じる。魔法がうまく練れている証拠だ。その熱を掌に集めていき収束したのを確かめると彼は高らかに叫んだ。「行け」と。


 彼はその時の光景を忘れない。

 初めて放った魔法を?彼を上回るほど巨大な火球を?蒸発し泡立つ湖を?肌を撫でる高温の風を?


 いいや違う。彼の目には一つの事実しか映し出されていなかった。


 彼はその時の光景を忘れない。

 付き人の表情に混ざったほんの少しの感情を。


 それから六年の時が立った。かつて期待の新星とまで称された天災は、陰で堕ちた期待と呼ばれるようになった。




 

 目の前に浮かぶ光景は鮮明でまるで現実のようだ。

 肌を撫でる冷たい風も鼻を刺すような刺激臭も確かな感触として存在している。


 __ここは何処だろう。


 見覚えのない景色に戸惑いながらも辺りを手さぐりで調べようとし、彼は自分の体が動かせないのだと気づいた。

 全身に力が入らない、周りを見渡そうにも目が動かない首が回らない。声を出そうにも喉が震えない。


 __おかしいな。


 彼がそう思うのも無理はない。

 彼は体を動かせないだけであって実際には体は動いていた。

 紙に文字を殴りつけるかのように記し、何かをぶつぶつと呟いている。紙の字も読めないし呟いている内容も理解できない。

 彼はきっと夢なのだろうと思いながらも我ながら何かに取り憑かれたような奇妙な夢を見るものだと思った。


 __これは文字、ではないな。いったいなんだ?


 異質な光景の中でもとりわけ異彩を放っているものは紋様のようなものだった。

 それが何を意味しているものなのかは分からないが普通のものではない。それだけは理解できた。

 今思えば書き殴られた文字も呟かれている言葉もこの紋様の付属品の様にさえ感じる。


 ところで、ふと彼は思った。


 __僕は誰だ?


 夢にばかり気を取られていたが自分が一体何者なのか、考えてみればよく分からない。

 確かに自分には名があり記憶があり人生があったはず。思い出せないが確かにあったはずなのだ。


 自分が誰かも、ここが何処かもわからず、彼が苦悩している間も夢の住人はひたすらさ何かを続ける。

 築かれる紙は山のごとく積み重なり字を書く勢いも激しさが増していく、やがてこれまでにないほど猛り狂っていた指はピタッと、さっきまでの勢いが嘘のように動きを止めた。


 手の動きが止まって、薄く皺だらけな手だったのだと初めて知る。

 骨と皮しかないようなその手は最後に書き上げた紙と紋様の描かれた紙を持ち上げこう言った。



「神の召喚だ」



 その言葉を皮切りに夢の世界は白い閃光に包まれ跡形もなく消え去った。

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