男の使命

 眼下に広がる広大な世界では、今日もどこかで誰かが泣き、苦しみ、諦め、消えて死んでいく。

 もう何度、人間は、は同じことを繰り返せば気が済むのだろうか。

 遥か上空、雲の上に立つ男は争いを続ける愚かな醜態を睥睨へいげいしていた。

 男はこの世界を作り上げたマスターから命じられこの世界を管理している。


この世界が誕生した瞬間と同時に目覚め、己に課せられた使命を認識し、なんの疑問を持つことなく天文学的な回数の挑戦と失敗トライアンドエラーを繰り返してきた。

 それは一秒にも満たない時間かも知れなかったし、数万年の時の流れの果てのことだったかもしれないが、男にとってはどうでも良かった。


 ただ一つの答えを導き出すために幾度世界の誕生と滅亡を見届けてきたことか―

その途方もない時間をかけた結果わかったことは、人間の欲には際限がないということだけだった。

 幼い頃は真っ白で純粋な気持ちも、時が経つにつれ黒く淀み、器から溢れ、不相応な欲望へと変化していく――欲望を制御コントロールできず、水が高きところから低きところへ流れ落ちるようにただただ濁流に身を任せ、最後に残るのは死体の山ばかり――

 感情など最初はなから持ち合わせていないはずなのだが、うんざりするほど見飽きた光景だった。


 男は神など大それた存在ではない。

 少なくとも《外の》人間が想像する神のような超常的な力などは持ち合わせてはいないし、所詮の存在だ。

 世界に干渉する権限も主から制限されている。

 男に出来ることといえば、途方もない時間をただ主の命令に従い、世界の観測者として全うすること――だけだったのだが、偶然の産物なのか主も予期せぬ事態が男の身に起きていた。


 未だ止むことがない争いに手をかざし、軽く横に動かすと、その動きに合わせて争っていた軍勢はまるで掻き消えてしまった。


「主には申し訳ないが、わたしはもうこの世界に興味はないようだ」


 そう言い残すと、男の姿は虚空へと消えていった。

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