9. 凶報
今日も変わらず執務室にこもりペンを走らせるが、外は大粒の雨が降っているせいか気分が乗らない。いつもなら軽快な音を奏でるペンも遅々として進まず、投げやり気味に卓上に放り投げる。
「今日はやる気がでないわね」
溜まった仕事を保留し、城下町が見えなくなるほどの土砂降りの雨を眺める。
(なにか、嫌な胸騒ぎがする)
「アリス!大変だよ!」
「何よメアリー。またくだらない事件でもあったの?」
扉を壊さんばかりの勢いでノックもせずに執務室に入ってきたメアリーは、見たこともない形相で唾をとばしなが捲し立てる。
「くだらないなんてもんじゃないよっ!」
そういうと、部屋の外に誰もいないことを確認し扉をそっと閉じた。
「さては、またギャンブルで大負けでもした?それなら残念ね。ご愁傷さま」
「良いからちゃんと聞け!」
「はぁ……わかったわよ。なに?」
仕事もやる気が起きないというのに、いったいどんな面倒ごとを持ち込んできたのかとメアリーに軽く殺意を覚える。
「ポルポトが今ゴタゴタしてるのは知ってるだろ?」
「あぁ、あの奴隷国家でしょ。なんだか国の上層部が大量に粛清されたそうじゃない。それがどうしたの?」
「実は……クーデターが起きたらしいんだよ」
「クーデター?どこの誰が画策したのよ?」
「……いいか、落ち着いて聴けよ」
「もったいつけないで言いなさいってば」
「あんたの、大事な
「え?ごめん。よく聴こえなかったからもう一度言ってちょうだい」
「だからお前の弟が、革命団を率いて議会に乱入して、その場にいた全ての上級国民を皆殺しにしたんだよ!
その報告にアリスは固まった――マルスが、クーデターを起こした?あの大人しいマルスが?
冗談にしては出来の悪すぎる内容に、アリスは目の前のメアリーを本気で殴りたくなったが、まずは差し出された写真を手に取り確認することにした。
物陰から撮られたその写真の中央に、複数の男の姿が写し出されていた。
どの男も一目で消息を絶った犯罪者だということがわかった。大罪を犯し犯罪奴隷に身をやつしたはずの男どもと、その男らの中心には一回り小柄な少年が立っている。
そして、もれなく全員の手には、帝国でさえ量産化には至っていない
彼らを取り囲むように配された円卓の上には、数えきれないほどのヒトだったものが散乱している。誰一人として原型を留めていない。暴力的な威力の弾に撃ち抜かれ、赤、ピンク、黒と、禍禍しい色の大輪の華を咲かせていた。肉塊に成り果てそこかしこに血肉が散乱している光景を移したその写真は、まさに地獄の一部を切り取ったというに相応しい一枚であった。
思わず吐き気を催したが、すんでのところで飲みこみ、もう一度中央に写っている少年の顔を確認する。
この地獄を作り上げた少年は、私がよく知っているはずの、だけど、漂う空気があまりに変わってしまった私の大事な弟――マルス本人だった。
地獄のなかで顔色を変えずに佇むマルスの表情は、私の知っているマルスの面影が何一つ残されていなかった。
なんだこれは、こんなもの、マルスなんて認められない。
「これが、マルスだって本気で言ってるの?もし冗談なら……悪いけど貴方はこの場でクビにするわよ」
「やってみろよ。だけどな、残念なことにそいつはマルスと呼ばれて犯罪者どもに慕われてるようだよ。それにあんたも薄々弟だと思ったんだろ?」
「……私は信じないわ。あんな優しい子が、まさかこんな馬鹿げた真似するなんて……」
「私もできればこんな話信じたくないさ。これであんたは窮地に陥った。だけどね、悪い話はまだあるよ」
これ以上に悪い話などありそうもないが、王である以上聴かないわけにはいかず、無言で先を促す。
「政権の中枢を奪ったやつらは、その日のうちに軍のトップを殺害して軍の指揮権を握ると、周辺諸国に革命軍を送り込んだんだよ」
「……なんの目的で?」
「さあな、向かわせていた
「ちょ、ちょっと待って……頭が追い付かない。え?なんでマルスがそんな大罪に手を染めるの?なんでマルスが」
「アリス。落ち着け。お前が考えたところで現実は変わらん」
「でも……」
「一つわかってるのは、お前の大事な弟は、もう手遅れだってことだよ」
(マルスが?どうして?意味が、わからない。なんで?だれか、おしえ、て――)
「……はぁ……はぁ」
「おい。大丈夫かアリス」
息が荒くなり、呼吸もままならない。視界が暗くなっていく――
雨はいっこうに止む気配はない。
(マルス……私が見ない間に、どうしちゃったの?)
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