第113話【"未来に向けて"】
……数日後、トランパル、ギルドの前にて。
「本当にお世話になったよ、ラルフさん。ありがとう」
「いやいや、こちらこそだよジム。君のおかげで本当に色んな問題が解決したんだ、感謝してもしきれないよ」
固い握手を交わす俺とラルフ。
数か月という期間だったが、本当に彼には世話になった。
「ヘレンにもよろしく伝えておいてくれ、アイツの事だ、きっと質問責めに遭うぞ」
「ハハ……覚悟しておくよ」
その様子を想像して、俺は少し苦笑い。
でもまあ、本当に色々あったんだ、思い出話くらいしてやるとしよう。
「ジムさーんっ! 馬車の準備できましたよー!」
シエラが手を振って俺を呼ぶ。
彼女は他のみんなと一緒に、帰りの馬車の準備をしてくれていたのだ。
俺はラルフに別れの挨拶をすると、馬車の方へと向かった。
そう、俺たちは今日、ダンジリアへと帰るのである。
トランパルに滞在していたのは"黄金の迷宮"を攻略する為、攻略が終われば帰るのは道理だ。
事実、他所から来た冒険者や迷宮測量士も、続々と自分の本拠地へと帰っていった。
人は大勢いるのに、少し寂しくなったような感じがするのも、なんだか不思議なものだ。
「あ、にゃっほーおっちゃん」
「ヘーイ! ハンサム、もう出発かい?」
俺が馬車についたところで、ニャムとジョンに出会う。
「ニャム、商売の方は順調そうか?」
「まあねぇー、組合のお偉いさんにも顔が売れて絶好調って感じかなぁ……問題はすごく忙しいんだよ、助けておっちゃん」
「それくらい自分で何とかしろ」
「そんなぁ」
ニャムはトランパルでやることがあるらしく、少しの間残るらしい。
なんでも、ギルドで道具屋を経営していた元店主のおじいさん……彼は、商人組合の前会長だったらしい。
どうやらニャムの働きぶりを気に入り、しばらく居てほしいと頼まれたのだとか。
ニャム自身「めんどくさいなぁー」なんてボヤいていたが、まんざらでもない様子だった。
「ジョン、お前には本当に世話になったな」
「フッ……ハンサム、俺もアンタに世話になったぜ、サンキューな」
「ああそうだな、サハギンに吊るされてたところを助けたり──」
「だから忘れてくれないそれ?」
ジョンは相変わらず、トランパルのSランク冒険者として頑張るらしい……が、最近妙におとなしいというか。
この数日間、ナンパをしている所を見た事がない。素敵な女性に出会っても挨拶する程度だ。
一体あの後、どんな心境の変化が訪れたのやら……。
まあ、怪我をしていた所でもみくちゃにされれば、さすがに懲りるか。
「……しっかし、なんだか最近、お前らいつも一緒に居ないか?」
「んー? そっかなぁ」
ニャムは素知らぬ顔をしているが、尻尾をゆらゆら揺らし鈴を鳴らしている。
これは……上機嫌ってところか?
「まあ色々あったのさ、ハンサム」
「色々ってなんだよ」
「ほら、エルドラドで戦ってた時に──アウチッ!?」
……そして、尻尾を鞭のようにしならせて、何か言いかけたジョンの腕を打撃するニャム。
ちょっとだけそっぽを向いて、頬を赤らめている。
「ジョンちゃん、それちょっと恥ずかしい」
「オウ……オーケーオーケー……」
ジョン"ちゃん"?
……本当、一体何があったんだ、こいつら。
「あっ、立ち話してる場合じゃなかった、早く商人組合に行かないとねぇ」
「オウッ、そうだったな! というわけでハンサム、ここでグッバイってわけだ!」
どうやらニャムは商人組合に用事があるらしい。ジョンはその付き添いだろう。
引き留めておくのもなんだし、ここでしばしの別れといくか。
「ああ、またな」
立ち去る二人に俺が手を振ると、ニャムはひらひらと手を振って、ジョンはサムズアップで返して。
まったくいつも通りマイペースな二人だな、なんて俺は笑って見送った。
「こんにちは、ジムさん」
さて乗るか、と馬車に乗ろうとした時にやってきたのは鑑定士のミア。
「ミアちゃん! 来てくれたの?」
その声に真っ先に反応したのはシエラだ。
馬車から降りてきて、ミアの元へと駆け寄った。
「ふふっ、シエラが見送ってほしそうに何度も出発時間を言ってたから」
「え、えへへ……」
……まったく、仲のいい二人だな。
「ジムさん、占いの結果はどうでしたか?」
「ん、ああ……当たっていたが、思っていたほど悪い方向には行かなかった」
「ふふ、それは良かったです。よかったらもう一度占って差し上げましょうか?」
「……いや、また悩みそうだから遠慮しておくよ」
くすくすと笑うミアを、俺は苦笑いで返した。
まさか、占いの結果であんなに悩む事になるとは思わなかったからな。
彼女の占いは当たるし、気にはなるが……未来の事は分からないままが一番だろう。
「ジムさん、その……ちょっとお時間貰ってもいいですか?」
「ああ良いぞ、シエラ。満足するまで話すといい」
「えへへ、ありがとうございますっ!」
そういうと、シエラとミアは楽し気に話し始める。
迷宮での思い出を語ったり、近況の情報を交換したり。
こりゃ時間かかりそうだな、なんてふふっと笑いながら、俺は馬車の縁に座っていた。
「隣、いいかしら?」
しばらくぼうっと空を眺めてると、突然声をかけられる。
声の方向を向くと、クレアがにこりとほほ笑んでこちらを見ていた。
「どうぞ、お嬢さん」
「あら、もうお嬢さんって歳でもないわ」
「そこは素直に喜んどけって」
「ふふ、じゃあお言葉に甘えて」
そう言うとクレアは隣に座って、一緒に空を見上げる。
「前から思っていたけど、ジムって空を見るの好きよね」
「まあな、見てると心が穏やかになるんだ」
「ふーん、変わってる」
「そうでもないと思うがなあ」
空を見ながら、そんな他愛もない話を二人でするのは、とても久しぶりな気がした。
最後にしたのは……ああ、そうだ。あの別れの日だったっけ。
久しぶりに彼女と一緒に見た空は、なんとなく色鮮やかに見えた。
「ニーナはどうしてる?」
「ええ元気よ、今も一緒に来てたのだけれど、クロエちゃんとばったり会ってそっちに行っちゃったわ」
「そっか……本当、良い友達が出来てよかったよ」
「ふふ、まるで本当のパパみたいなこと言って」
「パパであることには変わりないからいいのさ」
そう、ニーナはクレアに預ける事にしたのだ。
セレスティアル学園に通いつつ、『無能力』になってしまったニーナを鍛えるために、クレアは協力を申し出てくれたのだ。
別大陸のギルドへはラルフが連絡を入れてくれて、そういう事ならと承諾してくれたらしい。
ニーナもやる気十分で、見違えるようなレディになって帰ってくるから! なんて言っていたっけ。
……本当、どこでそんな言葉を覚えたのやら。
ちなみに俺はジルアート家に借金をした。ニーナがクロエと同じくらいの期間、学園に通い続けられるための代金を、ダルパが立て替えてくれたのだ。
彼は全額無償で良いと言ってくれたが、それは俺自身が許せない。
利子がないだけとても有難い、ゆっくり返していこうと思う。
「しかし、ニーナの扱いには気をつけろよ? あいつ意外とワガママだからな」
「あら、女同士だもの、なんとなく分かるから大丈夫よ」
「……ああ、そういえばお前も結構ワガママだったし、通ずるものが──」
「焼くわよ」
「マジなトーンで言うのやめてくれないか?」
……ニーナがコイツのおっかないところ引き継いで来たら、ちょっと嫌だな。
「……ねえジム」
「なんだ? 急に改まって」
クレアは少し改まった様子でこちらを見て来た。
「ふふっ、約束、ちゃんと守ってくれたねって」
「約束? ……ああ、次会う時にSランク級の迷宮測量士になる、だよな」
「ええ、今回の戦いを通して、とっても立派な人になったんだなって思ったわ。私なんか、ちっぽけなくらい」
「そんなこと言うなよ、お前の方こそ立派になったじゃないか」
「肩書だけよ、まだまだ私の目指すべき所には程遠いわ」
「じゃあ俺も同じだ、お前と肩を並べられるくらいの迷宮測量士になるのが、俺の夢なんだからな」
「……もう、ジムったら」
そう言うと、クレアは少し俯いて照れている様子だった。
急に約束の話なんか持ち出して、どうしたのやら。
しかし、彼女の目指すべき道がまだまだ遠いとはな……俺も頑張らなくちゃいけない。
「パパーっ!」
そうしてると、ニーナの声が遠くから聞こえてくる。
クレアもそれに気が付いて、にっこりと笑って馬車を降りた。
「ふふ、可愛い愛娘が来たわよ? "パパ"」
「……まったく、からかうのはやめてくれ」
「あら、まんざらでもないくせに」
俺も馬車を降りて、ニーナがこちらに来るのを見ていた。
相変わらず元気な様子で何よりだ、俺は手を振って彼女を迎える。
「……ね、ジム。耳貸して」
「え?」
クレアが突然、ひそひそと話しかけてきた。
何を急に……と思ったが、その言葉を聞いた俺は──。
「な……はっ!?」
「ふふっ、じゃあまたね!」
「ちょ、待てクレア! どういう……!?」
明らかに動揺してしまい、走っていくクレアを茫然と見つめる事しか出来なかった。
その言葉は……いや、止そう、ニーナがふくれ面でこちらを見ているから止そう。
「……ぬけがけおばさん」
「あら、遅い方が悪いのよ? ふふっ!」
視線を合わせたニーナとクレアの間に電流が走った……ような気がする。
クレアは頬を少し赤らめつつも、足軽やかにその場を離れて行った。
「……パパっ!」
ニーナは気を取り直すかのようにこっちに走ってくると、ぴょんっと抱き着いてくる。
俺も彼女を受け止め、ぎゅうっと抱きしめられる感覚を感じていた。
「ニーナ、今日も元気いっぱいだな」
「うんっ、えへへ」
満足するまで抱きしめさせた後、地面におろしてやる。
するとニーナはもじもじして、何かを言おうとしているようだった。
「えっと、パパ、あのね、あのね」
少し不安なような様子で、もじもじしているニーナ。
幾泊か置いた後、何やら緊張した面持ちでこちらを見上げ。
「……わたしもだいすきだから! いっぱい、いーっぱい、だいすき!」
と、顔を真っ赤にして言うのだった。
……何をいまさら、まったく可愛らしい子だな、なんて俺はほほ笑んで。
「ふふ、こいつめ」
「ひゃっ、そうじゃなくって……もうっ! パパのばかっ!」
と頭をいっぱい撫でてやった。
……なぜか馬鹿って言われてしまったが、いつもなら喜んでくれるんだけどな。
少しふくれ面になり、ぷいっとそっぽを向くニーナ。
こうなってしまっては自分から口を開くまで待つしかない、やれやれ。
「……あのね、パパ」
しばらく待った後、ニーナは真剣な表情でこっちを見た。
俺はしゃがみ込み、彼女の目線に合わせてその話を聞く。
「わたしね、なんのとりえもなくなっちゃったけど……いっぱいがんばるから! がんばって、すっごいめいきゅーそくりょうしになって、パパをびっくりさせちゃうの!」
そう言うとニーナはにっこりと笑って。
「だから、まっててねパパ! さいこーのレディになって、おうちにかえるからね!」
と、自身満々に言ってのけた。
……まったく、本当にどこで覚えたのやら。俺はその笑顔に微笑み返し。
「ああ、約束だぞ?」
「うんっ!」
小指を出して、ニーナと指切りをした。
彼女がどんな成長をして戻ってくるのか……今からとても楽しみで仕方がない。
無能力になってしまっても大丈夫、彼女はとても強い子だから。
「あっ、ジムさん! すみません、そろそろ出発しないと駄目みたいですっ!」
ミアと話し終えたシエラが、焦りながら俺を呼びに来た。
どうやら馬車の出発時間が来たらしい。
「ニーナ、それじゃあ元気でな」
「うんっ!」
俺はぽんぽんと彼女の頭を撫でると、シエラと共に馬車に乗り込んだ。
間もなく、馬車はゆっくりと動き始め、ダンジリアへと向けて出発した。
「パパーっ!」
俺が外を見ると、ニーナが大きく手を振ってこちらを見ていた。
「またねーっ!」
またね、か。
俺はその言葉に少し嬉しくなり、ほほ笑んで手を振り返した。
ニーナ、約束だぞ。パパもいっぱい頑張るからな。
馬車が出発してすぐ、街はまるでパレードのような様相で俺達を見送ってくれた。
「さよならーっ、ダンジリアのみなさーん!」
「またトランパルに遊びに来てねー!」
いくつもの声が俺たちを見送ってくれる。
その中には、アルマを初めとするお世話になった人々の姿も。
商人組合の人々、カルーン大聖堂の人々、セレスティアル学園の人々。
顔見知りになった人も居ればそうでない人も。俺たちを見送るために来てくれたのだ。
「ふふ、大人気ですねジムさん」
「ああ、本当に……本当にありがたい事だよ」
俺は全員に感謝するように、手を振って挨拶を返す。
こうして盛大に見送ってもらえるなんて、本当に感謝が尽きない。
そして更に、思いがけない事が──。
「お、おい!? なんだありゃ!?」
「グリフォンの群れが街の上空を飛んでるぞ!?」
まさか、ロシナ山脈から来てくれたのか……!?
黄金色の甲冑に身を包んだ、数多くのグリフォンの群れがトランパルに飛来したのだ。
そしてその中には、あの子の姿も……!
「きゅっきゅぅーっ!」
「キューちゃん……!」
そう、ぱたぱたとまだおぼつかないが、空を飛ぶキューちゃんが懸命に鳴いて見送ってくれているのだ。
彼の近くにはあの母グリフォンも居る。そうか、飛べるようになったんだな、キューちゃん……。
彼らはきっと、ニーナにお守りを返しに来たのだろうが、まさかこんな偶然が重なるとは……!
「……っ」
「ふふっ、ジムさんったら……感動して涙が出そうになっていますよ」
「仕方ないだろ、こんなの見たら……っ!」
俺は涙を隠すようにごしごしと顔を拭き、にこりと笑って感謝の意を伝えるよう、両手で大きく手を振った。
トランパルの人たちやグリフォンの群れが見えなくなるまで、長く、長く、手を振り続けた。
最後に聞こえたのは、グリフォンの群れが一斉に鳴き、出発を祝う音だった。
◇
こうして、俺はダンジリアへと帰還した。
ダンジリアでは案の定ヘレンから質問責めされたり、なぜか受付嬢の恰好をしているカイルに出会ったり、マオに姉さんは!?と問いただされたり……まあ、色々あった。
沢山の祝いを受けた後、くたくたになってわが家へと帰ったのだ。
こうして一人で居ると、少しわが家が広く感じる。
数か月前まではそんなこと無かったのに、なんとも不思議なものだ。
俺は飯を食べた後、今までの疲れを癒すかのように、ゆっくりと自分のベッドで眠りについた。
そして、次の日から再び迷宮測量士としての仕事を始めたのだ。
ニーナ、パパも頑張るからな。
頑張るお前に負けないくらい頑張って、もっともっと凄い迷宮測量士になってやるから。
また会った時、お互いがびっくりして、沢山笑いあえるような。
そんな再会ができるように── 精一杯、頑張るから。
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