第5話【オッサン、道具屋に行く】
「にゃっほ~。やあやあいらっしゃい、おっちゃん」
「……相変わらず適当な挨拶と体勢だな、ニャム」
カランカランと鈴付きの扉を開けると、カウンターに突っ伏したまま挨拶をする黒猫の獣人に迎えられる。
彼女がニャム・ナーゴ。黒髪に金目、もふもふとした耳と尻尾を持った獣人だ。
見た通り、とてもだらしない。服の隙間から発育の良い物とか色々と見えてしまいそうなほどに無警戒で不用心だ。
……何を考えているんだ、変態か俺は。
「どーもっ! ねこのおねーさん!」
「あぁー、さっきの子だ。おっちゃんの子供だったんだねぇ」
片手で顔を洗う仕草をしながらそう答えるニャム。
もうパパ呼びを否定する気すら起きなくなっていた。
そもそも全然似てないだろうに、まったく。
「……魔法紙とインク、あとカンテラ油はあるか?」
「ん、いつもの棚から取ってー」
ニャムが指差す先には積まれた魔法紙とインク瓶。少し逸れてカンテラ用の油。
俺は言われた通りに必要な道具を手に取っていく。
この紙で書かれた物は簡単な詠唱をする事で他の紙に移す事が出来る。
迷宮測量士がこれに地図を書き、その地図をギルドが買い取り他の紙に印刷。その後冒険者達に行き渡るって訳だ。
一つの迷宮に挑む冒険者グループは一つじゃない場合も多い。こういった魔法紙の存在は大規模に行われる迷宮の攻略にとても役に立つ代物だ。
迷宮測量士の使うインクも乾きやすく滲みにくい性質の良質な物が多い。
これら必需品は街の道具屋には必ず置いてあり、ギルドの支援もあってか安く買う事が出来る。
上記で上げられた物品以外にも黒チョークやら炎の魔石やら必要な物は多々あるが、今回は既に持っているので買わない。
「で、お手伝いは出来そー?」
「うんっ! おねーさんのおかげ!」
「そっかそっかぁー良かったねぇ」
俺が道具を選んでいる間に、楽しそうに話す二人。
……ニャム、何のお手伝いか知ってるのか?
「――で、なんの手伝いだっけ」
「んーと……めいきゅーそくりょう!」
ああ、うん。絶対適当にカバン渡したヤツだこれ。
まじかー、なんて驚いてるのか気が抜けてるのか分からない声出してるし。
「おっちゃん、我が子が可愛いからって迷宮にまで連れてっちゃってさー……怪我とかさせちゃだめだよー?」
「何処の誰が原因でこうなったって思ってるんだ……まあ、結果的には良いんだけどさ、ニーナも寂しがってたしな」
親バカだねぇ、なんて呟きながら、鈴の付いた尻尾をりんりんと揺らしている。
本当、心の底から呑気な奴だと思う。
「ほら、会計頼む」
「はいはーい、えーと……魔法紙二十枚とインク瓶一個、カンテラ油入りの瓶が二つ、と……銀貨一枚と銅貨八十枚になりまーす」
常にだらけてはいるがしっかりと商売は出来るんだよな、こいつは。
いや、流石に会計すら出来ないようじゃ道具屋なんて出来ないか。
俺は持ってきた金袋から銀貨二枚取り出すとニャムに手渡した。
この世界の硬貨のレートは銅貨百枚が銀貨一枚相当、銀貨百枚が金貨一枚相当になっている。
滅多に使われないが、金貨百枚相当の白金貨なんてのもある。
ちなみに魔法紙一枚は銅貨五枚、インク瓶は二十枚、カンテラ油は三十枚だ。
「はーい、じゃお釣りの銅貨二十枚ねぇ」
「……普段からそうやって出来ないのか、ニャム」
「たまにやるから良く見えるんだよー? ほら、山賊が子猫可愛がってたらいい人に見えるじゃん」
なんなんだその理論は? と俺はお釣りを受け取りつつ疑問に思った。
……ニーナに色々変な事吹きこんでるのはコイツなんじゃなかろうか?
「あ、そうそう」
と、思い出したかの様に耳をピンと立てて。
「
なんて言いだし始めた。
「……あげたんじゃなかったのか、アレ」
「私だって商売人だよー? むしろいつ払ってくれるのかって思ったけど……まぁでもその子の笑顔見てたらどうでもよくなっちゃった」
へたりと耳を閉じ、眠たそうにしているニャム。
どうもタダでもらえるなんておかしいとは思っていたが、押し売りするつもりだったとは……。
商売魂逞しいというかなんというか。
でもまあ、結果的にタダで譲って貰えたことには感謝しなくちゃな。
「助かる。ありがとうな、ニャム」
「ん、今後ともごひーきに……ふああ……」
そう言うとすうすうと寝息を立てて寝始めるニャムだった。
いや、寝るの早過ぎるだろう。どこぞの少年かお前は。
「おねーさん、またくるねっ! パパ、行こっ!」
そんな事もお構い無しにぐいっと手を引くニーナ。
子供故の無邪気さか……まあいいか、これ以上ニャムに構っても鬱陶しがられるだけだろうしな。
カランカラン、と再び扉の鈴を鳴らし、俺達は外へ出る。
これから行くは未知の迷宮。しかも一人じゃなく、小さな女の子も連れて。
気を引き締めて挑まねば、と再度気張る俺であった。
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