第6話【オッサン、廃城探索①】
街を出て三十分程歩いた草原にその城はあった。
草や苔で覆われた小さな古城……今回の目的地"廃城の迷宮"だ。
城というだけあって外部もそこそこの大きさだが、内部はもっと広く複雑なんだろうな。
迷宮の内部は総じて異界になっていて、外の見た目に反して広い空間である事が多いのだ。
「わぁ……すごいところだね、パパ」
怯える事無く感嘆の声を上げ、俺の真横に立つニーナ。
意外と肝が据わっているんだな、この子。
この様子なら魔物を見ても驚いたり泣き叫んだりしないだろう。心配事が一つ減った。
「ちょっぴり感動したか?」
「うんっ! ねえパパ、さっそくめいきゅーにはいる?」
「いや、ちょっと待っててくれよ」
俺はカバンから二対の巻物を取り出し、一枚をその場で読み上げた。
「旅の神カルーンの名の下に、帰する標を立てん……ポイント・オヴ・リターン」
そう詠唱を唱えると、目の前の地面の草が燃え黒色の魔法陣を形成する。
片方は帰還場所を設定し、もう片方はその場所へと帰還する。
欠点は距離があると使えない事なのだが、迷宮の外に設置する分には十分機能する。
「おぉー……! パパ、まほうつかいみたい!」
「まあ魔法には違いないんだけどな……これでよし、と。
それじゃあ行くとするか」
一枚になった巻物をカバンにしまうと、俺はニーナを連れて廃城の門を潜った。
内部へと進むにつれて暗く狭くなっていく。まさしく迷宮と言った感じだ。
俺はカンテラに火をつけ、ゆっくりと静かに歩みを進めていった。
さあ、
◇
内部は薄暗く、いかにも幽霊だとか出て来そうな雰囲気だった。
ニーナにカンテラを持ってもらい、俺は魔法紙に迷宮の内部構造をスラスラと書いて行く。
廃城というだけあって地面は豪華な絨毯が敷かれ、壁側には飾りの甲冑や厳かな絵画が飾られている。
今の所ほぼ一本道、途中に分岐路があり、片方は短い行き止まりだった。
魔物自体少ないのだろうか、今の所それらしいものには出会ってはいない。
「パパ、じゅんちょー?」
「ああ、どのくらい迷宮が深いかは分からないが、早ければ半日で終わりそうだな」
「そっか、えへへっ! よかった!」
ニコニコと微笑みながら答える彼女は、どうやら迷宮が気に入っている様子。
時々キョロキョロと楽しそうに辺りを見渡している。
一応危険な迷宮の中なんだけどな、罠もあるかもしれないし――っと、早速。
「ニーナ、ストップ」
「ん? パパどうしたの?」
ニーナが首を傾げている。
目の前の絨毯、よく見ると少し盛り上がっている個所がいくつもある。
恐らく何かが仕掛けられているに違いないと、俺か壁の甲冑から兜を取りそこへ投げつけた。
カチリ、と音を立てた刹那、地面からジャキンと幾つもの棘が兜を貫く。
"スパイク・トラップ"、ありがちな罠だが引っかかる冒険者も少なくは無い。
一度発動させた罠は暫くするとまた元通り隠れた状態になる為、後続が引っかからないように地図にちゃんと記しておかなければならない。
ニーナは眼をぱちくりさせてその光景を見ていた。
「……これが迷宮の恐ろしい所なんだ、ニーナ。 ちょっとでも油断するとすぐに
お陀仏さ。迷宮測量士の第一の目的は、危険を事前に察知してギルドに伝え、
冒険者を生きて最深部まで辿り着かせることなんだよ」
「……うん、わかった。 とってもたいへんなおしごとなんだね、パパのおしごと」
分かって貰えて何よりだ。決してここはテーマパークなどでは無い。
迷宮とは常に危険と隣り合わせだ。一瞬の油断が死を招く。
俺はトラップの位置を地図に書き記すと、棘の隙間を抜けて先へと進んだ。
◇
暫く進むと、大きな広間に出る。
長机が並べられた場所、恐らく食堂のような所だろうか。
迷宮は基本的に滅茶苦茶な部屋の配置になっているが……一本道の先に食堂なんてのも奇妙な話だ。
しかし不気味なほどに静かだ。こういった場所にはモンスターが居たりするのだが。
俺は注意深く周囲を見渡しながら一歩歩み出そうとした時、ニーナが服を引っ張って止めた。
「どうした、ニーナ」
「あのね、パパ。 あそこのかっちゅうさん、今うごいた気がするの」
指差す方向には壁際に巨大なハルバードを携えた甲冑が。よく見ると確かにちょっと不自然だ。
中はがらんどうの筈だが―― いや、もしかしたら魔物か?
この迷宮の魔物は何かに扮して奇襲をしてくるタイプなのだろうか? だとするとこの不気味な静けさにも説明が付く。
……しかしこの子、かなり観察眼が鋭い。
しっかりと教えれば素晴らしい測量士になるかもしれない。もしくは冒険者か。
さて、どうやらあの甲冑や他の隠れている魔物をどうにかしない事には先には進めないようだ。
感知されたら面倒だが、どのくらい離れてればいいのかもわからない。
さて、どうしたものか……。
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