第2話【オッサン、パパになる①】
「よお、ジムさん! 今日も早いね」
武器屋の兄ちゃんが声を掛けてくる。
「やあどうも、いつも通りさ」
それに愛想よく俺は返事を返す。
「あらジムさん! 今度またウチに寄ってってくれないかい? 子供達が迷宮の話が聞きたいって五月蠅くってねぇ」
「ああ、是非そうさせてもらうよ」
宿屋のおばちゃんからのお誘いにも、俺は愛想良く返事を返す――
今日も俺はいつも通り迷宮から帰り、ギルドに地図を納めて帰路に着いた。
仲の良いご近所さん達に挨拶されながらの帰り道。いつもの光景だ。
「おっ、ジムさん! 買ってかないかい? 安くしとくよ」
贔屓にしている食料品店の爺さんが声を掛けてくる。
「ん、ああ、そうさせて貰おうかな……じゃあこれと、これを」
「はいよ! ……しっかし一人で喰うにしては少し多いね? ツレでも出来たかい」
「ハハ……まあ、そんな所さ」
そんな風に返しながら今日の晩飯の食材を買い揃えつつ、俺は家の近くまで歩いてきた。
これはいつも通りのしがないオッサンの日常。
そう、いつも通りの日常……だったんだがなあ。
「パパおかえりーっ!」
家の扉を開けるなり駆け寄りながら明るい声で出迎えてくる少女が一人。
金髪に可愛らしい花の髪留めをした青い眼の少女――"ニーナ"。
そう、この間俺が迷宮で"拾ってきた"少女、その人だ。
「……"ジムおじさん"にしなさい、いいね?」
「やだ!」
「即答だなオイ」
……勿論、俺はこの子のパパではない。なったつもりも無い。
しかし訂正しようとすると即否定してぷーっと膨れっ面になるものだからタチが悪い。
嗚呼、どうしてこうなっちまったのか―― ちょっと時を遡って説明しよう。
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迷宮から戻った後、俺はすぐさまギルドへと向かっていった。
ちょっとしたカフェみたいな小さな佇まいの家、それがこの小さな街のギルドだ。
規模は大手とは比べ物にもならないが、近辺に迷宮が多い事もあってそれなりに繁盛している。
俺みたいな
しかし困った事に腹にカバン、背に少女を背負った俺は手が空いていない。
一度少女を降ろすか、とも思ったが……どうにも離れない様子。
さてはてどうしたものかと困っていると、一人の顔見知りの冒険者が声を掛けてくれた。
「やあジムさん、やけに大荷物だね? その子は迷子かい?」
「まあそんな所さ……ドアを開けてくれるとありがたいんだがね」
お安い御用だよ、と話しかけてくれた冒険者は扉を開けてくれる。
長くこの職をしているとこういった交流も少なくなく、有難い事に助けてくれることも多い。
俺は冒険者に感謝しつつ、ギルドの中へと入って行った。
ギルドのカウンターには受付嬢のシエラが居る。
金髪に緑色の透き通った眼、長い耳を持った少しだけ幼い風貌の女性。
"シエラ・メル・ルナルモア"。
彼女はギルドマスターの娘で純血のエルフ。少々抜けてはいるが明るく優しい良い子だ。
彼女目当てでギルドに通う冒険者も少なくはない。……不純だ? それはそいつらに言ってくれ。
「あっ、ジムさん! お疲れ様ですっ」
にこりと笑顔で対応するシエラ。
この笑顔にやられる冒険者は後を絶たない。
「やあシエラ、マスターは居るかな?」
「お母さ……コホン、マスターなら奥にいますよ」
こちらですっ、と案内してくれるシエラ。
抜けているとはいえきっちり仕事をこなすあたり、やはりギルドマスターの娘って感じだ。
しかしこの子、さっきからこの少女に気付いていないような――
「あっ! そういえばジムさんってお子さん居たんですねっ!」
「いや……違うよ?」
「えっ」
……やっぱりどこか抜けているな、この子。
◇
コンコン、とシエラが扉をノックする。
「お母……マスター! ジムさんが戻りましたよーっ」
「ああ、入りな」
ぶっきらぼうな声が聞こえてくる。
シエラが扉を開けてくれると、私は受付の仕事に戻りますね、と言い戻って行った。
中には近辺の迷宮の地図の山に囲まれた机に座るエルフが一人。
シエラと同じ金髪に緑眼、キリっとした整った顔をしているモノクルを掛けた女性。
彼女が"ヘレン・メル・ルナルモア"。元冒険者の凄腕ギルドマスターだ。
「おかえりジム、丁度戻ってくる頃だと思ってたよ」
男勝りな口調で返してくるヘレン。
冒険者時代からの癖でどうも抜けないらしい。
まったくエルフらしくない性格だなとは思う。
「どうもヘレン"さん"」
「"さん"付けはよしてくれって言ってるだろう? アタシとアンタの仲じゃないか……っと、その子は?」
「ああ、この子は色々と訳アリで――」
迷宮で拾ったと言おうとした時、彼女が少しニヤついているのが分かった。
「……何だい、隅に置けないじゃないか? 隠し子だなんて」
「いや違うから」
「相手は誰だい? アンタの家の近くの花屋の子? それともいつもぐーたらしてる道具屋の子かい? ……ハッ、まさかウチのシエラ――」
「話を勝手に進めないでくれって」
……こういう所もエルフらしくないと思う。
「ハハハッ、冗談さ! で、迷子か何かなのかい? その子は」
「……話せば少し長くなるんだが――」
俺は椅子に座り、少女も近くの長椅子に寝かせヘレンと話を交わし始めた――。
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