ハズレスキルからはじめる迷宮測量士≪ダンジョンマッパー≫ 〜逃げ足最強の韋駄天オッサン、ダンジョンで幼女を拾ってパパになる。

白頭イワシ

第一章 ~迷宮測量士のおしごと~

第1話【オッサン、幼女を拾う】

「そのスキルで冒険者になりたい? 自殺でもしたいなら他を当たってくれ」


「残念だけど、『商才』スキルがないとウチじゃ働けないよ。そのスキルじゃ他の所も無理なんじゃないかな」


「『逃げ足』ねぇ……ククッ、泥棒にでもなったらどうだい?」


俺が若い頃、手につける職が全くなかった。

各地を転々として探したがどこにも受け入れてもらえなかったんだ。

結局、大きな街の路地で靴磨きの仕事をして何とか食いつないでいた。


稼ぎの少ない時には残飯を漁ることもあった。

狩猟隊に混じり、余った肉の切れ端を貰うこともあった。

そんな生活が嫌で仕方がなかった。


「よお青年、アタシと一緒に来ないかい。いい仕事があるんだ――」


そんな時、あのエルフと出会ったんだ。


あの出会いが無ければ、俺は今も路上で靴磨きの仕事をしていたかも知れない。


この物語は、そんな出会いから十数年の年月が経った頃から始まる――


                  ◇


 俺の名はジム、ジム・ランパート。三十六歳のオッサンだ。

 迷宮測量士ダンジョンマッパーっていう仕事をしている、何処にでもいる普通のオッサンさ。

 え? 迷宮測量士って何か、って?

 まぁ、俺の話はおいおいしていくとして、だ。


「Ha、GaaaaaaaaaLllll――!」


 今、遺跡の最深部にてゴーレムに追われて猛烈にピンチです。


 頭上から振り下ろされた重い一撃を避け、横薙ぎを飛び越えて避け、股をくぐっては避け――

 俺のスキル『逃げ足』のお陰でまだ生きている状態なのさ。


 まぁ、まずはどうしてこんなヘマをする事になったのか説明しよう――


=============================================


 それは数十分前、俺が最後の分かれ道の先を見終わった頃に遡る。


「ここは行き止まり、と……あとは最深部だけか」


 壁を触り、隠し通路の可能性がない事を確認して魔法紙に書き込んでいく。

 ここは迷宮……所謂ダンジョンの、その地下三階だ。

 俺たち迷宮測量士は"冒険者"よりも先に各地に"転移してくる迷宮"に入り、迷宮の地図を作る事が仕事なんだ。


 転移してくる迷宮って何だ、って?

 この世界――"パンドラ"って言うんだが、どういう訳か迷宮がんだ。

 迷宮には外に住んでいるような凶暴な魔物モンスターが居て、非常に危険な場所になっている。

 まあ、悪い事ばかりじゃないんだけどな。


 そうそう、冒険者ってのは分かるよな? "冒険者ギルド"という組織に所属している命知らず達。

 人々を助け、未知を探索し、時には魔物を倒す――みんなの憧れだ。かっこいいよな。


 今日も俺はカンテラとマッピング用の魔法紙、その他諸々の荷物をカバンに入れて迷宮に挑んだ。

 自慢じゃないが、普通の測量士なら数日は掛かるくらいの迷宮を俺は半日で回ることが出来る。

 長年の経験とさっきも言ったスキル『逃げ足』のお陰で罠や魔物も殆ど回避できるからだな……っと、話が逸れちまった。


 そんなこんなで、最深部まで足を進めたんだ。

 迷宮の最深部には守護者……所謂"ボスモンスター"がいる。

 この遺跡の迷宮も例外じゃなく、顔に巨大な青いコアを携え、全身に魔術模様が彫り込まれている石人形(ゴーレム)が奥で鎮座していた。

 大きさは人間の三倍程。立ち上がったら圧倒されるだろうな、なんてこの時は考えていた。


 持っていたカンテラを地面に置いて汗を拭う。

 今からこいつと戦うのかって? 冗談じゃない、迷宮測量士の仕事はここまで。あとの戦いは冒険者の仕事だ。

 本来であればすぐに帰還魔法の巻物を使って迷宮を脱出したんだが、その――


「……ありゃあ、子供? 女の子か?」


 ゴーレムの目の前にんだ。

 

 迷宮には"遺物"が転がってることが多い。

 遺物って何だ、って? 大半は良く分からないものだが、非常に有用な力を持っている"異世界から来たアイテム"なのさ。

 迷宮の最深部はそういった遺物の宝庫で、冒険者達はそれを狙って迷宮へと潜る。

 だが今回みたいに"人間が遺物"だなんて聞いたことがない。


 そもそもあの子は生きてるのか?

 疑問に思った俺はそろりと一歩だけ踏み出そうとした―― のが不味かった。


 カンッと聞こえる軽い鉄の音、コロコロと眼前を転がっていくカンテラ。

 ああ、ほんと。愚かにも自分で置いたカンテラを蹴っちまった。


「――Ke、N」


 そこからは想像の通り、ゴーレムが俺を探知して目覚めちまう。

 マズいな、女の子が押しつぶされちまう―― そう思ったら勝手に足が動いていた。

 俺はカバンを投げ捨て、無我夢中で女の子に駆け寄り担ぎ上げると、とっさにその場を離れて入って来た方向へと逃げようとする。

 だが不幸にも、ゴーレムが起きた衝撃で唯一の出入り口が塞がれちまった。


 さっきまで青かったコアが赤く光り輝き俺の方を見ている、魔術模様も同様だ。

 どうやら、そう簡単に逃がしてはくれなさそうだな。

 向かってくるゴーレムの攻撃が当たらないよう少女を壁際に寝かせ――


=============================================


 今に至る、って訳だ。

 ……って、誰に話してるんだ俺。

 そんな事よりも今はゴーレムに集中しないと。


 ゴーレムの攻撃は単純。拳を振り下ろして俺を叩き潰そうとするか、横に薙ぎ払って吹き飛ばそうとするか。

 俺のスキル『逃げ足』は魔物や攻撃から逃げる時に"ちょっとだけ速く動ける"ハズレスキルだ。

 だが俺はこのスキルを愛している。なぜなら"逃げたり避ける事に関しては神スキル"だからな。

 ただし、図体のデカいコイツの攻撃なら当たる事はまず無いだろうが、この迷宮が衝撃で持たないかもしれないな。


「――っ!しまっ……!」


 しかし慣れとは恐ろしいもの、少なからず行動に油断と慢心を産む。

 逃げた先は遺跡の瓦礫にまみれた地帯、ゴーレムが暴れた結果だ。

 悪路で逃げるのが一手遅れた俺の真横に、ゴーレムの拳が強い衝撃を伴って振り下ろされる。

 ズン、と部屋中に響き渡る衝撃。拳が持ち上がると衝撃で地面がひび割れ凹んでいた。


 あれを食らえば恐らくひとたまりもない。声を挙げる間もなく即死するだろう。

 冷や汗を掻き、心臓が跳ねる感覚が分かる。

 今のは危なかった……すぐさま俺はゴーレムの股下を抜けて瓦礫地帯を離脱。

 急いで帰還しなければ、このままじゃ他の地面も瓦礫にまみれて身動きが取れなくなるな。


 唯一の帰還方法は投げ捨てたカバンの中の帰還魔法の巻物を読む事。

 だが、たとえそこに辿り着いても読んでる間に俺は叩き潰されちまうだろう。

 

 ……こいつの"眼"を欺くことさえできれば。でもどうやって?

 しかしコイツに眼はあるのか? ……いや、眼で見てるんじゃなく、何かで感知しているとすれば?

 ゴーレムの一撃をひらりと躱しつつ、ゴーレムの顔を見ていた俺はある事を思いついた。


 奴が拳を振り上げたのを見計らい股を抜け、投げ捨てたカバンを拾い上げ、蹴飛ばしたカンテラを手に取る。

 そして白紙の魔法紙をカバンから取り出し、カンテラで火をつけて辺りにばら撒いた。

 一体何をやってるのかって? ゴーレムの動きを見れば一目瞭然。


「Ha、Ga……Lllll……?」


 そう、こいつは今俺を見失っている。

 眼の無いコイツは恐らく体温で敵を感知していたのだろう、全く見当違いの所に拳を振り始めた。

 その隙に俺は少女の傍へ向かい、帰還魔法の巻物を開いた。


「旅の神カルーンよ、我を導き給え……リターン!」


 短い詠唱を終えると、魔法陣が目の前の地面に展開される。

 コイツに乗ればすぐさま迷宮の出口へと出れるって訳だ。

 俺は今だに拳を宙に振り続けるゴーレムを横目で見つつ、少女を背負って魔法陣に乗り帰還した。


                  ◇


 ぼすんっ、と尻もちをつく俺が居るのは迷宮の外、見渡す限りの草原だ。

 遠くには俺が拠点にしている街が見える。


「……んぅ」

「まったく……あれだけの事があったのに呑気に寝てら」


 少女は俺の背で気持ちよさそうに寝ている。

 鈍感なんだかは知らないが、まぁ連れて帰るしかないだろうな。


「……パパ……えへへ」

「家族の夢でも見てるのかね……やれやれ」


 地図以外に大荷物が出来ちまったな、なんて考えながら俺はゆっくりと街へと向かって歩き始めた。

 ……まさか、この子が俺の"娘"になるなんて、この時は全く思いもせず。

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