第6話 シリアスは続かない

 ”検索”スキルでのんびりと調べ物をしながら、ティアに膝枕をしてやれてたのは、あんまり長い時間じゃなかった。

頭上に影が差したと思ったら、ギュゲェだかギゲェだかと不快な音が降ってくる。

上を見上げると、でっかい鳥がグルグルと周りながら滑空飛行をしていた。

咄嗟に、ティアが作ったシャベルを手にとったのは、手元にある中で比較的リーチが長い、武器になりそうなものだったから。

なんか、ラノベでそんなのを見た気がするし。


 バサリと羽ばたく音が近くで聞こえて、反射的にそちらへ向けて手にしたソレを振り上げる。ソイツの首にシャベルの先が突き刺さったのは、全くの偶然だ。「ぎぇ」と声が上がり、ビギナーズラックってやつで仕留めたソイツが地面に落ちる。

生きた肉に突き刺した感触に、足が震えた。

崩れずに済んだのは、デカイ鳥の死骸の横で呑気に寝コケるティアの顔が見えたから。『ここで踏ん張らなきゃ、コイツも道連れだ』と思ったら、自然と手足にしっかりと力が入った。

その後は、最初のやつを一撃で降したのが効いたらしい。残りの二羽はそれぞれ、交互に急降下してきては急上昇するのを繰り返してこちらの出方を窺うばかり。

何度目かの急降下に合わせて、その頭をぶん殴って地面に落とす。もう一羽も、先に落としたやつが目を回している間に同じようにして転がしてやった。


 ただ――小出刃で喉を裂こうと言う段階で、手が止まる。

こいつらが、ただ目を回してるだけなのは分かっているのに。とどめを刺さなきゃ、また襲ってくるのも理解できているのに手が震えて力が入らない。


 何かが動く気配に、動揺して体が跳ね上がり、手にした刃物が落ちる。



「私、何で寝て――」



 音のした方をおそるおそる窺ってみると、ティアが身を起こしながら不思議そうに周りを見回しているところだった。彼女は軽く周囲を見回しただけで、すぐに状況を理解したらしい。表情を引き締め、少し離れた場所に置いておいた日本刀を手に取ると、俺がとどめを刺せずにいた無造作に二羽に刃を突き立てていった。

こう――いかにも慣れた手付きで。

えーっと、セレスティアさんって、狩りとか屠殺みたいなことをやってらしたんでしょうか……?

俺は、普通のサラリーマン家庭で育った都会っ子だから、そんな経験ありません。



「”データストレージ”に、全部入るかな……? どう思う? アイルさん」



 彼女は何か呟きつつ”データストレージ”を展開する。ぼんやりと眺めていると、でかい鳥の足をその中に入れたいみたいだ。

しばらく足を引っ張っていたけれど、「それ、容量が一立方メートルだから無理」と教えてやるとガックリと肩を落とした。仕留めた鳥はどう見ても、容量の倍の大きさはある。それでも諦めきれない様子で、なんとか回収する方法を考えてるんだけど……見た目の割に、肝が据わってるな。

あんまりにも自然すぎる彼女の行動に戸惑ったけれど、それよりも、もう立っていられない。足元に広がる、鳥から流れた血溜まりの中にへたり込む。ベチャッという濡れた音と一緒に、あっという間に下着まで血が染み込んできたけれど、そんなことに構う余裕はなかった。



「――ごめん。俺、落とすだけで精一杯だった」



――情けない。


 頭の中がその言葉で一杯になる。

俺、レイちゃんを――セレスティアを守るんだって奮起したつもりなのに。

肝心要の、とどめを刺すことが出来なかった。

ほんの一時的な時間稼ぎでしか無いって分かってたのに――



「なんでアイルさんが謝るの?」



 不思議そうに目を瞬いたティアは、片膝をついてかがみ込むと、正面から目を合わせる。こうして明るい場所で見て始めて、彼女の両の目の色が違うことに気がついた。暗めの赤と赤茶色で、どっちも赤系統だ。



「十分な戦果だと思うし、むしろ、責められるべきは私でしょう」



 彼女の目の中にあるのは純粋な疑問だけで、そのことにすごくホッとするのと同時に、ホッとしたことが情けなくて唇を噛む。



「何故か倒れたっぽいし……」



 視線が僅かな時間だけ逸らされ、最後の記憶にある場所じゃないことを遠回しに主張する。そういえば、その件に関しては怒る気でいたんだっけ。

鳥の襲撃で、頭からスッポ抜けてたけど……


――本人もしょげてるし、もういいや。



「それは、”錬金術”で物を作りすぎたせいだと思う」



 とりあえず、今回は叱りつけるのは中止にして、端的に推測だけを伝えておく。

ついでに、少しだけ調べておいたこの世界のことも。

ここは”浮遊諸島”という世界で、沢山の浮島が太陽モドキの周囲を回っている、スキルや魔法のあるファンタジックな場所らしい。


 基本的に、スキルはスキルパワーSP、魔法はマジックパワーMPを消耗する。スキルの方には一部、SPの消費が必要ないものもあるっぽいけど詳しくは分からなかった。SPもMPも、全部使い切ると昏倒してしまう部分は一緒で、ティアが倒れたのもSP切れだろうというのが俺の推測だ。


 ちなみに、SPやMPの上限が上がるのは二十歳まで。その間に何度もSPやMPを使い切らないといけないらしい。今回昏倒している彼女のSP上限も上がってるんじゃないかと思うんだけど……


――え?

  100だったのが、180になってる?

  いや、ソレって、成長率バグってね??





 そんなこんなを話しているうちに、足に力が入るようになってくれたので、血塗れになったズボンと下着を洗いつつ、川で行水を敢行することにした。

メチャクチャ冷てぇ……!!

着替えなんて持ってきてなかったから、両方とも濡れたまま履くしかないのが、ちょっと泣ける。



「ごめんなさい――私が寝ている間にあんなのに襲われて、怖かったでしょう」


「正直、すげーびびった……」



 ティアはちょっと離れた場所で、やたらとアグレッシブに襲ってくるウサギモドキの迎撃中。どうやら、鳥の流した血に引き寄せられたみたいで、ソレまでの静けさはどこへやら。ひっきりなしに、姿を現しては襲ってくるようになった。

ウサギモドキオンリーなのと、一匹ずつでしか現れないのが救いだろう。


 あと、ティアがメチャクチャ強かった。

ウサギモドキは結構すばしっこいのに、ソレを全部、一振りで仕留めてる。

彼女はあっちの世界で剣道部に所属してはいたけど、実戦はからっきしダメダメで、万年補欠要員だった。練習風景は、実に美しくて眼福だったんだけど……

こっちに来た時の願い事に、戦闘系のチートも混ぜ込んでたんだろうかと思いつつ、ふと思い出したことがある。



「ウチの兄貴も剣道やっててさ――」


「うん?」


「ガキの頃は近所の道場に通ってたんだけど、そこに将来有望な美少女天才剣士がいるんだって、鼻息荒くしてたんだよね」


「へぇ、美少女剣士! それは、是非とも会ってみたかったな」



 美少女と聞いて、ティアは声を弾ませる。



「鏡でも見とけよ」


「鏡に映るのは、”お母さん”でしょう」



 肌に張り付く濡れた下着の冷たさとに、彼女の鈍さの療法で背筋が震えた。


――これ、絶対に腹壊す!

  そして、ティアは本気で言ってんの?

  それとも、とぼけてるだけか??



「鏡に映るのは”お母さん”じゃなくて、”お母さん”そっくりなお前自身な? 間違うなよ。姿形が似てても、セレスティアはセレスティアだ」


「……はぁい」



 生返事が返ってきて、思わず頭を抱える。

”お母さん”を見つけたと言ってきた時にやたらとテンションが高かったのは、失くなった記憶の中から拾い上げたのが嬉しかっただけじゃなく、元々病的なマザコンだったんじゃないのかという疑惑が急浮上。

まあ、実害はない……か?



「でも、天才なんて称されるほどの才能なら、有名になってるんじゃない? あ、もしかして私にとって嫌な相手で記憶に残ってないとか――」


「そんな『レイちゃん』が何人もいてたまるかっ」


「え、私!?」



 兄貴がその子の話をしてたのって、まだ小学校に通ってた頃のことだ。『才能があっても、あのままじゃ潰されるだろうな』とも言ってたっけ……



「だから、鏡を見ろって言ったんだよ……」


「比喩的な方向かと思った。直球過ぎてビックリです」


「学校の部活の時と、明らかに動きが違うんだけど……心当たりは?」


「……ある」



 少し、硬い声が返ってきた。



「”願い事を受理しました。記憶の消去に伴い『暗示』が解除されました”っていう声を、この世界で目を覚ます前に聞いたよ」



 再び現れたウサギモドキを斬り捨て、彼女は小さく自嘲を漏らす。



「大方コレは、私の周りにいる人にとって不都合な才能だったんじゃないかな。『暗示』が解けた途端に、スキルレベルとやらが上がりきったんだもの」


「……努力が無駄にならなくってなにより」



 スキルや魔法のレベル上限は10だから、こっちに来た時点でそこまで上がってたってことになる。


――木刀だの竹刀だのを、欲しがる訳だ。


『いわゆる、下手の横好きってやつでね……上手くならないのは分かってるんだけど、やめられない』


 そんな学校での会話が、脳裏を過る。

実らないと思っているくせに、それでも上達したいと願って一生懸命稽古に励む姿は、いつも真摯で、輝いてみえた。

その努力が、誰かの意図で故意に実らないようにされてただなんて、あんまりだ。

周囲の景色が少し歪み、ティアが近づいてくる気配。



「ありがとう」



 突然、彼女の胸に抱き込まれて、自分が泣いていたことを教えられた。



「あのね、アイルさん」


「うん……」


「私、よく泣くんだけどさ――」


「うん」



 ごんぎつねを読んで泣いて、おかあさんの主演映画を見て泣いて、兄のサクセスストーリーに泣いて、姉の結婚が決まって泣いて――



「でもね、自分のために泣く方法は、よく分からない」



 多分、記憶にないどこか、随分と幼い頃に、泣いても何も変わらないことを思い知らされて、諦めたのだろうと彼女は優しい声で呟いた。

だから、人前では泣かない……と。

一人の時には泣くんじゃないかとツッコむと、『諦める時には、出ちゃうんだもの』と小さく笑う。『未練がましいよね』って――そんなの普通だ。



「だからね、私のために泣いてくれて、ありがとう」


「こんなの、俺が悔しかっただけなのに――」


「私なんかのために泣いてくれちゃうアイルさんが、可愛くて尊すぎる……」



 抱え込まれた頭に頬擦りされて思わず固まる。



「え、なんて?」


「アイルさんにイタズラしたい」


「いや、ちょっとまて」



 一瞬で、しんみり悲しい空気が、妙に甘い空気に取って代わられた。



「イタズラされるんでもいいよ?」



――いやいや、待って!

  何でそうなる!?



「だから、落ち着け!」



 訳が分からず、身を離そうとしてるのに、がっちりと頭をホールドされてて抜け出せない。



「落ち着いてるってば。いい? よく聞いてね、アイルさん。『欲しい』って思った時がアムールを育むタイミングだよ。だから、今!」



 しまいにゃ、抱え込んだ俺の頭の天辺にキスの雨を降らせ始める。

ほんとに待って!?

その理屈、全然理解できない!



「それはどこの誰からの入れ知恵だ!?」


「葵さんと翠さんに教わりましたっ!」


「そいつら、お前に妙な遊びを教え込んだ奴らじゃん!」



 俺、理事長先生に聞いたから知ってる!

『レイちゃん』が、百合の道に踏み入れた原因になった奴らだよね、ソレ!?







※葵さん・翠さん

 セレスティアにとって楽しい記憶しかないので忘れなかった、珍しいお相手。

 百合カップルで、ティアはその中に混ざりたかったが結局、撃沈。

 お二人の、玩具兼遊び相手に甘んじることにした――つもり。

 実際には『三人目カモーン! 熱烈歓迎♪』状態だった。

 それに気付いたのは、”嫌な記憶を忘れた”副産物だったため手遅れです。

 初めての出会いは小6の頃で、お姉様方の秘密の花園に迷い込んだのがキッカケ。

 衝撃の光景にテンパった挙げ句「仲間に入れてください」と口走ったのは、

 今となってはいい思い出……らしい?

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