ティアとアイル
第2話 失われた記憶
なんだか、異世界転生的なラノベで出てきそうな、スキルに関してのアナウンスが頭の中に響く。
ちょっと感動だわ。
まさか、これが現実に起こることだとは……
スキル告知のアナウンスによると、あたしの所有スキルは生産系がメインらしい。なんというか、異世界無双系は無理そう。
いや、技術チートを目指せばいいのか。
じゃあ、ソッチ方面で。
スキルに関して詳しく調べるのは後回しにしようと、重い―い瞼をこじ開ける。
「目を開けても真っ暗だ……」
小さく呟く、男の声が周囲に響く。
頭の中に、”願い事を、受理、しました”と言う声を聞いた記憶が蘇り、小さくガッツポーズ。
――ありがとうございます!
あたしは無事に(?)、男に生まれ変わったらしい。
そして、さっきからあたしの頭を抱えこんで離さない柔らかい物体は、もしかしなくてもレイちゃん?
位置的に顔があたってるのは、乳。
スレンダー系だったレイちゃんの乳が、なんか育ってる!
気にしてる雰囲気はなかったけど、やはり、多少は欲しかったんだろうか……?
「くすぐったいよ――葵さん」
フニャッと寝惚けた声で、レイちゃんが知ってるけど知らない女の人の名前を呼んで、あたし――俺の方がいいかな?――の頭をギュッと抱きしめ、ビクリと体を震わせる。ちなみに葵さんというのは、俺には面識がない相手だけど、レイちゃんと仲が良かった先輩らしい。
「……誰!?」
悲鳴を上げて起き上がった彼女は、すぐに天井に弾かれて元の場所に戻ってきた。
――そうか、天井、低かったのか。
危険すぎ。
打ち付けたらしい場所を押さえて、痛みに震えるレイちゃんの頭をそっと撫でて、「いたいのいたいのとんでけー」。――この
「レイちゃん、落ち着いて。怖くない、怖くない」
「……知らない人と真っ暗な中で二人きりだなんて、怖くない訳、ないじゃない」
震える声で返事が返ってきて、その内容に『それもそうか』と納得する。
――それは、確かにごもっとも。
それが、ショックなのはまた別の話だけど。
「えっと、アイラなんだけど……分かる?」
「アイラ……?」
暗闇の中で、表情は見えなかったけれど、声だけでも分かった。
「学校の人の名前なら全部覚えてるはずだけど……何組?」
覚えてるんだと思いつつ、あたしと違って幼稚舎からずっと同じ学校に通ってるんだからと思い直す。ほぼ顔見知りでもおかしくない。
「高等部二年の椿」
「二年上かぁ……春休みが終わったら三年生? ――というか、筋肉のつき方が女の子じゃないんだけど……」
――二年上、だと……!?
レイちゃんとあた――俺は、同い年だ。思わず思考停止するあたしの体にペタペタと体を触られてたレイちゃんの手が股間に触れて、また悲鳴を上がる。
「やだやだやだやだやだやだやだやだ! なんか付いてる!? やっぱり、男の人じゃない!」
慌てて抱き込んで、頭を再度打ち付けるのは阻止することができたけれど、思いの外抵抗が激しい。そして、うるさい。普段は落ち着いた声で話すから地声が低いのかと思ってたけど、レイちゃんって、案外高い声も出るんだなぁ……
彼女の頭を胸に押し付け口を塞ぎ、背中に回した腕に力を込めた。
――あ、あんまりギュッとやると壊れそう。
華奢な体を潰さないように、少し隙間を開けて胸の中の頭に向かって、ゆっくりと言い聞かせる。こういう時、一緒になって慌ててしまうと碌なことがない。
まずは、落ち着かせるのが肝心だ。
「落ち着いて、ほら、深呼吸。吸って、吐いて―、吸って、吐いて―……」
少し抵抗がおさまったところで深呼吸を提案すると、レイちゃんはビックリするくらい従順にソレに従う。
――暗闇の中、見知らぬ相手に抱きすくめられた状態で?
危機管理的なこととか、言いたいことは沢山あるけど、そんな物は全部すっ飛ばして、『変』だ。理事長先生がレイちゃんを評して言ったのは『聞き分けのいい子』だったけど……そのレベルを超えてない?
「とりあえず、暗い場所だからより怖いんだろうから、明かりを出す間に天井の高さを確認しながら起き上がってみて」
「……はい」
今度も、素直に従った。
返事までに間があるところから、何か思うところはあるんだろうけど、変にごねられるよりは楽なので一旦『聞き分けが良すぎる問題』は棚上げにすることにした。
今はまず、明かりをつけるのが先決だ。
背中に背負ったままになっているリュックの中には、プラホや懐中電灯が入っていたはず。それを漁っている間に、天井を確認し終えた彼女が、姿勢を正す気配がする。
脳裏に、真っ暗な中で正座をして、きっちりと背を伸ばすレイちゃんの姿が浮かぶ。きっと両手は膝の上に、揃えて置いてるに違いない。
ちなみに、電化製品は持ち込み禁止な世界だったらしく、電化製品が消えたかわりに魔法とスキルを入手した。
チーン。
懐中電灯からは光魔法のLV1。プラホからは光魔法のレベルアップと、スキルを五種類ほど。どれも、役に立ちそうな気がするから後でちゃんと確認しよう。
「灯り点けるから、一度目を閉じたほうがいいかも」
「――はい。どうぞ」
光魔法のLV2の”ライト”を唱えると、小さな光球が手の上にポワンと浮かぶ。
初魔法!
それほど強い光ではないと思うけど、暗闇に慣れた目にはやっぱり眩しい。
何度か瞬きして目を慣らし、レイちゃんの声がした方を確認する。
そこには思った通りの姿勢で手でヒサシを作ってこちらを伺う姿勢のまま固まる、ミントグリーンの髪をポニーテールにした美少女の姿。
「高等部に上る前の、ポニテレイちゃん、ご馳走様です!」
「えぅ!?」
思わずその場に三つ指をついて頭を下げるあたしに、レイちゃんは驚いた声を上げて体を揺らした。この際、髪の色がミントグリーンでも構わないと思う。
異世界っぽくて、逆にいいだろうって方向で!
「……アイラさんって、変な人」
小さく笑う声がして見上げると、レイちゃんは困った顔で笑ってた。
「なんか、変なことになってるのは、認識しました。私――記憶が、アレコレ抜けてるの。その中に、あなたのことが入ってるのかもしれない」
あたしが知っていることを教えて欲しいと言って頭を下げると、小さな声で「最後の記憶は、高等部に上る直前の春休み」だと告げてきた。
「私の記憶では、明日がお姉ちゃんの結婚式の日なんだけど――アイラさんの中では、何年の何月何日
あたしが知る範囲の話しても問題がなさそうな分を話し終えると、レイちゃんは探るような視線を向けてから、目を伏せて諦めたように小さなため息を吐く。
話したのは、レイちゃん自身も高等部の二年生であること。
あたしが高等部から編入してきて、今は同じクラスであること。
四月の終わりに『恋人ごっこ』のお相手になってほしいと申し込まれたこと。
今が七月の終わりで、林間学校の最中にあたしが転落事故を引き起こしてしまって、レイちゃんを巻き込んで死んでしまったらしいこと。
最後の記憶で、何かの”願い事を受理”されて男の子になったこと。
多分、異世界転移とか異世界転生とかの創作物の登場人物的なことになってるっぽいこと。
……自分で言っててなんだけど、改めて口にですと痛々しい。どんだけ妄想癖が激しいのかと、セルフツッコミを入れたくなってきた。
「話して下さってありがとうございます」
向けられたことのなかった、敬語と他人行儀な態度になんだか気持ちが落ち着かない。だけど、今の彼女にとって、あたしは面識のない相手だからと諦めるしかないのだろう。
頭を下げてから、外向けの笑みを浮かべるのも、そうだ。
三ヶ月近く掛けて、やっと、多少は取り繕った笑い方をしないようになってきたところだったのに……
がっかりが過ぎる。
あたし、レイちゃんのこの笑顔は大っきらいなのに。
「正直、荒唐無稽が過ぎるお話ですけれど……参考にします」
――だよねぇー!
あたしも、ついさっきそう思ったとこ。
自分の荷物を確認しつつ少し考えを纏めたいというので、その間にあたしはスキルの確認を行うことにした。
プラホから手に入れたスキルは全部で六つ。
”検索”はネットで検索するのと似たようなことが出来る。
”念話”は通話機能今は相手がいないから役立たずね。
”地図”は道案内ソフトが変化したものだけど、行った場所しか表示されないっぽい。
”記録”は、脳内フォルダに動画や画像を記録出来る他に、”念話”の相手を登録することが出来る風。
”データストレージ”は、ラノベでよく見るアイテムBOX的なやつ。
”ファーム”はゲームアプリから変化したもので、植物や動物を育てたりすることが出来るスキル……だと思う。
荷物を取り出しては、無表情に中を検めているレイちゃんは、知ってる顔なのに知らない人みたいだ。
――そもそも、笑っている表情しか見たことがないというのが不自然なのよね。
むしろ、こちらの方が本来の『相模麗』なのかもしれないと思うと、胸が痛んだ。
笑顔の仮面も嫌だけど、無表情も嫌だ。ただでさえ、作り物めいた顔立ちが、より一層、無機質になってしまう。
――やっぱり、楽しそうにしてる子達を見て、少し離れたところからほんわりと頬を緩める姿の方が、好き。
「――誰が荷造りしたのか分からないけど、随分とマメな人だと思いませんか?」
自分の横に積んだ衣装袋をチラッと見て、口元を微かに歪める。
――見たことがない表情。
知らない字で書かれた自分の名前に、知らない法則で詰められた荷物の数々から、入れた人の気遣いを感じる。けれど、今の自分が覚えにない相手だというのが不自然なのだと語る彼女の表情は昏い。
「多分、自称婚約者の従兄だって男だと思う。レイちゃんと一緒に暮らしてるって、言ってたから」
「私と?」
目を丸くした後に口にしたのは『婚約者になれるような年齢の従兄なんていたんだ』という言葉で、彼女を取り巻く環境のおかしさに目眩がしてきた。
家族関係がおかしいとは聞いてたけど、まさか、親族全般か!?
「ええと――お弁当が出てきたし、お腹も空いたのでひとまずご飯にしませんか?」
「いいけど……お弁当箱? おっきくない?」
大食いだという噂は聞いてたけど、まさかお弁当箱として出てくるのが、特大飯盒だとは思わなかったなと思いつつ口にした言葉に、レイちゃんは涙目になって猫みたいな声を上げた。そういえば、あたしには大食いだってことを隠してたっけ。
――それはそれとして、コレも可愛い。
折角なので、脳内フォルダーに、保存保存。
早速、スキルが活躍したけれど、最初の一枚が涙目で飯盒を抱える女の子って、ちょっと微妙? ……可愛いからいいや。
お昼用のお弁当を食べつつ、あたしから見たレイちゃんの話を本人からのご要望で語らせてもらう。
最初に見た時に『笑顔が胡散臭い』と思ってジッと見てたこと。
友達になった子がレイちゃんのファンで、部活の見学に混ざることになったこと。
人の中にいる時よりも、少し離れたところから他の子を見てる時の笑顔が好きだなと思ったことなんかを話していく。
最初は社交辞令的な笑みを浮かべてたレイちゃんの、箸の動きが段々と遅くなっていった。頬がほんのりと桜色に染まるのに気付いて、調子に乗って話していたら、しまいには箸をおいて口元を覆ったまま俯いて動かなくなる。
――しまった。
あんまりにも反応が可愛くて、やりすぎた……!
「多分――最初の時から、私、アイラさんに気付いてたと思う……」
「視線が合った記憶は全然ないけど……」
「普段向けられるものと、方向性が違うもの。気づかない訳、ないじゃない」
敬語がとれたことにあたしは目を輝かせたけれど、本人は気づかぬ様子で言葉を続ける。ここに至ってやっと、レイちゃんが恥ずかしさに悶えてただけじゃなかったことに気付いたんだけど……何を怒ってるんだろう?
「アイラさん、可哀想」
「え」
怒りながら、憐れむだなんて、何をどうしてそんな結論に?
「だって、私、間違いなくアイラさんを全力で捕まえようとしたはず」
「同じクラスになった途端、急に距離が詰まってきた記憶はあるけど……」
「甘い。クラス替えにも絶対、私が口を出したに決まってる」
「一生徒のワガママでなんとかなるもんじゃ……」
否定しかけて、口を噤む。
いや。
レイちゃんファンクラブ設立者の理事長先生なら、間違いなくやる。
「おばさまに言えば、よっぽどの無理がなければ叶えてくれたから――同じクラスになったのは、偶然じゃないよ」
レイちゃんが『恋人ごっこ』にお誘いしてくる前に、あたしの身辺調査もしてたみたいだもの。無理のない範囲で、生徒の配置をいじるくらい気にしないだろう。
まあ、そんなことはどうでもいい。
同じクラスになったから、あたしに話しかけやすくなったってだけよね?
だって、その頃には、レイちゃんが異性でさえあればなーと思う程度に気を惹かれてた。こっちとしては、「ばっちこーい!」だ。
「……何が可哀想なのかが分からない。なんで? 何に怒ってるの?」
「なんでって……」
あたしの問いに、みるみるうちにレイちゃんの目から怒りの色が引いていき、答えを探そうとしてるみたいに視線が彷徨い始める。
「なんで……?」
戸惑ったように首を振り、不安気に胸元を押さえて俯く様子は、親に置いてけぼりにされてしまった小さな子みたいだった。
「理由は、あったはずなのに。見つからない」
呟かれた言葉が震えてて、あたしはここでやっと理解した。
記憶がないってことは、怖いものなんだって。
「私が望んだのは、多分『嫌な記憶』を消し去りたい、だ」
どうやら、私生活はほとんど記憶になく、大好きだったはずのお姉ちゃん達も顔や名前があやふや。
「きっと、失くなっちゃったんだ。嫌な記憶と、一緒に。大事なものも巻き込まれた……」
きっと、抜け落ちてしまった記憶の中には、自分を自分たらしめていたモノがあったんだと。「まるで地面がないみたいだ」と呟いて震える彼女を引き寄せて、胸に抱き込む。
「アイラ、さん?」
目には涙が一杯だったから、無理に笑みを浮かべようと細めた拍子にソレがポロリと頬を伝い、胸元の生地に吸われて消える。
「ごめん、すぐ
「整えるって……」
答えはすぐに分かった。
あたしから身を離して、自分の胸と喉元に手を当てた彼女は、俯いて何度か深呼吸をしたあと、顔を上げる。
いつもの、胡散臭い笑顔を浮かべて。
ほんの少しの時間で、彼女は表情を整えた。
「ほら、もう大丈夫」
「いや、全然ダメ。その
ずっとこうやって、内心を隠し続けてきたのだと腑に落ちるのと同時に、自分がこの笑顔を嫌だと感じてきたことが正しかったと確信する。
こんなこと、いつまでも続くもんじゃない。
いつか壊れて、決壊する。
「ゴメン、無理」
「もどせ、今はギャン泣きしていい場面!」
肩を掴んで引き寄せたレイちゃんの困り顔が、歪んで霞む。
――いや、オレが泣いてる場合じゃ……
「――泣いたら、困るでしょう?」
静かな声と一緒に、細い腕が伸びてきてオレは慰めたかった相手の胸に抱きしめられた。
「泣かせて、ゴメン。大丈夫、私、平気だよ、大丈夫」
楽しげにすら聞こえる静かな声と、慣れた手付きで背中を撫でる優しい感触に、一瞬納得しかけて、踏みとどまる。
――オレが慰められて、どうすんの……!
本当に泣くべきなのは、失くしたものに怯えてるコイツ自身なのに。
っていうか、誰だ!?
レイちゃんが『泣いたら困る』くせに、『代わりに泣いて』慰められてたやつ!!
「全然、大丈夫じゃないだろ!?」
「わ、びっくりした」
「今は、お前が泣くタイミング!」
「なんで?」
さっきのほんの僅かな時間だけで、気持ちを切り替えたのか、不安や怯えをどっかに押し込んだのかは知らんけど、今のレイは、本当に何を言われてるのか理解できないみたいだ。
「嫌な記憶と一緒に、大事なものもすっからかんになってるのに気付いて、不安で怖くて震えてたじゃんかっ」
「……ああ」
問題ないと笑う頬を両手でつまんで、思い切り左右に引っ張る。
「それは、終わってないし、解決もしてない問題だろうが」
「いひゃ!?」
生理的な涙が出たのを確認してから手を離し、改めて胸の中に抱き込む。
「そんなこともあったっけって反応してないで、取り繕わずに泣け。笑顔で取り繕われる方が、オレは、悲しい」
「……女の子っぽい喋り方より、ソッチの方が似合ってるね」
明後日の方向に返事を投げてから、レイは静かに泣きだした。
オレも、こっそり泣いた。
浮ついた気持ちで、自分が男だったらなんて願ったけど、そんなのは間違いだった。
ほんとに願うべきだったのはきっと、腕の中で震えてる、この子の心を救う方法。
ずっと、自分が泣きたい時に人を慰めてきただなんて思いもしなかった。
一体いつからあんなことをしてきたんだろう?
随分と慣れた仕草だったから、それが一度や二度じゃなかったことくらい想像つく。
「あのさ、不安になったり悲しくなったりしたら、俺の胸で良ければ貸すからさ。好きなだけ泣きわめいていいから。だから、無理に笑わないで欲しい。迷惑なんかじゃないから……聞こえてる?」
小さく上下する頭にホッとしつつ、背中を撫でながら、気持ちを我慢しなくていいのだと必死に言葉を繋いだ。
※勘違い1 人前で泣かなくなった理由と、代わりに泣いて慰められる人は無関係。
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