7話:アリスの嫌がらせ


「さてと、そろそろ帰りますか」

「えー、もう帰っちゃうの?」


 しばらく、各々談笑が続いてた時だった。


 ユキが京也と魔力について語っていると、後ろで風花が「そろそろ夕飯作らなきゃ」と呟いていたのが聞こえたのだ。

 このままにしていたらきっと、「ユキちゃん、食べていく?」と聞かれたことだろう。


「予定ないし、まだ良いで「サツキと夕飯食べる予定あんだよ」」

「ふーん」


 どうやら、風音にも聞こえていたらしい。

 アカネの言葉を全力で否定している。


「なら仕方ないね。今度は、サツキちゃんも一緒に来て欲しいな」

「はい、ぜひ。その時は、学校行きたいな」

「いいねいいね! 案内する!」

「いや、部外者はダメだろ」

「部外者じゃないもん、友達だもん」

「風花ちゃん……」


 と、頬をプクッと膨らませた風花が愛おしいユキは、その身に勢いよく抱きついていく。

 それを嬉しそうに受け入れる風花。両腕を使い、ユキの小さな身体を抱きしめている。


 双方、とても心地良さそうだ。


「姫さま……。また皆さんでいらっしゃってください。いつでもお待ちしておりますから」

「はい! またプレゼント持ってきますね」

「…………」

「次は、オレが中身見てから持って来させますよね」

「なら安心です」


 相当懲りたらしい。

 ユキの言葉に、背筋をピンと張って警戒していた太陽。風音の言葉で安堵の表情を見せた。


「あ!」

「何……」

「上着」

「あ。忘れるところだった」


 そう。今回来た目的のひとつ、太陽に上着を返すのを忘れていたらいけない。


「袋の中にありますから」

「……え、オレが取るの?」

「だって、私だと変なの取りそう」

「……まあ、そうか」


 ユキの実感のこもった声に納得した風音は、みんなが見守る中袋に手を突っ込んだ。


「うわ、……え? 何入ってんのこれ」

「特に」

「特にって……。うわー、なんかベタベタすんだけど」

「……私、ベタベタの上着着たくないです」

「大丈夫ですって! 多分」

「多分!?」


 と、慌てているのは太陽だけ。

 そりゃそうだ。彼の上着なのだから。


 他の面々は関係ないためか、「何が出てくるのか」を楽しみに待っていた。


「あ、コレかも」

「かもって……」


 1分は漁っていただろう風音は、お目当てのものが手に触れたらしい。ゆっくりと、恐る恐る袋から手を出した。すると、


「…………」

「……」

「…………」

「…………クリスマスツリー」


 彼の手に収まっていたのは、先程の光るパンツと同じ模様のパーカーだった。


「あ、それアカネにあげるクリプリ」

「良かった、パンツじゃなかった……」

「これを着れば、歩くクリスマスツリーの完成です!」

「いや、完成しなくていいんだけど」

「やっぱり、パンツの方が良かっ「着ます! 喜んで着ます!!」」


 そりゃあ、どんなダサい柄のパーカーでも、パンツよりはマシだろう。タペストリーにすると美しいのに、服にするとダサくなるこの現象に名前が欲しいところ。


 ユキの言葉に、男性陣全員がアカネに拍手を送っている。

 それを見た風花が、「これもクリスマスの習わし?」と言いながら一緒に拍手してるではないか。誰か、違うと教えてあげて欲しい。


「ってことは、オレもこう言う系?」

「いえ、先生はこうちゃんと一緒」


 ということは、パンツか。

 先程の話を鵜呑みにするなら、ずっと光ってるパンツか。


「…………灰とお揃いがいい」

「お揃いですよ。柄が」

「いや、その……」

「私はパーカー推したんですけど、サツキちゃんが「ユウには毛糸のパンツにする。冷え性だから」って」

「……ダメだ、怒れねぇ」

「よかったね、風音さん」

「…………」


 と、またもや拍手が送られる。

 が、その拍手は、先程のものとは意味が違う。


 ここにいる男性陣全員が、勇者風音にエールを送っていた。……履く前提で話が進んでいるが、コレでいいのか。


「ところで、私の上着は」

「……このパーカーじゃダメですかね」

「ダメですね」

「……どの辺が」

「私の上着じゃない辺りが」

「……ですよね」


 それでも、着たくないことには変わらないらしい。

 アカネの足掻きを華麗にスルーする太陽は、上着を御所望している。


「僕が出すよ。普通に、袋の入り口大きく開けて取れば良いじゃん……か」

「……?」

「……?」

「どうしたんですか、灰さん」


 アカネがもっともなことを言いながら袋に手をかけると、ピタッとその動きを止めてしまう。

 疑問に思った優一が声をかけると、


「……!? あ、え?」


 と、なぜか怯えたように視線を泳がせているではないか。

 それを見たユキが、


「アリスが、「袋の中身見た人には精神干渉かける」って笑いながら言ってましたよ」

「それを早く言えって! 今、頭の中で「灰くんと風音くんのBL本出してあげる」って声が流れてきたぞ!」

「……」

「……」

「……ちょっと見たい」

「見たくねえ!」

「やめろ……」

「太陽、BL本ってなあに?」

「ひひひ姫さまあ……」


 やはり、最後までカオスらしい。


 アカネが気を改めて(「僕はノーマルだ」と呟きながら)袋に手を入れやっと上着を掴んだ時には、純粋組で「BL」は何の略か談義が繰り広げられていた。


「BAD LOVE……。つまり、悲恋の本だな!」

「うーん、うーん。それじゃあ悲しいから、Better Lifeがいいな。日常のお話!」

「うんうん。本城くんも相原くんもありそうな感じだね」

「桜木さんは、何だと思う?」

「えっとねえ。……ベーコンレタス! お料理の本!」

「いいね! お腹空いてきた」

「待てよ、BLACK LISTかもしれん。やはり、ミステリー……いや、推理ものだな!」

「……どうなったらそうなるんだ?」

「……お前ら、その純粋さをいつまでも守り抜けよ」

「姫さまの純情は、私がお守りいたします……」

「いや、教えた方が面白「月は黙れ」」


 ここまでくると、応援したくなるようだ。優一と京也が少々呆れ顔で、3人にエールを送っている。

 上着を受け取り何の細工もされていないことを確認した太陽も、彼に同意するように決意を口にするものの、突如出てきた月に邪魔される始末。京也に睨まれても、涼しげな表情で笑いながら事を眺めている。


「さてと、じゃあ帰りますか」

「また来てね!」

「はい。風花ちゃんも、太陽さんの扉魔法で遊びに来てくださいね」

「うん! 今度は、私がプレゼント持って遊びに行くね!」

「楽しみにしています」


 ユキが別れの言葉を言うと、それに反応するようにリビングの入り口付近にぽっかりとした空間が現れた。その奥には、レンジュにある森の景色がうっすらと映し出されている。


「へえ。太陽の扉魔法とはちょっと違うんだな」

「異世界の魔法って、面白いよね!」

「月さんも、ぜひ遊びにきてください」

「おう」


 ユキたちは、全員に挨拶をし終えるとそのまま、扉の向こうへと消えていく。もちろん、あの大きな袋も持って。

 始まりは騒がしかったのに、別れはあっけない。


「……行っちゃったね」

「また来るって言ってたし、寂しがらなくても良いね」

「うん。そうだね、相原くん」

「そうそう。次会うまでに、お礼を用意しないとな」

「俺は、吸血鬼についての学問の本を読み漁るぞ!」

「じゃあ、俺は……」


 みんなが話す中、京也も口を開く。しかし、その言葉は途中で止まってしまった。


「……京也くん?」

「いや、何でもない。おい、太陽」

「はい」


  京也の言葉で入れ替わった太陽が返事をすると、


「俺は帰る。だから……」

「お願いされなくとも」


 姫さまは、私が守ります。


 太陽は、そう言いたかったに違いない。

 それを理解した京也は、フッと笑いそのまま静かに消えていった。


「……あ!」

「ど、どうしましたか。姫さま」


 京也が消えた時、風花が大きな声をあげた。

 それに驚いた面々が彼女の方を振り向くと、


「夕飯、ご馳走しようと思ってたのに! まいっか。みんなには作るから、ちょっと待っててね!」


 みんなの返事を待たずに、キッチンへと消えてしまった。


「……き、急用が」

「ぼ、僕も」

「俺、今日の運勢占いで、女性に夕飯をいただいてはいけないと言われてな……」

「みなさん、お待ちくださいね。私もお手伝いして参ります」


 ……どうやら、断れそうにない。


 翼たちは、最後の足掻きのごとくゆっくりとした動作で、椅子へと腰をおろした。





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