銀河の蜘蛛とWEB会議
柊 悠里
第1話 フェルミのパラドックスって?
白い小さなボールに神経を集中する。顎をほんの少し右に傾ける動作を契機に、両肩とこぶしが作る三角形を身体の右側に離していく。
〝ワン〟
両手の親指が体の真横を指す位置に来た辺りから、胴体の捻転が始まり両腕が高くねじり上げられていく。
〝トゥー〟
十分に体をねじり上げたところで、意識して一瞬、静止して
〝スッ〟
顎の無精ひげで左肩をこするイメージから、反転を開始
〝リー〟
後は溜めた捻転が自然に解けるだけ、加速していく動きの途中でクラブがボールを捉えたことを意識することもない。カシュっと軽い打球音だけが耳に残る。
フィニッシュの姿勢を保って勢いよく伸びていく白い飛球線を見つめる。
〝まあまあかな?昔より随分スムーズに振れるようになったな〟
傍らの安田がボールの手前のマットを盛大に叩く音が聞こえた。
「くそっ!なんで芯に当たらない?」
「力んでいるよ。振り始めたらもう力は入れなくていい」
「それができたら苦労は……くそ、まただ。なかなか安西みたいにできないな」
苦笑しながら一言アドバイスする。
「早いよ。ゆっくり振ってもちゃんと飛ぶから…そろそろかな?」
時計の針が9時を指している。
「グリーンの掃除の間、少し休憩しよう」
友人の安田と来ているゴルフ練習場は30分に一度グリーン上のボールを旗竿が掃いて掃除する。
ペットボトルのスポーツ飲料を飲みながら、隣り合った打席の椅子に腰掛けて世間話に興じる。
「そう言えばゼミの課題、考えたか?」
「俺に聞くな! 優等生!」
安田の予想通りの回答に苦笑しながら、先ほどまでグリーン中央に立っていた旗竿が長く伸びて根元で九十度に折れ、時計回りに回転して無数のボールを払い落していく様を眺めていた。
「ちなみに課題のフェルミのパラドックスって何だ?」
「宇宙には膨大な数の星がある、銀河系だけでも三千億の恒星があるらしい。宇宙の始まりから十分な時間が経過しているのに、地球を訪れる異星人がいないのは何故かっていう話だ。この銀河系に地球人より早く文明を発達させたエイリアンが1つでもいればとっくの昔に銀河中を彼らの植民地にしているはずだ」
「何故だ?」間髪おかずに問う安田。
「いきなり俺に聞くな! 劣等生! それが判っていたら苦労しないって……ん?」
掃除が終わり、旗竿が元の長さに戻り中央のカップに収納されて間もなく、何もないグリーン上に、純白のボールがひとつ、ふわりと舞い降りた。
〝上手い! まっさらのグリーンに最初に乗せるのって快感だよな。でも、これって?まるで…〟
「もしかしたら答えが判ったかもしれない。今、グリーンに乗った最初のボール、あれが地球人類なんだよ、グリーンが銀河系でさ」
「何を言っているのかさっぱりわからんが?」
「掃除前のグリーン、ボールだらけだったろう?それが今は一個のボールしかない」
「この銀河には、定期的に文明を掃除する奴がいるんだよ、あの旗竿みたいに。そして掃除が終わるとどこかに潜んでしまう。人類は前回の掃除の後に急速に発展した種族だとすると……どのエイリアンとも巡り合わないことの説明がつく」
「まだよく判らないけど、課題あっさり解決してよかったな?俺も連名にしてくれよ? ところでその旗竿は今どこに隠れているんだ?」
「グリーンの中央のカップに収納されたから……銀河の中心部にあると予想されている超巨大ブラックホールの中じゃないかな?」
「そんなところで生きてる奴いるのか? 何も出られないと聞いたことがあるぜ?」安田の質問、少し鋭くなってきた。
「重力が強過ぎて脱出速度が光速を超えるという話だろ? 重力波の遮断、反射、干渉などの制御技術があれば可能なんじゃないかな?」
その瞬間、何か細い糸のようなものが体を通過する感覚を覚えた。背後から誰かに見られている気配を感じ、背筋に鳥肌が立つ。
〝久しぶりに見つけたわ! 我らを感知する者! 楽しませておくれ!〟何者かが心の中で囁いた。
「どっちにしても俺たちが生きている間は、その旗竿は地球には来ないよな? 練習始めようぜ」
安田の呼びかけに我に返り応える。
「了解、バイトまでまだ時間がある、もう少し続けようか」
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