第12話 悪夢を避けるべく
熱く燃え上がる焚き火のように、肩を組み騒ぎ立てる青い声。
まあ、実際。焚き火があるのだけれど...
「何してるの?」
「何をしてるも何も、ただ焚き火を遠く引き目で見ているだけよ。あなたこそわざわざこんな所で何をしているの?」
酸素を求め、輪から外れた風が心地良い影の
眩しい密集火から抜け出し、熱を
「ん〜その感じだと、俺も委員長と同じかなっ」
「何よそれ...まあ、もはやどっちが焚き火か分からなくなってきてるわ」
「うわ〜、その目であの中入ったら皆凍りそうだね」
更に盛り上がりを見せる生徒達に向ける視線に、男は笑みを混え茶化してくる。
ほんと一体、何をしに来たのだろう。
「はぁ...」
意図の見えない男の行動に脳を使ってしまった自分に、思わず溜息が漏れる。
「...楽しくない?」
表情を覗き込み、感情を伺ってくる男。
「...どう見える?」
余した暇を使い、少し焦らして様子を見てみる。
「ん〜、楽しくは無さそう...かな?」
「いつもの鋭い勘もたまには外れるのね。こう見えて結構楽しんでるわよ」
「えーー...ほんとにそれ楽しんでる?」
「えぇ。とても
いつも斜め上に立って見透かしているような男をからかえている状況に、私は無意識に口元が緩む。
「あっ!功樹達だ」
そう声を立てる男の視線の先には、唯一の親友と男...先の男をAとするならば親友の隣に並ぶ男をBとしよう。視線の先には親友と男Bが横並びで立っていた。
「いや〜、あそこなんだかんだお似合いだよねぇ」
2人は楽しそうに笑っている。
「そうね...」
影から見るその炎の灯りの眩しさは、目を細めずには直視出来ない程に増して焼きついて映る。
---ぼやける視界に一瞬差し込んで流れる昨日の夜---
「誘希、起きてる?」
「えぇ」
「実は誘希にね...隠してた事があるんだ」
「...なに?」
「あたいね...」
「...」
「......実は、あいつのこと」
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「ほっ」
男の突然なその間抜けな声に、私は不本意ながらも我に帰る。
・・・ん?
何やら、右の掌に違和感と温もりを感じゆっくり視線を落とす。
「...へ?」
そのあまりにも訳の分からない光景と状況に、私も思わず腰の抜けたような声を漏らしてしまう。無理もない...
なんせ今、私はその男に何故か、“手を握られているのだから”。
「なっ!...なっ!?...なあっ!?!?!」
私は言語を失った。理解が追いつかず、混乱する頭の中。
私の本能と呼べる機関にある
「なっ...な、なにっ...何してるのよ!」
「...我ここにあらず?って感じだったから」
急に荒れ狂った呼吸に動揺する自分を押し殺して問い詰めるのに対し、男は表情を一切変えず、まるでこれが普通ですかのような顔で言葉を返す。
「だからって、そんな......はぁ。もう、いいわ」
私はその男を前に呆れ、言い返す気力も無くただ深く息を吐き出す。
「今後、そういうのやめた方がいいわよ?あなたからしたらこんな事色んな子によくしてるんでしょうけど、される立場にも」
「しないよ?」
「...え?」
その唐突な
「しないよ?」
彼は同じ言葉をまた口にするも、それはもはや別の言葉に聞こえる程、とても柔らかい口調でいつものように笑ってみせた。
「そ、そう...」
彼の名前は、詩波 涼哉。私が彼の心の内を掴めたことは
未だに・・・『一度も無い』。
「委員長の今の顔、10点満点中10点を差し上げます!」
「
2泊3日で行われた林間学校。
それは僕達の距離を更に縮めただろう。
しかし今思えば、そう思っていたのは僕だけなのかも知れない...
彼は知らない。私が彼の背を見て歩いている事を...
彼女は知らない。いつしか私も同じ背中を見ていた事を...
そして、もう見ないと決めたことを。
皆は知らない。それが“最悪”の未来に向かっているという事を。
---7月16日---
~期末テスト返却日~(火曜)
「やったわ...マジでやった」
その彼女の言葉は、いつしかの歓喜に沸いたあの日とはまるで違った意味と化していた。
_________________________________
1年3組 花澤 栞
古文 数A 英 生物 日本史 合計
49 37 29 21 38 174
_________________________________
全教科中4教科赤点。
これは、もう避けられぬ夏季長期休暇中の補習授業という現実に、彼女は図書室にて打ちひしがれていた。
「まぁ...今回はあまり勉強する時間も無かったのだし、仕方ないわ」
顔を下げる彼女の肩に手を置き、
_________________________________
1年3組 館宮 誘希
古文 数A 英 生物 日本史 合計
96 95 95 96 100 480
_________________________________
「そうだよ。補習って言ってもきっと2日、3日とかだよ」
俺も横から、あまりにも落ち込む彼女を励ます。
________________________
1年3組 滝宮 功樹
古文 数A 英 生物 日本史 合計
70 65 54 72 71 332
_________________________________
「ふぁ〜〜...」
そんな中、大きく口を開け悠々自適に
_________________________________
1年3組 詩波 涼哉
古文 数A 英 生物 日本史 合計
94 100 100 96 99 489
_________________________________
「・・・あんた達、おかしいよ...おかしいよー!!!!!」
机に置かれた俺ら3人の点数を見て、声を荒げ上げた彼女。
「アガっ...!!」
その彼女の喉は数日間の
《ゴズンッ》
「っ...!!」
「図書室ではお静かに」
追記。婆さんの渾身なる一撃により後頭部の療養も加えられた。
---9月18日---
〜木曜〜
〈キーンコーンカーンコーン〉
「はい。今日はここまで〜」
チャイムと同時に担任が授業を切り上げ、語尾に欠伸を交えて号令を掛ける。
「(4限目でも欠伸をするこの人は普段寝ていないのではないだろうか...)」
*前日しっかりと8時間睡眠である。あと、ちなみにだが右の小指の包帯はテストの採点中に突き指したらしい。...なぜ小指。
「きりーつ、礼」
「「「ありがとうございました」」」
号令を終えた生徒達は各各々、売店や昼食へと席を立つ。
彼女も席から腰を上げ、弁当を片手に教室を出ていく。
「なぁ...涼哉」
「何?」
「彼女いつもお昼どこで食べてんだろ...」
毎回お昼になると教室を出ていく彼女が気になり、知るはずも無い涼哉に分かっていながらも口にし疑問を抱く。
「俺。知ってるよ?」
「そうだよね〜......え!!??!」
その涼哉の返しに、思わず出過ぎた声が出た後の口を両手で塞ぐ。
「びっくりしたぁ...」
「え、えっ?なんで知ってんの?」
「何でって...そりゃ。俺、だから?」
あからさまに調子に乗ってドヤ顔を
「行ってみる?彼女の所」
「え?」
すると涼哉の急な提案に俺は一瞬
「どうして私までっ」
「どうせなら皆での方がいいでしょ?」
「はぁ...」
渋りながら連れられる館宮さんとは相対し、まるでピクニックに行くかのように心踊らせて先頭を切る涼哉。
「にしても涼哉さ、なんで彼女の居場所知ってるの?」
「ん〜正確には多分知ってる、なんだよね。推測2割の勘8割ってとこかな」
「ほぼ勘じゃん...」
俺はその言葉に肩を落とすも、涼哉が勘と口にした未来は俺が知る限りなんと、的中率100%なのだから恐れ入る。まあ、それ程に信用もできるのだが...
「着いた!」
階段を上がり、涼哉が声を上げた目の先はまさかの場所だった。
「えっ、ほんとにここ...?」
「間違いないね」
「はぁ...疲れたわ」
そう。俺の始まりの地であり、終わった場所。
《屋上》
「それじゃ行くよ?」
「え、でも鍵が...あれ?」
涼哉が勢い良く回したドアノブはすんなりと開いてみせた。
太陽の光が一気に差し込み、俺は手で陰を作り細めた視界の先に彼女はいた。
「ふぇ?」
突然の襲来に驚きを隠せない彼女。ピンクの水玉柄のレジャーシートの上で足を横に崩し、頬を膨らませこちらを見たまま固まる彼女。
箸の間に挟まれた出汁巻きが静かに白米の上へと静かに落ちる。
「...なんでこうなってるのよ」
そう呟く彼女の声は先日の大声による損傷につき、まだ掠れ気味だった。
「あっ、涼哉!それ俺の春巻き!」
「うまぁ〜さすが功樹ママ」
「日当たりしながらの食事も悪く無いのものね」
ひとつの子供用レジャーシートの上に4人の高校生が囲んで座る。
「なぁ...一つ聞いていいか?」
まだ状況が理解できていない彼女は箸を止めて説明を求める。
「仕方ないなぁ〜。はい、これ俺特製のアスパラあげるよ」
「えっ、ほんと!?やったぁ〜」
「(え、何?特製のアスパラ???)」
「...はぁ。もう何でもいいや」
彼女は食事を続けた。
「声。まだ掠れてるわね」
館宮さんが心配そうに彼女の声を気にする。
「うん。はちみつにスイカ入れて食べてるんだけど全然」
「あなたそれ、もう1度ちゃんと調べ直した方がいいわよ?」
「え?」
「そういや、どうやって屋上入れたの?」
俺はずっと気になっていた事を彼女に問いかける。
すると、彼女はポケットから何やら取り出し無言で見せる。
「あぁ〜...チートじゃん。え、もしかしてパクったの?」
「頼んで貰った」
「誰に?」
「担任」
「あの人は...」
もはや、先生としてのラインを越えすぎちゃっている行動に、何故か俺が頭を抱える。
彼女は鍵を手に緑茶を喉へと流し込み、言葉を続ける。
「まあ、校長の許可もとってるから大丈夫」
「そう...え?」
その彼女の発言に俺達の頭の上に一つの図が浮かぶ。
担任<校長<彼女
「「「(何者!!??!?)」」」
何かあった時は彼女に頼もう。そう、皆は思った。
---7月23日---
~火曜日~(終業式)
三脚の扇風機がガタガタ音を立て首を回す。俺と彼女は夏休み前最後の図書委員での仕事を終え、額から止まらない汗を引っ込めようと至近距離で風に当たる。
「ファあああ〜...スンッ」
「スンッ...ファあああ〜」
「首振りの欠点てさ、〈ファあああ〜〉この一時の無風空間の存在だよね」
「〈ファあああ〜〉...確かに」
俺と彼女の前を行き来する生ぬるい風に文句を付ける俺たちを、見守る保護者のように引き目で椅子に座り
今日は午前で終業式を終え、夏休み中の連絡や課題についての説明の後に委員会の仕事をした為、まだ日差しが窓を越して燦々と照らしている。今日の日差しはニュースでも8月中旬並みと取り上げる程の例年より数週間早い猛暑らしい。
「これどうに〈ファあああ〜〉どうにかならないかな〜?」
「〈ファあああ〜〉考える事すら苦〈ファあああ〜〉」
「やれやれ。おいらに任せなさい」
そう言って椅子から立ち上がり、揚々と胸を張る涼哉。
〜::::::::::〜
「ファいこうだねぇええ〜〜〜」
「ファああああああ〜〜〜〜〜」
風を正面から受け、尚それが永遠に続く事に感動し歓喜する俺と彼女。
涼哉はまず首振りを止め、俺達2人を床に正座で横並びに座らせ、扇風機の首を2段階下げた。
その結果、俺達のオーシャンリゾート~
「これって俺たちが大人すぎるのかな?」
涼哉は風に揺れる俺達を見て、館宮さんへと投げ掛ける。
「あの子達が子供すぎるのよ」
そう言うも微笑み見守る館宮さんのその姿は、もはや日本の母のような貫禄を帯びていた。
しかし、この優雅で至福な一時は1人の女性の一声により一瞬にして崩れ去る。
《ガチャ》
「次、滝宮くん。こちらに来なさい」
本の整理を終えた俺達に突然持ち掛けられて始まった婆さんとの2者懇談。担任でもない婆さんだがその鋭い眼光と手に持った分厚い辞書を前に、もはや扇風機が恋しいからなどと言って断る道も無く、ただ俺達は頷いた。
「はい!」
事務室から手招きして呼ぶ婆さんの声に、俺は背筋を伸ばして返事をする。
《バタン》
「...はぁ、なあ涼哉。どんな感じだった?説教とかされた?」
俺は重い歩みを進める前に、先に終えて帰ってきた涼哉に中の様子を伺う。
「ん〜、説教とかはなかったけど。ただ俺はもう少しあそこに居たかったかな」
そう笑う涼哉に、俺は聞いた側だがそのありえない感想に苦笑いして軽く受け流し部屋へと入った。
《ガチャ》
「失礼しま〜す」
《バタン》
部屋に入ってすぐ、俺は涼哉が言っていた事を瞬時に理解し、もう既に共感していた。冷気に満ちた空間。鼻を透く程心地よい空気。冷房の天国のような風。
その部屋は冷房22度ガンガンの強風が部屋中を巡っていた。
「こちらにどうぞ?」
「あっ、はい!」
とても涼しげな婆さんの表情を見て、一瞬先生の特権とやらに嫉妬の念を覚えるもそれは冷気と共に流れ抜け、この空間を存分に満喫する事へと俺の脳は切り替えた。
「ひとつ聞いてもいいかい?」
「は、はい」
丸椅子に背もたれ椅子。珍しい物だとベンチ式や揺り
「...あんた、あの子の彼氏かい?」
「え!?いや...違います」
その余りにも死角からの問いに、思わず動揺し否定する。と同時に以前と全く同じ質問に僅かな懐かしさを思い出す。
「...そうかい」
そう答えた婆さんは、少しばかり微笑んで見えた。まるで小鳥が巣離れし飛び立つ姿を見つめる親鳥のような眩しい瞳で。
すると婆さんは深い瞬きと一息つくように息をした後、
「終わり。もう出てっていいよ」
「えっ...」
その予想のより遥か早い終了の鐘に、俺は言葉が喉に詰まりながらも必死に思考を巡らせた。
「(まずい。これは余りにも早過ぎる...まだ汗すら乾いていないと言うのにもうこの楽園から足を引かねばならなくなるなんて。何とか...何とか時間を稼がなければ)」
中々出て行こうとしない俺を不審がる婆さんの顔を見て、俺はまだ案が定まらないまま言葉を吐き出す。
「え〜っと、婆さんって」
「婆さん??」
やらかした。婆さんの表情が一気に曇り眉間が寄ったのを見てすぐにそう察した。いつも頭の中で読んでいた婆さん呼びが、まさかここで
「あ、え。いや先...生?」
俺は不安な口元で言い直し、それを聞いた婆さんは目を閉じ首を縦に2回振る。
それを見て俺は安心し、改めて時間稼ぎを再開する。
「先生って、なんて名前何ですか?」
短絡かつ伸び代の無い質問。だが知らない事実。ここから話を無理矢理にでも広げようと決心する、この楽園の為に。
・・・
「花咲」
婆さんは少しの沈黙の後、小さく答える。
「え?あ〜えっと名前...」
「こんな婆さんの名前知って何になるだい。さっさと出ていきな」
玉砕。まさに詰みの一言。
「はい...」
俺はもう二つ返事で素直に出て行くほかなかった。
「(婆さん。自分で言う分にはいいんだ...)」
そう口が裂けても言えない一言を心の片隅で呟きながら、俺は
「あ、ちょいと待ちな」
部屋の扉を閉めかけた俺を婆さんが手を伸ばし呼び止める。
「これ持っていきな」
そう言って差し出された一冊の厚さ5センチほどの本。
「これは...一体」
俺は手に取り婆さんに首を傾げる。
「読書感想文。原稿用紙5枚以上」
不敵な笑みを浮かべ微笑む婆さん。
「(どうして俺だけ...)」
「あ、つぎ館宮さん呼んで来てちょうだい」
「はい...」
妄想してた夏の海は思いの外、波打つ波と化しそうだ。
【館宮誘希の簡単おやつレシピ】
1.市販用のプッチンプリンとコーヒーゼリーを用意する
2.底のある皿。もしくは茶碗へとふたつともプッチンして、掻き混ぜる。
[ココがポイント]
スプーンで崩しながら、粉々まで混ぜすある程度形を留めたままの状態がベスト
口に入れた際の、食感が大切。
3.混ぜ終えたらその中へと、コーヒーゼリーに付属しているミルクシロップを円を描くようにかけて《完成》。
館「とても美味だわ」
功「ん〜...ノーコメントで」
涼「ごめん。これ俺ダメなやつだ」
栞「...あれっ、意外といけるかも」
*この料理?は個人差があります。
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