第14話 廃病棟


 安達相馬を追って俺たちは、恵南病院を後にする。外に出ると、相馬がいる。その視線の先には、あの病院があった。


「相馬、どこに行くの!?」




「………………」




「相馬! 」


小町が相馬に駆け寄り、相馬の右手をギュッと掴む。




「どうしたんだ?」




「……呼んでるんだ……」


 俺が問いかけると、相馬はただそうだと言いたげに答える。意味が分からず困惑してしまう。




「何に呼ばれているんですか。もう遅いですしやめましょうよ」




「……分からない……」


 しずくが問いかけるも、相馬の答えは歯切れが悪く的を得ていない。そして、相馬が続ける。




「こどもが僕の夢に出てきて、『ここから出して』と告げるんだ」




「こどもがどうしたってんだ。お前が外に出るのと何のカンケ―がある?」


 山県治憲が不思議そうに相馬に尋ねる。




「あの、廃病棟か? ここにくるとき見ていたな」


 相馬の返答を待つことなく、俺が続けて相馬に質問する。




「うん、あのときは、変な違和感しか感じてなかったんだけど、さっき声が聞こえたんだ」




「あー? そのこどもの声か?」




「いや、女性の……そうだな……大人っぽい声だ」




「そんで、どんな声が聞こえたんだよ?」




「疑わないの? 頭おかしくなったとか」




「馬鹿が! マブダチだろ! 話くらいは聞くぜ。おかしなことも起こってるみてえ出しな」


 治憲が笑いながら相馬の肩を叩き、その視線は山の向こう側にそびえる黒い靄もやのような空間を捉えていた。




「治憲、ありがとう」




「で? どこ行くんだ?」




「あんた、ついていく気!」




「たりめえーだろ!」


(俺も役立ちてえ、元をただしゃあー、俺のせいで皆に怪我させちまったしな。体も大分動くぜ)




「じゃあ、行こうかあの廃病棟に……」


そう言って、相馬は進みだした。




「ええーマジで行くの! おばけとか出ない」




「出るかもしれませんよー? ドロロー」


 そう言って、小町からかうしずく。もう俺たちを止めることはしないようだ。


「この先に何があるなんて分からない。でも、このまま黙ってここに残ったらきっと後悔する」


 女の勘というのだろうそんなことを口にしている。その声は、小さく呟いたため、俺以外の耳に入ることはなかった。




「待ってください。みなさん。こんな状況でお父様もいらっしゃらないのに出歩くのは危険です。また、何かに襲われるかもしれないじゃないですか?」


 みやこは肩を震わせている。今日、ナイフで礼二に襲われたことを想起しているのだろう。




『ダイ……ジョウブ……パパ……マモル』


「ピー。ピー」


 スーッと僕の体から飛び出して、ちょこんとみやこの肩に乗る。




「エルちゃん? ありがとう」


和んだようだ。俺が望む形でエルが、みやこの気持ちを和らげてくれたようだ。人は動物に触れると、オキシトシンという一種のホルモンを分泌する。そのホルモンは不安を和らげる作用があるらしい。




「分かったわ。でも、危険だったらすぐに引き返しましょう」







 森の中に入り、廃病棟の前まで辿りついていた。近くで見ると古めかしいからか、一層その雰囲気がある。幽霊というものがいるのなら、ここにこそ出現するだろうそんな直感を持つ。




「あれ? 開かない」


 正面入り口は、鍵が施錠されており入ることは出来なかったので、俺たちは非常口まで回っていた。相馬が、非常口のドアに手を掛ける。しかし、立て付けが悪いのか中には入れない。




「どれ、おらよ」


 治憲がドアを蹴破る。激しい壊れる音とともに、入り口が露わになる。




「けほ、けほ……ここに何があるってのよ! 相馬!」


 中に入ると、ほこりが充満しており、小町がせき込みながらぼやく。懐中電灯をかざすと、蜘蛛の巣が張り、周りを一望すると机は倒れ椅子も辺りに倒れ中は強盗に荒らされたのかと思うほどに荒れていた。




『お待ちしておりました』


 目の前に、すっと女性が立っていた。突然その場に現れたように感じる。女性の体は浮いていて、体から青白い光が発光している。




「え、ななんですか? え!?」


 目をこすりこれが現実かといった風に驚くみやこ。




「あなたが、相馬をここに呼び寄せたのか」




「ええ。夢を見ていただきました。ですが、本当にお呼びしたかったのは、あなたです」


俺がその女性に問いかける。すると、待っていたかのように女性が答える。そして、本当の目的は俺だという。




「俺がか」




『ええ。あなたのその類まれなお力をお借りしたいと思っていました。ですが、どうやらあなたには、一匹余計な虫がついていたのに、またもう一匹余計な虫が付いてしまったようです。ですので、手短なこの男性にアクセスさせていただきました。』




「余計な虫……」




『ええ。そこにいる鳥ともう一匹いらっしゃいまして、もはや私が夢に出ることは叶いませんでした。ですが、案外義理堅く、私の望む夢を片時だけでも流してくれたようですが……』




 俺には思いあたる節があった。初めに見た奇妙な夢、そこで俺に語りかけてきた。その存在、それが何なのか俺には理解ができない。もう一匹はおそらくエルだと分かるが、それ以外は分からない。




「それで、僕に何のようだったと言うんだい?」


話の軌道を正すように、相馬が女性に語り掛ける。




『申し訳ありません。単刀直入に申し上げます。ここにいる彼らを救ってほしいのです』




「彼らとは…………」




『ここで、無残にももてあそばれた【こども】たちです』




「こども、ここにこどもがいるのですか」


 しずくが尋ねる。怒気を含んでおり感情が声にのり伝わってくる。




『いえ、ここにはもうおりません。しかし、まだここに囚われています』




「どういうことだ」




『ここであらゆる実験がなされました。そして、幼い命が数百と散っていきました。そして、死してなお、ここに囚われているのです』




「お前は何なんだ!」


俺はすかさず問いかける。問はすぐに帰って来る。




『―私は、この施設で研究に参加し、そして研究対象となり、ここで死んだものです。今は彼らの頭となって、誰かに助けを求めるため待っていました』




「「「…………っ!」」」


 その場にいる全員が絶句する。彼女のその真剣な表情からそれが嘘ではないと肌で感じ取る。




『私の話が信用できないかもしれません。現場を見ていただく方が早いかもしれません』




『…………助けて…………』


 みやこが何かに掴まれている感覚を覚え、後ろを振り向くと、後ろ髪を引っ張る男の子が一人立っていた。




「いやあああああああああ!」


一瞬男の子と目が合い。泣き叫ぶみやこ。




『いたずらはよしなさい』




『…………ごめんなさい』


ぺこりと頭を下げる男の子。周りには、無数の子ども達が集まっていた。




『彼らが待っています。お願いです。いらしてください』





 女性に促されるまま、俺たちは、廃病棟の廊下を通り、地下室にたどり着き、二、三回程また地下へと潜っていく。




「こんなところがあったのですね」




『あった。あったー!』


 しずくが呟く。そうすると、しずくの手を握りしめている男の子が答える。不思議なことにしずくはまったく動じない。




「あああ、いいからそんなに掴むな!」


 治憲が子供たちに肩車や抱っこにおんぶと四、五人に抱き着かれている。




「な、なんで、あんたら慣れてんのよ! こっちは気が狂いそうだわ。幽霊ってことでしょ」




『はい、こまちさん。おっしゃる通りです』


 にっこりと笑顔を返してくる。女性の幽霊。なぜか、生きている小町よりいきいきしているように感じる。




 そうしていると、突き当たりの部屋にたどり着く。


『それでは、みなさん。よろしいですか?』




「大丈夫だよ」


 そう言って、相馬が部屋のドアを空ける。中は電気が付いており、床や壁一面に、血痕が付着しており、生々しさが今なお残っている。


(夢で見た場所だ)




「おい、おい、偶然の再会だなああ!」


 中に入ると、一人の男性が、フラスコを片手にこちらにニコッと不敵な笑顔を向けている。黒のスーツにマントにシルクハット。緑色の濁った瞳でオレンジ色の髪をなびかせる。フラスコには、小さな球体上のトカゲのようなものが入っている。




『やめてえええ。返してえぇ!』


女性が叫んでいた。まっすぐとフラスコを手にした男に向かって。

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