第6話 目覚め




「何が、あったの?」


 僕らが、病院に入ると、病院の出入り口のすぐそばにあるエントランスで椅子に座って待っていた小町が僕らに駆け寄って来る。




「いや、なんでもないよ」


「何でも無いってこと無いでしょ!」


「それより、どうしたの男鹿さん?」


 僕は何でもなかったと男鹿小町に伝える。




「こんなに、病院の中で職員の人が慌ててたら、どうしたのか気になるじゃない」


「いえ、本当に何もありませんよ。ただ、そこで事故があったようです」


(さすがに、今の彼女にばけものに襲われたというのを伝えるのは、アホ過ぎますね。正解ですよ。青葉)




 京の宮が小町の疑問に答えるように、後ろに視線を向ける。数人の職員がタンカーを抱えていた。タンカーには、何やら布に包まれた物体が乗っている。




「じ……こ?……うっ!」




 小町は、今日遭遇した事故のことを思い出す。いきなりガードレールを突き抜け中に舞ったかと思うと、気づけば、山県治憲の両手に抱かれバスが横転し大破していたこと、血まみれの山県、安達相馬の顔。そして、何より目の前で起こった怪異。




 一気に記憶の片隅に追いやろうとしていた映像が喚起される。小町は拒否していた。その拒否反応が身体的な動作である吐き気として表れていた。そのまま小町は口を手で塞ぎ、膝をついてしまう。




「こまちゃん!」


姉と後方にいたしずくが小町に駆け寄る。




「うん。しずく、ありがと。大丈夫よ」


そう言って、立ち上がる小町その瞳には僕たちに再会したときの輝きはなかった。




「それより、小町さん。帰宅するように職員に車で送るようにお願いしていたはずですが?」


「先生、すみません。私のせいでみんな怪我をしてしまったので……私だけ帰るわけには行きません!」


「うーん。先ほど、外でしずくさんから聞いた話によると、そこまであなたに責任があったのでしょうか」


「しずく、あんた、私をかばってー」


そう、小町が言いかけたときだった。


(そうか、しずくは事故が何で起きたか知らないんだ。)そう、小町は、気がついて、しずくと視線が合う。




 しずくは、じっと小町の目を見つめていた。


「事故が何で起こったか。正直言って、こまちゃんと運転してた治憲くんしか分からない。でも、そんなに自分を責めないで!」




しずくは小町を庇う。そんなしずくの姿になぜか。僕は違和感を覚える。




 小町は、胸を押さえていた。小町の表情が歪む。そして、またしゃがみこむと、下を向きながら告白しようとする。




「違うのみんな聞いて、あの事故はー」


 そう言いかけたときだった。




「先生、安達くんが目を覚ましました!」


 奥から血相を変えて、病院で最初会った南原さんが、慌ててこちらに近づいてきた。気を失った安達を気遣い様子を見てくれていたらしい。




「分かりました。みなさん、行きましょう」


 安達のもとに、僕らは向かった。小町は、自らの罪を告白することが叶わなかった。罪の意識から逃れることは叶わない。小町は一瞬、動きを止めていたものの、すぐに僕らの後を追ってきた。









 病室に入ると、ベットが一つ設置されており個室だった。安達はベットから立ち上がり、こちらに背を向けて、窓の奥に広がる暗闇をじっと眺めていた。




「相馬くん、目が覚めたようですね。気分はどうですか」


「先生……」


「どうしましたか?」


「いえ、夢を見ていました」


「夢ですか?」


「はい、子どもがたくさんいるんです」


「何を言ってるの相馬!?」


小町が、相馬のもとにまで、駆け寄るとまじまじと相馬の瞳を見つめる。




「ごめん、変なこと言ったね。それより皆でどうしたの? それに何で僕は病院にいるんだい?」


「事故にあったようですよ。あの山で」


京の宮は、窓の向こう側を指さす。当然、外は暗がりで、ほとんど山を見ることは叶わない。




「そうですか」


「それより、みなさん。彼は起きたばかりです。顔は見れましたし、安静にさせておきたい。すぐに退出いたしましょう」


京の宮の提案を受けて、一斉に僕らは病室から退室しようとする。




「ちょっと、青葉くん! 小町! 先生、少し二人と話していいですか?」


「ええ。ですが、手短に」


安達に呼び止められた僕と、小町は振り返って、安達のもとまで歩み寄る。




「青葉くん、巻き込んですまなかった」


「いや、僕はなんともなかったから。それより、安達くんは大丈夫?」


「それは、良かった。僕はもう、大丈夫みたいだ。心配かけさせてしまったね」


「そういえば、さっきの夢って何だったの?」


「うん。実はそれを話したくて、こどもが沢山でてくるんだけど、僕に言うんだ『助けて、助けてって』何故か、青葉くんに話しておきたくてね。」


 安達は、そう僕に告げると再び、窓の方をに視線を向け、窓に片手を添える。窓に反射して、病室のドアの前に誰かいることに気が付く。僕が後ろを振り向くとその人影は消えていた。




「まさか、こんな帰省になるなんてね」


 安達はそう呟いていた。




「そうだね。じゃあ、僕らはこれで」


「今日はありがとう、小町、いや何でもない。二人とも気を付けてね」


 安達がこちらに向かって、手を振る。




 小町は後ろめたさから、逃げるように病室を後にする。僕も彼女を追って病室を後にした。


 病室を出て、廊下を歩きエントランスまで着くと、そこには玲子としずくの姉妹の姿があった。




「なに、話してたんです? 私だけ抜きですか? はぶられましたか?」


「いや、そんなことはないよ。盛岡さん。どうやら僕に用があったみたいだよ」


「そうですか」


「では、私が家まで送るよ。もう九時を過ぎている。事故もあったようだし心配だしね」


 玲子が、着替えたのかジャージ姿で、車の鍵に着いたチャームの輪に指を通して、くるくると回転させている。




「すみません。ご迷惑をおかけします」


 僕は、玲子に一礼する。そうして、僕らは、病院を後にして、玲子に先導される形で、自動車に乗車した。




「どのあたり?」


玲子が尋ねてきた。




「図書館の近くです。あ、刑務所にも近いです」


「ああーあのあたりか。私たちと同じ方向で助かったよ」


 エンジン音が唸り、玲子の青く塗装された自動車が走り出す。




 自動車が発進して、ばけものに襲われて、京の宮に助けられた場所に近づく。そして現場を通り過ぎてしまう。




「このあたりで、事故があったっておっしゃってましたけど、警察もカラーコーンとかも置かれてないんですね?」


 そのときだった。ガツンと何かが車の窓にぶつかった。




「虫かしら?」


「こんな冬に?」


 しずくが姉に尋ね返していた。誰も事故について僕に再度詳しく聞くことはなかった。




 車が発進して、数分が経過したところで、助手席に座ったしずくが「そういえば」と後ろを向いて来た。




「なによ!」


「いえ、そういえば、相馬くんがいきなり『夢を見たー』とか言ってましたねー。何か意味深ですよね?」


「そうなのよ。仙台を呼び止めてわざわざ、こどもがどうとか話してたのよ」


小町が少し不満そうな態度をみせる。それをしずくは見逃さない。




「嫉妬ですか?」


「何よ。それ!」


小町が反応し、拳を振りかぶりしずくに拳骨を喰らわせようとする。




「あ、こういうのがダメなのよね。」


 僕の隣に乗車していた小町の顔はよく見えなかったが、拳を引っ込める。




 僕の家が近づいてきたことを実感していたころだった。




「すみません。このあたりで大丈夫です。」


 僕はそう玲子に伝える。




「そう、気を付けてね」


 玲子の運転する車が停止する。




「今日はありがとうございました」と言って、僕が降車しようとしたとき。




「あ、私も近いんで、このあたりで大丈夫」


と小町も降車する旨、玲子に伝える。




「そう。なら二人とも、気を付けてね」


「あれー。小町ちゃんもう少し先でしょ? さては相馬くんだけじゃなくて、青葉くんのも狙ってるの? ダブルスタンダード? うーん。確かに青葉くんって整ってるもんね。身長も高いし」


 しずくが、助手席から食い入るように僕を見つめてきた。




「そんなんじゃないわよ! 相馬ともただの友達!」


「そうなんですかー?」


 しずくは、助手席から乗り出して、リボンを模したカチューシャの先端でぐりぐりと小町の頬っぺたに擦り付ける。




「よく事故に遭ってそんなに、はしゃげるわね」


 玲子は、ハンドルを握りながら、あきれた様子。




「そうだね。ははは」


 しずくは、高笑いをしていた。


(私が、こまちゃんを元気づけなきゃ。私がしっかりしなきゃ。こまちゃんは、私を助けてくれたから)




 しずくの心はその外見とは反対だった。事故に遭ったこと、姉にカメオについて聞き出せずにいること、そして、ばけものに襲われたこと。それぞれが、しずくの心を圧迫していた。だが、どうしてもカラ元気だとしてもそう振る舞うことしかできないのであった。




 そんなことに気がつかず、僕と小町は玲子の車から降車すると、「また、明日」としずくがにこやかに手を振ってきた。それにこたえるように僕らが手を振ると、車は発進し、そのまま夜の道路を駆けていった。




 僕が、車を目で追っていると、突然後ろから小町が話かけてきた。




「ごめんなさい。本当は私のせいなの! 私が蹴って治憲のハンドルを狂わせてしまったの」


「どうして、僕にそんなことを?」


「誰も私を責めなくて、誰かに言いたかった。でも言い出せなくて……」


 僕は振り返ると小町はまっすぐこちらの目を見つめていた。その瞳は深紅の輝きを放ち僕は見入ってしまっていた。




「あんたとは、あんまり話したことないから……そう、あれよ。見ず知らずの占いの人に告白して自分の気持ちを落ち着かせてるのと一緒よ」


「そ、そう? よく分からないけど、役に立ててよかったよ」




 僕は、そう返す。僕は、それ以上聞き返したくはなかった。僕は怖れていた。この男鹿小町の本音を知ってしまい関係が進んでしまうことが、僕自身の本音を話さなければならなくなるのではないかと。僕は怖れている。近しい人間ができることを、出来ればきっと僕は僕に落胆する。




「と、とにかく今日は、相馬のこと……ありがと!」


そう言って、小町は夜の道を颯爽と走りさってしまった。


「僕は……」




 家に到着して、母に出迎えられ、気絶するように僕は床に臥せた。

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