5.心の奥底を語って。
それからは早かった。
面接の参加者が
その間もいくつかの質問をぶつけられた。
「こんなこと言うのもあれなんだけどさ。私は未だに信じられないんだよね。少年が男だなんて」
「はあ……」
ちなみに辻堂の日向への呼称は「少年」で決まったらしい。その呼び方をしておいて、性別に違和感を持つのはどうなのだと思わないこともないが、あえて突っ込まずにおいた。
「私もさ、これでも結構色んな人間とあってきたつもりだし、中には体が女性だけど、心も男性って人とか、その逆とか。そんな複雑な相手も見てきたよ?けど、そん中でも君は断トツで「男に見えない」んだよねぇ……普段から女装してるって言ってたけど、どれくらいになるの?」
日向は記憶を手繰り寄せるように、
「えーっと……『とと服』の発売後だから……今年の一月くらいでしょうか?」
「マジ?それでこのクオリティはちょっとびっくりだわ……答えにくかったら言わなくてもいいんだけど、心は普通に男なの?」
「はい。一応は」
「一応ってどういうことよ」
さて。
どう答えたらいいのだろうか。
日向としては男性を捨てたつもりは一切無い。これは紛れもない事実である。
しかし、一方で、男性である意義が希薄になっているのもまた、事実だった。
別に、女の子を可愛いと思わないわけではない。二次元、三次元にかかわらず、好きな女の子はいるし、あまり考えたことは無いが、恋愛感情もまたあるのだと思う。
ただ、問題は、
「あまり、意識したことが無いもので」
「意識したことがない……ってのは面白いね。好きな子とかいなかったの?」
「いなかった……と思います。仲が良い、くらいはいたと思いますが」
「ふーん……こんなこと言うのもあれだけどさ。少年って容姿が整ってるから、モテそうな気がするんだけどな」
「そんなことないですよ。モテた経験は一度もありません。バレンタインデーのチョコも、母親と、妹にしかもらったことがありませんし」
「あ、妹いるんだ」
「はい、三歳ほど年の離れた妹がいます」
「へぇ~……あ、準備出来たよ。行こうか」
そんな具合に、辻堂は日向にご執心だった。
貸し会議室を出た後は、日向の捕まえたタクシーに乗って移動した。これには二つの理由がある。
一つ目は、辻堂が捕まえたタクシーの場合、既に彼女によって細工がされている可能性が否定できないということだ。要するに「タクシー運転手とグル」だったり、そもそも「正規のタクシーではない」という可能性が考えられるのだ。
流石にそれは辻堂も気が付いていたのか、タクシーを捕まえることになった時に、彼女から提案された。
彼女によれば、逢初邸は表参道駅からやや歩いたあたりに存在しているとのことだった。そうなると何度かの乗り換えも必要になるし、用いる電車も人がそれなりに利用するものとなってしまう。
辻堂がどう考えているかは分からないが、日向としては回りに人がいる状態で話をするのは出来るかぎり避けたかった。
電車の方がいざというときに逃げやすいという利点はあるが、流石に日向が捕まえたタクシーで大立ち回りは出来ないはずだ。
そして二つ目、というのが
「青山、なんですね」
その方が辻堂と会話がしやすいだろう、ということだ。もちろん、彼女は作家自身ではない。ないが、関わりあいがあることは間違いない。話を聞けるのは良いことだろう。そんななんとなくの判断だった。
話を振られた辻堂は手元のスマートフォンをいじるのをやめ、
「ん?」
「いや、
「ああ、そうだよ」
「と、いうことは、『とと服』の舞台って」
辻堂はにかっと笑って、
「ご名答。あの子の家がモデルってわけ」
「つまり聖地ってことですね?」
日向はちょっとだけテンションが上がった。辻堂が、
「まあ、場所はね。だけど、流石にあんな豪華な家じゃないよ?」
そう。『とと服』で主人公が住み込む家はちょっとしたお屋敷なのだ。
場所は青山の一等地。敷地面積は「豪邸」というフレーズをためらいがなく使えるレベルの広さ。正面玄関を入ると桜の木が見え、屋敷前には噴水まで存在する。
庭の一角にテーブルとパラソルでも置けば、ちょっとしたお茶会は朝飯前の優雅な家なのだが、どうやら立地だけは逢初遥の実体験(というより実家)をモデルにして作られたものだったらしい。
正直日向としては、この情報だけでもこの面接を受けたかいがあったと言っていい。これは、多くの……いや、ほぼ全ての『とと服』ファンが知らない情報に違いない。日向は心の中で力強くガッツポーズをした。
「やっぱ、聖地って特別なもん?びっくりするくらいにやけてるけど」
と思ったら大分漏れ出していたようだ。まあいい。
「それは、もちろん。作品のファンにとって、聖地というのは大事なものですから。『とと服』の聖地全てを巡礼する。それが私の人生にとって一つの目標といっても過言ではないくらいですからね」
辻堂は「あっはは」と失笑し、
「そこまで言ってもらえるときっと、あの子も喜ぶと思うよ」
少しの間。タクシーがブレーキを踏んで止まる。信号が赤だったようだ。
「ねえ、少年」
「なんでしょうか」
「これは答えたくなかったら答えなくてもいいんだけど、どうして少年はそこまで『とと服』が好きなんだい?もちろん、私もいい作品だとは思ってし、あの子にはまだまだ可能性が秘められてると思ってるよ。けど、それにしてもキミは随分と気に入ってくれているじゃない?何か理由があるのかなって」
やや小さな声で、
「別に答えたくなかったらいいんだけどね」
と補足する。
正直、沈黙を貫こうかとも思った。
今辻堂が聞いたことは、日向にとって大きな意味をもつことだ。
ただ、一方で、隣に座っているこの女性にならいいのではないか。そんなふうに感じたのもまた、事実である。
なので、
「私にとって『とと服』は、転機みたいなものなんです」
「転機?」
「はい。『とと服』をやる前は正直……今では何をしてたかもよく覚えてないくらいなんです。記憶喪失とかじゃないんです。だけど、その期間何をしていたのかって言われると、
「これ」というものが無くって」
唾を飲み込み。
「そんな時に『とと服』に出会ったんです。それで、いいなって。こんな温かい空間があったらなって。そんな気持ちになったんです。女装をしだしたのは……それだけが理由じゃないんですけど……そんな感じで、『とと服』は私にとって、転機だったんだと思います」
「……その言葉、機会があったらあの子に言ってあげて欲しいな。きっと喜ぶよ」
「分かりました」
沈黙。
信号が変わったのかタクシーがゆっくりと動き出す。表参道の地下鉄駅入り口が視界に入る。目的地はもうすぐの様だった。
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