4.誓いを交わすなら握手をしよう。

 日向ひなたはさらにいくつかの疑問をぶつける。


「もし、誰も応募してこなかったらどうする予定だったのでしょうか?」


「その場合はまあ、その時考えるつもりだったよ」


「女装でなくともよかったのですか?」


「正直女装がよかったけど。最悪メイドだけでもなんかのきっかけになるかなと思って」


「実際にメイドとして雇うつもりだったのですか?」


「メイドのような存在として、かな。家事とかは出来なくても問題ないようにはするつもりだったよ。もちろん、給料もちゃんと出す」


「『とと服』だと女子高に通っていますけど、それはどうするつもりだったんでしょうか?」


「それに関しても一応、考えはあったんだ。多分、必要ないとは思ってるけどね」


「では……」


 一呼吸置き、


「今回の募集は、『とと服』の状況を再現して、逢初あいぞめはるかさんをスランプから脱出させるためのメイドを探したものだった……ということなんですね」


「その通り」


 正直、いまだに信じられなかった。


 もちろん、目の前にいる人間が信用ならない人間に見える、という訳ではない。


 メールアドレスの件に関しても確かに日向には覚えがある。なにせ、彼にとって『とと服』はそれだけ重要な意味を持つ作品なのだ。


 感想もがっつり書いたし、メールアドレスだってしっかり自分のメインとなるものを入力したと思う。そんなボタンがあったかどうかは覚えていないが、メールマガジン等の配信を受け取らない設定に変更したりはしていないはずである。


 そうなれば、そこから逆探知のような形でメイド募集のメールが送られてきても一応、おかしくはないことになる。


 問題はその内容だ。


 ゲームの感想を求められたり、イベントに招待されたり、グッズが当選したり。そういったものならば日向もそこまで疑いの目は向けなかっただろう。


 しかし、ことは「メイドの募集」である。


 しかもその相手は日向にとって敬意の対象である逢初遥だ。本来ならば断わる理由などないはずなのだ。


 暫く黙っていたのを迷いと感じたのか、女性が、


「ま、そうだよね。普通は疑うよね、こんな募集」


「いや、そんなことは……」


「や、いいっていいって。別に気遣わなくても。募集した私だって「どうよ?」って思ったもん」


 女性は机の上で組んだ手に顎を乗せて、


「でもね、もうこれくらいしか思いつかないんだよね、正直。私なりに色々手は尽くしてみたんだけど、全然効果がなくってさ」


 やや目を細め、


「私はね、あの子に可能性を感じてるんだ」


「可能性……ですか?」


「そ、可能性」


「それは一体……」


「変えてくれるんじゃないかって、そんな可能性。あの子には間違いなく今の悪い流れを断ち切れるだけの力があるはずなんだよ。それを引き出せないのが私としてはどうしても悔しくてね」


 真面目な表情で日向に向き直り、


「少年」


「は、はい」


「無理に、とは言わない。本当にどうしても信じきれないならそれも仕方ないと思う」


 そこで言葉を切り、


「だけど、だけどだよ。もし、君があの子を……いや……あの子の作った作品モノを好きなんだとしたら、どうかお願いできないかな。正直、こんな完璧な人材が面接に来てくれただけでも奇跡に近いんだ」


 膝に手をついて、頭を下げ、


「どうか、お願いします」


 沈黙。


 正直、迷いはあった。


 今のご時世だ。うわべの言葉だけは取り繕って、その実全く信用できない人間、という可能性もなくはない。


 メールアドレスにしたって、別に特別注意を払って運用しているわけではない。現に迷惑メールフォルダには、今回のもの以外に、「明らかに迷惑メール」といった類のものがそれなりに入っているのは事実だ。彼女から送られてきたものも、本当はそれと大差ない種類のもの、という可能性は決して低くはない。


 だが。


 それでも。


「……一つ、お願いしたいことがあります」


 女性は頭を上げ、


「私に出来ることならなんでも」


「先に、逢初遥……先生に会わせてください。判断はその後でもよろしいでしょうか?」


 女性の顔がぱっと明るくなり、


「もちろん!その後でも全然構わないし、それで駄目だって思ったらやめてくれても構わない。それでいいかな?」


「はい、それなら」


 女性はほっと息をついて、


「そうだ。まだ名前を言ってなかったね」


 手を差し出して、


辻堂つじどう。辻堂観雪みゆきだ。よろしくね、少年」


 握手を求める。


 今度こそ断る理由などない。


「はい。よろしくお願いします」


 日向はその手をがっしりと握った。

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