第114話

IF 芳樹&瑞穂


仕事からの帰り道。


「ねぇ芳樹」

「ん、どうした瑞穂?」


助手席に座る瑞穂が不意に運転する芳樹へ声を掛けてくる。


「最近、みんなと連絡取ってる?」


というのは、恐らく芳樹と瑞穂が同じ時を過ごした、思い出の地にいる仲間たちのこと。


「あーっ、ここ最近はまるっきり取ってないな」

「そっか……」


瑞穂は、フロントガラスから流れていく外の景色をぼんやりと眺めながら、なく返事を返す。


「もしかして、会いたくなっちゃった?」

「まあね。ふと思い出したから、みんな元気かどうかちょっと気になってね」


瑞穂は今、国民的女優としてドラマや映画に引っ張りだこ。

毎日のように仕事が舞い込んできて、ろくな休みも取れてない状況。

さらに昨年末、主演映画で主演女優賞を獲得し、来月には初のハリウッド映画への出演も決まっている。

芳樹は瑞穂のファン一号かつ最も近しい理解者として、瑞穂が大学進学時に女子寮の管理人を辞め、今は彼女のマネージャーをしていた。

芸能界という厳しい世界を生き抜くためには、瑞穂にも一番信頼できる人間が近くにいることで、少しでも心の支えになれればという決断だった。

その犠牲として、瑞穂のハードスケジュールに時間を圧迫され、女子寮の住人達とはすっかり疎遠になってしまったけれど……。

まあでも今となっては、二人の良き思い出の地であり、今の生活を送るためのきっかけを作ってくれた原点と言っても過言ではない。

環境が変われば、関わる人間関係も変化していくのは必然。

疎遠になってしまうのも、仕方が無いこと。

けれど、その選択に後悔はしていない。

だって、今こうして一番人生を共にしたいパートナーと一緒にいることが出来ているのだから。


「ただいま」


二人が今住む家は、都内の高級住宅街にあるマンションの一室。

明かりを点けると、見えてくるのはピカピカな白いキッチンに広いリビング。

壁際には何インチか分からない程の大きなテレビに、高級な黒光りのソファが置いてある。


「お風呂入る?」

「いいよ、先に入っておいで」

「ありがとう。それじゃあパパっと入ってくるね」


ソファに座り込み、ふぅっと一息つく芳樹をよそに、瑞穂はさっさと部屋着へやぎを持って脱衣所へと向かって行ってしまう。

明日も朝から番組の収録を終えた後、そのまま新幹線で関西へと移動して、ドラマの収録を一週間泊りで撮影し続けるというハードスケジュール。

この家とも、必然的に一週間お別れ。

どんなにいい家に住んでいても、そこにいる時間は限られているのが芸能界の定め。

少ない時間でもリラックスできるときに過ごすのが家という場所。

しかし芳樹に、ソファでのんびりとくつろぐ時間などない。

まだ今日の事務処理が残っているのだ。

ソファに委ねていた身体を起き上がらせて、目の前にあるローテーブルで作業をパパっと終わらせてしまおう。

作業を終えてノートPCを閉じたタイミングで、シャワーを浴び終えた瑞穂がリビングへと戻ってくる。

昔よりも伸びたつややかな黒髪をバスタオルできながら、大人びた色気をかもしつつ、芳樹の隣へと座り込んできて、そのままちょこんと頭を芳樹の肩へと置いてきた。

芳樹は瑞穂の頭に手を置いて、優しく撫でてあげる。

髪はまだ乾いておらず、しっとりと濡れていた。


「今日もお仕事お疲れ様。頑張ったね」

「……うん。芳樹、いつもありがと」


そう言って、さらに肩にこすりつけるように顔をうずめてくる瑞穂。

芳樹は身体を瑞穂の方へと向けて、背中に手を回してぎゅっと抱きしめた。

髪を乾かしていないため、せっかく身につけた部屋着が湿しめってしまっている。


「髪、かわかさないと風邪ひくぞ」

「仕事は終わった?」

「うん、今終わったところ」

「じゃあ、早く一緒にイチャイチャしよ?」


可愛らしく上目遣うわめづかいでねだってくる瑞穂。

そんな世界一可愛い彼女のお願いを、受け入れない彼氏がどこにいるだろうか。


「……わかった。それじゃ、さっさと寝る支度をしますかね」


そう言って背中に回していた手を離して、二人は同時に立ち上がり、それぞれ寝るための支度をぱぱっと済ませてしまう。

芳樹は風呂でシャワーを手早く済ませて、そのまま歯を磨き、髪を乾かし終えた瑞穂が待っている寝室へと向かった。


瑞穂はベッドの中で布団をかぶったまま、顔だけを出して芳樹を透き通る青い瞳で見つめていた。

芳樹が瑞穂の隣に潜り込むように寝転がる。

すると、待ってましたと言わんばかりにベッタリと瑞穂ちゃんは芳樹へ密着してきた。


「芳樹……大好き」

「俺もだよ。くるみ」

「うん……」


芳樹が本当の彼女の名前をささやくと、さらにぎゅっと芳樹の腕へ自分の両腕を絡ませてくる。

器用に明かりを消して、芳樹は身体を横に向け、くるみと正面に向き合う。

そしてそのまま、彼女の頬へ優しく触れて、顔を近付けていき、軽い口づけを交わす。


「んっ……」


しかし、一回だけでは物足りなかったらしく、お替りを要求してくる彼女。

寝室の上だけは、仕事の関係も忘れた二人だけの空間。

くるみも水戸瑞穂の仮面を剥がして、一人の女として芳樹を求めている。

芳樹は彼女の要求通り、もう一度キスをしてあげた。

すると、彼女は我慢できなかったのか、思いきり唇を力強く押しつけて、お互いの感触を確かめ合う。

芳樹も彼女の唇を受け入れて、相手の唇をついばむように何度も重ねていく。

こうして芳樹は、これからもずっと水戸瑞穂のファン一号兼マネージャーの役割と、那珂なかくるみの彼氏として、彼女を一番近くで支えていくのだ。

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