第93話 つくしちゃんの態度
リビングに通されたつくしちゃんは、先ほどとは打って変わって、しゅんと身体を丸めてキッチンでお茶を入れる霜乃さんをちらちらと覗いていた。
「つくしちゃん? 大丈夫?」
「へっ⁉」
芳樹が心配して声を掛けると、ぴくりと身体を震わせてぎこちない笑みを向けてくる。
「だ、だだだいじょうぶだぁ……」
「……」
なにかの漫才かな?
明らかに萎縮してしまっている。
どうしたものかと首を捻る芳樹。
すると、リビングの扉ががちゃりと開き、入ってきたのは見知った顔。
「おっ……! 来たねつくしちゃん!」
「梢恵さんー!」
待ってましたとばかりの羨望の眼差し。
まさに救世主とはこのこと。
つくしちゃんも面識がある梢恵がリビングに来てくれたからか、ようやく丸まっていた身体を少しほぐれたらしい。
「元気してたか、このこのー!」
「や、やめてくださいよもう……」
梢恵がつくしちゃんの肩をほぐすように手を置くと、つくしちゃんは頬を染めて恥じらうようにしながらも笑顔を浮かべている。
「いやぁーびっくりしたでしょ。小美玉美人さんばかりで」
「えっ……そうなんですか? まだ私、あちらにいらっしゃる霜乃さんという方しかお会いしてなくて」
「あっ、そうなのー⁉ 折角だから他の子も呼んでくるよ」
「えっ……あっ、そんなことしてもらわなくても」
「いいって、いいって! ここはお姉さんに任せて!」
梢恵はつくしちゃんの意見を聞くことなく、踵を返してリビングから出て行き、他の住人を呼びに行ってしまう。
「あう……」
「ごめんねつくしちゃん。梢恵があんな感じで……」
「あっ、いえっ……それは平気なんですけど……」
「ん? 何か他に困ったことでもあった?」
「えぇっとですね……そのぉ……芳樹さんが管理人ってことは、他の皆さんももしかして――」
「はーい。お待たせしました」
つくしちゃんの話を遮るようにして、霜乃さんが湯飲みに入れたお茶をつくしちゃんの前のテーブルに置いてきた。
「あ、ありがとうございます……」
「芳樹さんもどうぞ」
「ありがとうございます、頂きます」
湯飲みを受け取ると、霜乃さんはちゃっかり芳樹の隣へと腰かける。
「つくしちゃんでいいかしら?」
「は、はい……」
霜乃さんは、おっとりとした口調のまま、にこにこ笑顔でつくしちゃんに尋ねる。
一方のつくしちゃんは、背筋を伸ばして構えてしまう。
芳樹もまた、ごくりとのどを鳴らして、霜乃さんの発言に耳を傾けた。
「つくしちゃんは芳樹さんのご実家のお店でアルバイトをしていたらしいけれど、どうして都内の大学へ進学することに?」
「えぇっと……両親の意向でして、『都内じゃないと働く場所はないから、都内の大学へ通っておけ』と言われまして」
「なるほどねー。失礼なことを聞いてしまうのだけれど、やっぱり地方ってみんな都内に憧れとかあるのかしら?」
「そうですね。大体の人は憧れているんじゃないでしょうか。私は別ですけど……」
「あら、そうなの?」
「はい。本当は地元で何か地域貢献できるような職に就きたかったんです」
「いい心がけじゃない」
「ありがとうございます」
「なら、大学を卒業した後にでも、地元に戻るっていう選択肢も悪くないと思うわよ。いくら親に言われたからと言って、都内で職を探す必要なんてないのだから」
芳樹が身構えていたのが杞憂だったようだ。
霜乃さんは、つくしちゃんの緊張をほぐそうと、出来るだけ当たり障りのない会話を繰り広げていた。
流石は霜乃さん。
他人を傷つけることのない的確なアドバイスに優しい提案。
二人の会話を聞いて、霜乃さんが誰にでも優しい聖母のような人であることを再確認する中、芳樹は全く気付いていなかった。
霜乃さんの中に含まれている毒の存在に。
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