第七章 女子寮大戦争勃発⁉

第92話 内装見学にやってきた女子高生

 二月の肌寒さは通り過ぎていき、春の訪れすら感じるポカポカとした陽気も出始めた頃。

 約束通り、つくしちゃんが物件探しのため、都内へと訪れていた。

 連絡を取り合い、女子寮の最寄り駅でつくしちゃんと待ち合わせ。

 約束時間よりも少し早く、ホームへと続く階段からつくしちゃんが降りてきた。

 出口前で芳樹が出迎えると、つくしちゃんはぱぁっと花咲く笑顔を浮かべて手をぶんぶんと振ってくる。


芳樹よしきさーん! お久しぶりです!」

「久しぶりつくしちゃん。元気にしてた?」

「はい! この通り元気いっぱいです!」


 つくしちゃんは緑のボアジャケットを羽織り、ロゴ入りトレーナーにジーンズという格好で現れた。


「あれ、親御さんは?」


 電話では、両親と一緒に女子寮小美玉じょしりょうおみたまの内見をしに来るという話だった。

 現れたのがつくしちゃん一人だったので、思わず辺りをキョロキョロと見渡してしまう。


「二人は少し寄りたいところがあるそうで、今は別行動中です。『芳樹さんが管理人をしている所なら、彼に任せれば安心だろう』って気楽に言ってましたよ」

「あはは……そこまで頼られてるのも嬉しいんだけど、せめて挨拶くらいはしておきたかったな」


 まあ、実際にこっちで暮らすのはつくしちゃん自身なので、彼女が一番いいと思った物件を選びなさいという心構えなのだろう。

 つくしちゃんのご両親とは、何度か顔を合わせたことがある程度。

 けれど、つくしちゃんが頻繁に芳樹の話をしていたらしく、無駄に信頼を勝手に持たれているのだ。

 まあ、信頼置かれていないよりは全然いいんだけどね。


「それじゃあ、早速向かおうか」

「はい!」


 芳樹が女子寮へと向かって歩き出すと、つくしちゃんはちょこんと隣にぴたりと並んでくる。


「いやぁ……にしてもこっちは相変わらず人が凄いですね」

「まあ、地元と比べたら大違いだろうね」

「いくつか物件紹介されて、内装も見て回ってきましたけど、やっぱり都内は部屋がせまい所ばかりです」

「あはは……まあ地価が違うから仕方ないよね」

「正直、狭苦せまくるしい所で生活するのは嫌なんですよ。だから、芳樹さんの所が住みやすそうだったら即決しちゃいますね♪」

「……まあ、そこはじっくり内見してもらってからご両親としっかり相談してもらって。お金の問題もあるだろうから」


 そうお茶をにごしつつ、芳樹とつくしちゃんは女子寮小美玉へと向かった。


「ここだよ」


 女子寮小美玉の建物の前で立ち止まり、芳樹はつくしちゃんへ建物の外装を見せる。


「うわぁー……なんか、オシャレですね」

「そうかな? まあ、一般的な集合住宅みたいな感じだけど」

「そんなことないです! 今まで紹介された物件よりもなんかこう、高級感が溢れてます!」


 確かに、部屋付きで管理人が家事代行もおこなっているため、一人当たりの家賃はそれ相応そうおうの値段がかかるけれど、寮なんてどこもこのくらいの規模ではないだろうか?

 他の物件をあまり詳しく調べたことがないので分からないけれど。


「とりあえず上がっていいよ」

「お邪魔します!」


 芳樹の後ろにぴったりとついて、つくしちゃんは緊張した様子もなく玄関へ足を踏み入れた。


「うわぁ……オシャレな玄関」


 入った途端、シックな玄関を見て、きらきらと目を輝かせるつくしちゃん。

 これは、オーナー兼住人の一葉かずはさんがデザインした玄関である。

 今は慣れちゃったけど、結構重厚感あふれる雰囲気に、芳樹も最初は驚いた。

 すると、共有リビングの扉ががちゃりと開き、中から薄ピンクのニットに白のワイドパンツという春らしい服装をした、色気たっぷりの赤茶色の髪をした霜乃しものさんが姿を現す。

 霜乃さんはにこりと笑みを浮かべながら、芳樹たちの元へと向かってくる。


「こんにちは。初めまして」


 芳樹の後ろにちょこんと立っているつくしちゃんに対して、目線を合わせるように腰をかがめて、警戒心を解くように優しい口調で挨拶をする霜乃さん。


「は、初めまして……」


 霜乃さんの大人びた雰囲気に圧倒されたのか、ぺこりと他人行儀な挨拶を交わすつくしちゃん。


「大丈夫だよ。凄く優しいお姉さんみたいな人だから」


 芳樹はつくしちゃんを安心させるようになだめてから、再び霜乃さんの方へと視線を戻す。


「出迎えありがとうございます。彼女がこの前お話しした見学者です」


 芳樹が霜乃さんへ紹介すると、霜乃さんは再び腰を屈めてつくしちゃんへにこりと微笑む。


「初めまして、女子寮小美玉の住人で、下妻霜乃しもづましものと申します」

「はっ……初めまして、稲敷いなしきつくしです。芳樹さんの実家のお店でアルバイトしてて、よくお世話になっていました」

「あら、そうなの。なら、芳樹さんとは仲がいいのね」

「まあ、はい……」


 恥ずかしそうに頬を赤らめ、小さく頷くつくしちゃん。

 その様子を見て、朗らかな表情を浮かべている霜乃さん。

 しかしなぜだろう。この二人から感じる軽い敵対心と圧倒的な立ち振る舞いの空気感は……。


「とにかく、一旦上がってお茶でも飲む?」

「は、はい!」


 芳樹の助け船に乗っかるように、つくしちゃんが頷く。


「なら、私が用意するわね」

「いえっ、霜乃さんにそこまでしてもらわなくても……」

「いいのよ。もしかしたら、これから一緒に暮らすことになるかもしれない仲間なのでしょ? なら、住人のことも少しは知っておいた方が彼女のためになるんじゃないかしら? それに、私も個人的に興味があるからね」


 そう言って、霜乃さんは一足先ひとあしさきにリビングへと戻っていく。

 なんだろう。

 霜乃さんが『興味ある』といったのがとても引っかかる。

 興味というのは、つくしちゃんに対してではなく、芳樹が実家でどういう生活をしていたかということですよね?

 まあ、霜乃さんは心優しい人だから、芳樹の思い違いならいいのだけれど……。


「それじゃあつくしちゃん。まずはリビングに向かおうか」

「分かりました。失礼します」


 つくしちゃんの内装見学会。

 芳樹はこのまま一筋縄ひとすじなわではいかないのではという、嫌な予感を感じていた。

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