第80話 働くためには働いている人の意見を
かっしーから言われた会社名を聞いて、芳樹は気づいたときには、かっしーの元へと近づき、がしっと彼女の両肩を掴んでいた。
かっしーは驚いた様子で芳樹を見つめる。
「な、なんすかよっぴー!?」
芳樹の
「かっしー。頼むからその会社に就職するのだけはやめてくれ」
「えっ? どうしてっすか?」
「そりゃもちろん。かっしーの将来が心配だからだ」
「な、何言ってるんすかいきなり……」
かっしーは
「その会社、俺が前に働いていたところなんだ」
「えっ? そうだったんすか!?」
驚いた様子で目を見開くかっし―に、芳樹は言葉を続ける。
「あぁ……だから、これは確信して言えるんだけど、絶対に入社するのはやめておけ。社畜地獄に
「またまたーそんな脅しうちには通用しないっすよ? 大丈夫ですって。うち、体力には自信ありますから」
「そうじゃなくて! その書面に書かれている待遇も全部嘘の超ブラック企業なんだよ!」
「えっ!? ガチっすか?」
「あぁ、給料が最低賃金以下は当たり前、残業代支給無し。取引先から
「マジすか……。ってか、どうしてよっぴーはそんな企業で働いてたんすか!?」
「まあ俺も当時、就職活動にあまり力を入れてなくて、最初に内定をもらった会社に入社しちゃえって感じだったからな」
当時の芳樹は、遊びとバイトに明け暮れ、就職して働くという未来を描けないでいた。
その結果、『けたらはシステム』の人事担当者にまんまと騙され、ブラック企業の道を叩いてしまったのである。
すると、かっしーは明らかに青ざめた顔を浮かべ、戦慄した様子で身体を震わせていた。
「ど、どうしたらいいっすかよっぴー!? うち、内定の電話来た時に、『ありがとうございます!入社させていただきます!』って電話で言っちゃったっすよ!?」
「大丈夫だ。『第一希望の企業に受かってしまったので、申し訳ありませんが内定を辞退させていただきます』って連絡すれば、問題ない」
「これ、本当に大丈夫っすよね!?」
「うん、まだ内定を貰っただけで、向こうに個人を引き止める権利はないから、安心して平気だよ」
「よ、良かったっす……」
芳樹の言葉を聞いて、ほっと胸を撫で下ろすかっしー。
「まあ、内定は辞退するとして、問題はまだ就職活動を続けなきゃいけないことだね」
「うぅぅ……もうES《エントリーシート》|と履歴書書きたくないっす……面接嫌だ」
「まあ、こればかりは仕方ないよ。でも、しっかり対策すれば、ある程度の企業には受かるはずだから……」
「うん……」
俯きがちに、かっしーは頷く。
芳樹がいくら励ましても、かっしーが頑張らない限り、内定を貰うことは出来ず、お先真っ暗になってしまう。
けれど、彼女の未来を明るいものに導いてあげる手伝いぐらいなら出来る。
「仕方ないな。企業選びと面接対策やってあげるから、一緒に頑張ろう?」
「えっ……いいんすか?」
「まあ、面接は人事のプロとかではないから、本番で緊張しない練習くらいしか出来ないけど。出来る限りのことはするよ」
ここはもう乗りかかった舟だ。
彼女の幸せのために、芳樹はかっしーの就職活動の企業選びを手伝ってあげることにした。
夕食後、共有リビングにて、芳樹は幼馴染で女子寮の住人である
「なるほどねー。確かに学生の時って、社会人になりたくないなって思ってたかも」
梢恵は今、都内の保険代理店で働いているOLだ。
一般企業で働いている実情をリアルに聞くのが一番いい。
芳樹はそう考えたのだ。
「梢恵は今、働くやりがいみたいなのって感じてるか?」
「そうだなぁ……強いて言うなら、お客さんから契約を取れた時は、『よっしゃ!』って思うよね」
「ふむふむ……なるほど」
かっしーは律儀に梢恵の話をノートにメモしていく。
「かっしーは、何かやってみたい仕事とか業界とかは決まってるの?」
「いやぁ……それが、全く決まってなくて」
「あちゃー……そりゃ大変だ」
苦い顔をうかべる梢恵。
「すいません。本当にうち、自分でやりたいことわかってなくて」
「それじゃあまず、自己分析から始めないとダメだね」
そう言って梢恵は、スマートフォンを取り出して、何やらシュッシュっとタップしていく。
「ほら、この大手就活サイトで、自分の特性が調べられる診断があるから、まずはそれからやってみようか」
「わ、分かりました……」
ペコペコとお辞儀をしながら、スマートフォンのサイトの名前をノートにメモするかっしー。
「就活はまず、
「う、うっす」
芳樹は二人の会話を半ば驚いた様子で眺めていた。
その様子に気が付いた梢恵は眉を
「な、なによ……」
「いやっ……梢恵もちゃんと、社会人やってるんだなって改めて思っただけだよ」
「なによ。それじゃあまるで、私が普段から仕事してないみたいじゃん」
「まあ、寮での体たらくっぷりを見てるとな……」
「か、家事と仕事は別だし!」
梢恵は、憤慨した様子で頬を膨らませて抗議する。
「やっぱりお二人は、本当に仲がいいんすね」
そんな二人のやりとりを見て、かっしーはにこやかな笑顔を浮かべる。
「そんなことないって。ただ、昔からの腐れ縁ってだけだよ」
「それでもうちは、羨ましいっすよ……」
どこか寂しさを伴う声で呟くかっしー。
表情にも、どこか暗さがあるように見える。
「かっしー?」
思わず芳樹がかっしーへ心配した声を掛ける。
すると、かっしーははっと我に返った様子で、すぐに華やかな笑顔を張り付けた。
「何でもないっすよ! とりあえず、自己分析頑張るっす!」
気合を入れるように握りこぶしを作るかっしー。
しかし、かっしーはどこか無理しているように芳樹は思えた。
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