第79話 就職活動と内定先

 翌朝、いつものように駅まで瑞穂ちゃんを送り届けて、寮への道を引き返していると、正面から見知った顔が歩いてきた。


「おっすかっしー」

「あっ、よっぴーだ」


 女子寮小美玉の住人で、大学生のかっしーこと鹿島加志子かしまかしこちゃんは、朝早くにもかかわらずリクルートスーツに身を包み、ばっちりメイクも決めていた。

 特徴的だったボブカットの金髪も、今は就職活動のために、まとまった感じの暗い茶髪色に変化している。


「今日はどこで面接なの?」


 立ち止まって芳樹が話しかけると、かっしーも歩みを止めて明るい声で答えてくれる。


「今日は面接じゃなくて企業説明会っす!」

「あっ、そうなんだ。大変だろうけど、頑張ってね」

「うぃっす! 今日は午前、午後と連チャンで二社行ってきます!」


 そう言って、元気よく敬礼をするかっしー。


「確か今日って、アルバイトも入ってなかったっけ?」

「そうっすね。二社説明会行った後、アルバイト直行ルートっす」


 当然のように言ってのけるかっしー。

 芳樹は眉を顰めながら、彼女に忠告する。


「大切な時期なんだから、アルバイトの入れすぎで体調を崩さないように、ちゃんと自己管理するんだよ?」

「大丈夫っす! 体力には自信あるんで!」

「そう言ってる子ほど、知らない間に無理してるときあるから」

「よっぴーは本当に、そういう所優しいっすよね」

「そ、そうかな?」


 芳樹にとっては住人を気に掛けるのは当然のことなので、首を傾げてしまう。


「まっ、そういう所もよっぴ―の良い所っすけどね! それじゃ、電車の時間も近づいてるんで、行ってきます!」

「うん、行ってらっしゃい」


 手を振って、芳樹はかっしーを見送る。

 かっしーもにこやかな笑顔を湛えて、芳樹の隣を横切り、急ぎ足で駅へと向かっていった。

 彼女の姿が見えなくなったところで、芳樹は再び寮へ向かって歩き出す。


就活しゅうかつかぁー。懐かしいなぁ……」


 芳樹は自身が就職活動をしていた時のことを回想しながら、ふと頭の中で思う。

 もっと企業選びや自己分析をしっかりと行い、自分のやりたい職種を見つけて、SPIや面接対策もきちんと行っていれば、あんなブラック企業に引っ掛かることはなかったんだろうなと……。

 今もそうだけど、芳樹は将来どうなりたいとか、明確な夢を持っているわけではない。

 だから、当時就職活動を行う上で、自分にとって何が一番重要事項なのかをきちんと理解出来ていなかったのだと思う。

 でなければ、あんなブラック企業に就職することなどなかったに違いない。

 その反面かっしーは、女子寮内ではあまり努力している素振りは見せないけれど、職種や業種も絞ってしっかり就職活動をしているように見える。


「俺もかっしーみたいにちゃんとやってれば、今頃違う人生を歩んでいたのかな」


 そんなたらればなことを考えてしまう。

 けれど、いくら過去を悔やんでも変えることは出来ない。

 それに今は、管理人の仕事に満足している。

 だから、芳樹はすぐに頭の中を切り替え、寮へと戻り、管理人としてやるべき仕事をいつも通りこなすことにした。




 夜も更けて、日が変わろうかという頃、かっしーは二件の企業説明会とアルバイトを終えて女子寮へと帰宅してきた。


「おかえりかっしー。今日はお疲れ様」

「ただいまよっぴー。いやぁ~さすがに今日は疲れたっすよ……」


 軽い口調でそう言いながら、かっしーは上がりかまちに腰を下ろした。


「お疲れ様。明日の予定は?」

「明日は応募書類の作成っすね。んで、夕方からはまたバイトっす」

「ホント、体調管理だけは気を付けてね?」


 芳樹が心配したように言うと、かっしーは芳樹を見上げるように首を後ろに向けて、親指を立てた。


「大丈夫っすよ! うち、体力には自信あるんで!」


 ニッと白い歯を輝かせ、余裕ある笑みで朝と同じ言葉を繰り返すかっしー。

 正直、かっしーの就職活動に関して芳樹が手伝えることはあまりないので、身の回りのお世話をしてあげることしか出来ない歯がゆさのようなものがあった。

 でもここで、芳樹が疲れている彼女に就職活動に関してのうんちくを傾けても、何も意味が無いことは分かっている。


「なら、体力あるかっしーにはしっかり働いてもらわないとな!」



 だから芳樹は、励ます代わりにかっしーの背中を少し強めにバシッと叩いてやった。


「いったっ!? ちょ、いきなり何するんすか!?」

「しーっ、静かに! もう寝てる人もいるんだから」


 芳樹が唇に人差し指を置いてかっしーをなだめる。

 いきなり背中を叩かれて憤慨ふんがいしたかっしーは、背中をさすりながら声のトーンを下げて訴えかけてきた。


「だって、よっぴーがいきなり背中叩くから悪いんすよ!? うちだって本当は疲れてるんすから」

「悪かったって。だからほら、今日はもう早く部屋に戻って寝なさい」

「むぅ……なんか納得いかないっす」


 かっしーは頬をぷくりと膨らませて不満を示すものの、靴を脱いで下駄箱に仕舞うと、大人しく部屋へと向かっていった。


「お休み」

「お休みっス……」


 少し不機嫌そうな声で挨拶を返して、かっしーは二階へと続く階段を上っていき、自室へと向かうのであった。



 そんな他愛のない出来事があった一週間後。

 芳樹が夕食の準備を霜乃さんと一緒に進めていると、共有のリビングへ私服姿のかっしーが現れた。


「よっぴー」

「ん、どうしたのかっしー?」


 芳樹が首を傾げると、かっしーは晴れやかな笑顔を浮かべて、右手でピースサインを作った。


「内定貰ったっす!」

「おぉ!」

「あら、おめでとう加志子ちゃん」

「えへへっ! ありがとうございます!」


 芳樹と霜乃さんから祝福を受け、照れたように頭をくかっしー。

 やはり、企業から内定を貰えると嬉しいもので、内心舞い上がってしまうものである。


「ん“―っ。これでやっと就活しゅうかつ終えることが出来るっす……」


 大きく伸びをしながら、かっしーはやり切ったように息をいた。


「あれ? もしかして、第一志望に受かった感じかな?」

「ん? 違うっす。うち、働くなら最初に内定貰ったところでいいや主義だったんで、特に業種とか決めてなかったんすよ」

「えっ、そうだったの!? 俺が言うのもあれだけど、もっとちゃんと決めた方がいいんじゃ……?」

「大丈夫っす! 募集要項見ても、全然気になるようなところはなかったんで!」

「ま、まあ……かっしーがそれでいいならいいけど……」

「うぃっす!」


 けれど芳樹は、一抹の不安を覚えていた。

 芳樹の二の舞を演じてしまわないかと。


「ちなみにかっしー。その会社って、何をやる会社なの?」


 だから芳樹は、少し探りを入れてみることにした。


「えっと確か・・・・・・エンジニアの会社で、うちは事務職で内定貰ったっす」

「IT系かぁー。IT系はホワイトとブラックが会社によって分かれるからなぁ……」


 芳樹のように泊まり込みで毎日奴隷のように働かせられるIT企業もあれば、毎日定時退社のようなホワイトIT企業も存在しているのだ。


「ちなみになんだけど、かっしーが内定貰った企業名を教えてもらってもいいかな?」

「えっとっすね……」


 かっしーはポケットからスマートフォンを取り出して、会社名を確認する。

 そして、かっしーから出たのは、予想だにしない会社名だった。


「えっと、『けたらはシステム株式会社』っていう所っす」

「えっ……」


 芳樹は思わず素っ頓狂な声を出してしまった。

 無理もない。

 かっしーが内定をもらった企業というのは、芳樹が以前働いていた超ブラック企業だったのだから……。

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