第77話 戻ってきた平穏な日常
八雲さんの説得も無事に終わり、芳樹に管理人生活の日常が戻ってきた。
女子寮計画については、一葉さんが取締役を集めた会議の場で、直々に別の事業案を提示したことにより、女子寮小美玉をモデルケースにするという計画は破綻。
結果、芳樹は無事に管理人を続けることが出来ることとなった。
一月も終わりに近づき、早朝は氷点下にもなろうかという寒さの中、今日も温かい室温に保たれたキッチンで、霜乃さんに手伝ってもらいながらみんなの朝食を用意していた。
この平穏な日常がどれほどありがたいことなのかを、芳樹は身に染みて感じる。
八雲さんの自宅を後にした後、母は「まっ、色々大変だろうけど上手くやりな」と言われ、そのまま一葉さんの車に乗って実家へと戻っていった。
結局、芳樹と一葉さんが仮の恋人関係だという誤解を解くことが出来ずに……。
そのせいで、女子寮では新たな問題も発生していた。
「おはようー」
眠そうな目を擦りながら、スーツ姿の一葉さんがリビングへと入ってくる。
「おはようございます一葉さん」
いつもの席に、一葉さんはすっと着席する。
すると、何やら思い出したように芳樹へ視線を向けてくる一葉さん。
「そうだ芳樹君、今度パパが一緒にご飯でもいかないかしらって」
「えっ? 八雲さんがですか!?」
「えぇ、未来の親子同士親睦を深めましょうって」
「いやっ……早くそこは訂正してくださいよ」
「仕方ないじゃない。もし私と芳樹君が本当は付き合ってませんとか言った暁には、なにをされるか分かったものじゃないわ」
そう言って、一葉さんはぷぃっと視線を逸らす。
「一葉。芳樹君を困らせちゃダメじゃない」
すると、テーブルに出来上がった朝食を配膳しながら、霜乃さんが一葉さんを
「仕方ないじゃない。もしこれで本当のことを知られたら、みんなの住処だって無くなるかもしれないのよ!?」
「平気でしょ。『そりが合わなかったから、別れることになりました』って言えばいいだけの話じゃない」
「そんなの嫌よ」
「あらー? どうしてかしら?」
「そ、それは……」
唇を尖らせて、一葉さんが霜乃さんから視線を逸らす。
けれど、霜乃さんは一葉さんを逃がす気はないようで、身体を寄せて顔をさらに一葉さんへと近づける。
「芳樹さんが困っているでしょ。早く言いなさい」
「そ、そんなの! 私の勝手でしょ!」
「ならせめて、食事くらいは断ってあげなさい。芳樹さんにはどうすることも出来ないのだから」
「……それも嫌だって言ったら?」
一葉さんが霜乃さんを見上げるようにして尋ねると、霜乃さんは顎に手を当てて考え込む。
「うーん、そうねぇ……そしたら、一葉さんのお父様に『私が芳樹さんの妻です』とでも言いに行くために、直接食事会場へ足を運ぼうかしら」
「そっ、そんなことしたら、余計にややこしいことになるでしょうが!」
「なら、食事の件は断っておくことね。今は女子寮の人達が忙しいので手が離せませんとでも理由を付けてね」
「霜乃……あなたね……」
「ふふっ……何かしら?」
ギロリと鋭い視線を向ける一葉さんと余裕のある笑みを浮かべる霜乃さん。
けれど両者の間には、間違いなく火花がバチバチと散っている。
「おはようございます」
そんな中、二人の攻防も気にもせず、寝間着姿の梢恵がふらふらとした足取りでリビングへと入ってくる。
「おはよう梢恵」
「おはようー芳樹……。ふわぁー」
大きな欠伸をしながら、梢恵は一葉さんの向かいの席に腰掛けた。
そして、そのままうつ伏せになって、テーブルに顔を置いて寝転がる幼馴染。
「会社行きたくないー」
「何言ってるんだよ」
「芳樹―。私の代わりに行ってきてー」
「んなことできるかよ……」
「じゃあ、私を養ってー」
「いや、意味が分からないから」
そんな他愛のないやり取りを交わしていると、ふと向かい側から視線を感じる。
ちらりと伺えば、一葉さんと霜乃さんの冷たいじとっとした視線が芳樹へ突き刺さっていた。
芳樹は寒気を覚え、ビクっと肩を震わせる。
「ほら梢恵、背筋伸ばして! 今、朝食持って来てやるから」
「うーん……」
聞いているのか聞いていないのか分からないような返事をしてから、梢恵はゆっくりと姿勢を起こす。
「おっはようございまーす!」
直後、今度は大学生のかっしーがリビングに現れる。
「あれ? かっしー今日は早いじゃん」
梢恵が驚いた声で言うと、かっしーは苦い表情を浮かべた。
「まあねー。ほら、今これで忙しいから」
そう言いながらかっしーは、自身の身に付けているリクルートスーツの袖をひらひらとさせた。
「あーそっか。もうそんな時期なんだねぇ……」
梢恵が感慨深そうに首を縦に振る。
「おはようかっしー。今準備するから、座って待っててね」
「おっはーよっぴー! 了解っす!」
朝から元気なかっしーはニコニコ笑顔で梢恵の隣に腰掛けた。
こうして変わりない女子寮の朝を平和に迎えられていることに感謝しつつ、これ以上も
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