第67話 一葉さんへのむごい対応
多くのコメントや誤字報告ありがとうございます。
忙しいので、なかなか対応が出来ていない状況ですが、空き時間が出来次第修正を行っていきたいと思っています。
しばしお待ちください
さばりん
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「それで、具体的にはどうするつもりなんですか?」
芳樹が本題に話を移すと、一葉さんは悩ましい表情で眉を顰める。
「私としては、女子寮事業を進めるにしても、別のモデルケースを提示したいと思っているわ」
「つまり、小美玉のような管理人と共同生活を送るタイプの女子寮ではなく、あくまで管理するだけの、一般的な女子寮事業で事業拡大を目指すということですか?」
「まあ、端的に言えばそう言うことね」
「でも、それじゃあ女子寮としての強みみたいなものを出せないような気がしますけど、具体的にはどうやって説得するつもりですか?」
「そこなのよね……」
一葉さんはそこで、はぁっとため息を吐きながら額に手をついて考え込んでしまう。
「方針は決まってるけど、具体的なメリットや将来性は何も考えてなかったんですね……」
「そうね。正直、一人暮らしする女性からしたら、家事代行の管理人がついている女子寮があったら、真っ先に飛び付くと思うのよ。コスパは掛かるけれど、家事全般をやらなくて済むのはかなり負担が減るから」
「まあ確かにそうですよね……」
多少家賃が高かろうと、身の回りの世話をしてくれるなら、自分の時間を有効的に使いたいと思う女性にとってはありがたい。
それに、男性がいないことによる心理的負担というのも減るだろう。
「後は、管理人の人件費問題だったりとか、笠間不動産との形態をどうするのかとか、色々面倒事があるからそれをデメリットにしたりすればいいのだけれど……」
「他にあるとしたら、管理人と住居人の相性が合わなければ、かえってストレスを住居人が感じてしまうって点ですかね」
「なるほどっ、人間関係の部分ね! 芳樹君ナイスアイディア」
早速一葉さんはバッグから手帳を取り出して、芳樹の出した意見を書いてまとめていく。
が――走らせていたペンを途中で留めてしまう。
「でも、結局住人同士のそりが合わなかったら、管理人だろうが住居人だろうが変わらないわよね?」
「確かに……」
「デメリットとして提示するには弱いわね。もっと根本的な部分から潰していかないと……」
ペンを額に当てながら、一葉さんはまたも考え込んでしまう。
芳樹はそこで、純粋な疑問を口にした。
「というかそもそも、一葉さんはどういった意図でこの女子寮を作ったんですか?」
「そうね……色々と理由はあるけれど、一番大きな要因は、親元を離れたかったからね」
「どうして親元を離れたかったんですか?」
「……」
芳樹が尋ねると、一葉さんは口ごもってしまう。
そして、じぃっと芳樹のことを見つめてきた。
不気味な笑顔で、そりゃにっこりと。
「一葉さん……?」
「何かしら?」
「こっ……怖いんですけど」
「そうかしら? 別に普通じゃない?」
いや、全然普通じゃない。
何というか、笑っているんだけど、目が完全に笑っていなかった。
どうやら芳樹は、一葉さんには聞いてはいけない質問を聞いてしまったらしい。
「まっ、別にいいわ」
すると、一葉さんは諦めたような様子でため息を吐いた。
「私ね、ずっと今まで不自由なく生活してきた。けれど、私は一人っ子で、親戚の間でも男の子が生まれなかったの。だから父は、次期社長を私の婚約者に任せようと目論んでいたのよ。だから、私には恋愛の自由ってものが無かった。大学生になってからは、毎週のように行きたくもない会合に付き合わされて、何度もお見合いをさせられたわ」
一葉さんからこぼれ出る話は遠い世界のような話。
お見合いとか、昔の話だと思っていたけれど、まだ現代に実在していることに驚いた。
「もちろん、私は好きな人と結婚したかったから断り続けたわ。そしたら今度は、花嫁修業が足りんとか言いだして、家事教室に通わせられて、料理や裁縫などみっちりやらされたわ」
「えっ? 一葉さんって家事できるんですか!?」
「当たり前でしょ! 話の腰を折らないで頂戴! 私はただ、その時の反動で家事全般が嫌いなだけなの! やろうと思えばできるわよ」
衝撃の事実。てっきり芳樹は、一葉さんは梢恵と同類のポンコツ系お嬢様だと思っていたので驚きだ。
過去に無理矢理習わされた経験のせいで、家事というものに抵抗を感じるようになってしまったのが事の顛末らしい。
「まあそれで、ある時気づかされたのよ。両親の言いなりになるくらいなら、私が直接社長になっちゃえばいいじゃないってね」
「凄いポジティブに捉えましたね」
「だって、今は女性だって普通に働く時代よ? そんな中で、幹部が男縛りなんておかしい話じゃない。。私だって社長になれるくらいの素質を持ってることを証明すればいいと思ったのよ」
「確かに、それはそうですね」
「そのことに当時気づかさせてくれた人には感謝しているわ。だから、今の私がいるからね」
一葉さんはその光景を思い出しているのか、懐かしそうに遠い目をしている。
「まあそれで私は結果として、恋愛を自由にさせてもらうかわりとして、パパの仕事を継ぐ覚悟を決めたのよ」
「そんな過去があったんですね……」
芳樹の知らぬ、一葉さんの過去。
今まで一葉さんとビジネスで付き合ってきた中から感じる闘争心のようなものは、自由に恋をしたいという女心から生まれてくる原動力だったのだ。
「それでもパパは、まだ私を認めてはくれてないみたいだけれど」
そう言って、呆れたような笑みを浮かべる一葉さん。
「えっ、そうなんですか?」
芳樹が八雲さんに会った時は、一葉さんの昇進に向けて、応援してくれているようにしか見えなかった。
「パパは恋愛が自分の思い通りにいかないことを、一番によく知っている人だからね。私に無理難題な事業を押し付けて、仕事を諦めさせようとしているのよ」
一葉さんは暗い顔を浮かべた。
ということはつまり、この女子寮事業拡大計画も、八雲さんは端から成功するとは考えていないのだ。
一葉さんにビジネスの素質が無いと諦めさせるための、ポートフォリオでいう負け犬、つまり撤退すべき事業を押し付けているだけなのである。
いくら社内で活躍しようとも上司に認めてもらえず、膨大な労力を必要とする仕事を押し付けられることが、どれだけ辛いことか。ブラック企業で働いていた芳樹には痛いほど理解できた。
「そんなのは、間違ってる」
だから、気づいたら芳樹はそう口にしていた。
「酷すぎる。今は女性だって社会で活躍する時代なのに。それじゃあ差別じゃないですか。一葉さんがどれだけ努力したって、認めてくれないんじゃ意味がないです。それに、好きな人と結婚して何が悪いんですか? もちろん、色々理由はあるとは思います。でも、それを自分の娘にまで強要しようとするのは、間違っていると思います」
「ありがとう芳樹君。その言葉、是非うちのパパに直接言って欲しいものだわ。まあでも、私も頭では理解しているのよ。名の知れている大企業のご令嬢が、自由に恋愛することがどれだけ難しいことか」
「それでも……理想を貫いちゃダメなんてことは無いと思います」
芳樹がやるせない気持ちでいると、一葉さんがふっと柔らかい笑みを浮かべてきた。
「やっぱり、今も昔も何も変わっていないわね」
「えっ?」
「いえ、何でもないわ。こっちの話よ」
そう言って、一葉さんは一つため息を吐いてから芳樹へと向き直る。
「これは私の憶測なのだけれど、パパは何もできなかったことを後悔しているんだと思う。当時好きだった女性に、気持ちを伝えることが出来なくてね」
「過去の後悔をいくら悔やんでも、未来は変えられないじゃないですか」
「そうね、その通りだと思うわ。だから芳樹君。私たちの未来を変えるためにも、あなたに手伝って欲しいことがあるの」
そう言って、一葉さんは真剣な眼差しを向けてくる。
芳樹は嫌な予感を感じていた。
その予想は、見事に的中することとなる。
「パパが当時未練を残した女性を、探し出して欲しいの」
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