第49話 誘惑と殴り込み

 かっしーをアルバイトへと送り出し、芳樹は霜乃さんの待つ部屋の前に立っていた。

 芳樹は深く深呼吸をしてから、意を決してコンコンと霜乃さんの部屋をノックする。


「霜乃さん。俺です」

「……どうぞ、入ってきて頂戴」


 部屋の中から霜乃さんの声が聞こえ、芳樹はドアノブを回して部屋にお邪魔する。


「失礼しま・・・・・・す!?」


 目の前に現れた光景を見て、芳樹は衝撃のあまり言葉を失う。

 無理もない。

 部屋の中で待ち構えていたのは、恥じらうように身を捩りながらも、ちらりと上目遣いでこちらの様子を伺う、コスプレ姿の霜乃さんだったのだから。

 霜乃さんが着ているのは、昨日クリスマスデートの時に見に行ったアニメ映画に出てきたキャラクターのコスプレ衣装。

 長いピンク色のウィッグを被り、目にはグリーンのカラーコンタクト、白のアウタを羽織り、黒のトップスは大きく胸元が開かれ、霜乃さんの魅力的な谷間が丸見えになっている。

 どうやらブラも付けていないようで、身体を揺らすたびにおっぱいもぷるぷると揺れていた。


「ど、どうかしら?」


 頬を染めながら身を縮こませ、芳樹に感想を尋ねてくる霜乃さん。


「えぇっと……なぜコスプレをしているんですか?」


 状況を整理するため、芳樹は感想を答える前に霜乃さんに質問を質問で返す。


「昨日言ったでしょ。今度コスプレ姿を見せてあげるって……」

「なるほど……」


 確かに言っていたけれど、まさか昨日の今日で見せてくれるとは思っていなかった。


「そ、それで……どう? やっぱり、似合ってないかしら?」

「い、いえ……そんなことないです。霜乃さんの魅力が全部詰まっていて、凄く似合っていると思います」


 元々のキャラクターの色気のある設定と、霜乃さんの大人びた魅力がマッチして本当に様になっている。

 ぶっちゃけ、映画に出てくるキャラクターよりも、霜乃さんのおっぱいの方が張りと艶があるためか、よりエロティックで扇情的だ。


「そう……ありがとう。なら、もう少し勇気を出してサービスするわね」


 そう言って霜乃さんは、トップスの胸元の裾を少しずつずらしていき、頂点の部分が見えてしまいそうなほどそのたわわなおっぱいを露出させる。

 必然的に芳樹の視線は、霜乃さんのおっぱいへと吸い寄せられ、思わずごくりと生唾を呑み込んでしまう。


「芳樹さん……私に魅力。感じるかしら?」

「え……えぇ……とても……」


 管理人としては絶対に言ってはならないセリフ。

 しかし、部屋に二人きりという密閉空間と謎の妖艶な雰囲気に、頷くことしか出来ない。


「なら……昨日出来なかったつ・づ・き・・・・・・ここでしましょ?♡」


 芳樹は一瞬脳がぐらつき眩暈を覚える。

 それほどに、今の霜乃さんの誘惑は魅惑的で危険だった。

 理性で何とか抑えた芳樹は、なんとか視線を色気ムンムンの霜乃さんから離して、くるりと踵を返す。


「そ、それは流石にまずいですよ! 借りにも俺と霜乃さんは管理人と住居人の立場です。それ以上の責任はとれません」

「別にお互いの合意があれば、その一線を越えてしまったっていいでしょ?」

「そ、それはそうですけど……今は俺にその気はありませんから」


 芳樹がはっきりその言葉を口にした瞬間。

 ふにょんっと背中に柔らかいものが当たり、芳樹のお腹に腕が回される。


「今は……ってことは、今後可能性はあるって事よね?」


 そう言いながら、霜乃さんが芳樹に後ろから抱きついてきた。

 芳樹の背中にダイレクトに感じる霜乃さんのおっぱいの柔らかい感触。

 それだけでも、爆発的な破壊力があり、芳樹の理性が崩壊しそうになる。


「そ、それは……」


 芳樹が言い淀むと、霜乃さんはふふっと笑いを零した。


「我慢しなくていいのよ。その芳樹さんの理性を、今すぐに保てなくしてあげるから」


 霜乃さんはさらに密着して、ぐりぐりと胸を芳樹の背中に擦りつけてきた。

 柔らかいスポンジのような感触が容赦なく芳樹の背中全体に襲い掛かる。


「うっ……」

「ふふっ、いつまで耐えられるかしらね?」


 くすりと笑いながら芳樹を誘惑し続ける霜乃さん。

 芳樹はおもいきり歯を食いしばり、理性を保つ。

 けれどその色気たっぷりな霜乃さんのエロエロ攻撃に、芳樹のタイムリミットも限界に近づいてくる。

 芳樹がごくりと生唾を呑み込んで、覚悟を決めかけた――その時。


 ドッスーン!


 もの凄い物音と共に地響きが起こり、芳樹と霜乃はピクっと身体を震わせて、我に返る。


「霜乃ぉー! いるんだろ? 出て来いよ、おらぁ!」


 すると、一階の玄関の方から男性の怒声が聞こえてくる。


「な、なんだ……?」


 芳樹が慌てて向かおうとすると、ぎゅっと霜乃さんがさらに腕の力を強めて、抱き締めてきた。


「霜乃さん!?」


 芳樹が驚いて振り返る。

 すると、すぐに異変に気が付く。

 先ほどまでの誘惑とは違い、明らかに霜乃さんの様子がおかしいのだ。

 芳樹に回している手は震え足もがくがくと痙攣している。

 今にも崩れ落ちてしまいそうなほどか弱く、必死に芳樹にしがみついているように見えた。


「霜乃さん……?」


 今度は心配して優しく問いかけると、霜乃さんは何とか喉の奥から声を出す。


「たっ……助けて、芳樹さん……」


 何かに怯えているような声色。

 いつものおっとりした霜乃さんや、先ほどまで誘惑していた霜乃さんからは信じられないようなか細い声。

 その声を聞いて、芳樹は物騒な事態が起こっていることを理解した。

 芳樹はすっと霜乃さんの腕の中から抜けて、すっと踵を返して霜乃さんの手を優しく掴む。


「霜乃さんは、危ないのでここで待っていてください」

「えぇ……そうするわ……」


 そう答える霜乃さんの声も震えていた。

 どうやら、相当霜乃さんは怯えているらしい。

 芳樹は一つ大きく息をついてから、霜乃さんの部屋を出て、玄関へと向かっていく。


「霜乃……出て来いや。こっちはここにいるって証拠も持ってるんだぞ?」


 相変わらず玄関の方からは男の雄叫びが聞こえてくる。

 芳樹はわざとドスドスと大きな足音を立てて、男に存在感を示す。

 すると、男もようやく誰かが降りてきたことを察したのか、黙り込んだ。

 芳樹は玄関にいるであろう男にガンを飛ばす勢いで眉を顰めて睨み付ける。


「あの……どちら様ですか?」


 しかし、その男を見た途端、芳樹は一瞬で唖然となる。

 そして、玄関で大声を上げていた男もまた、はぁ!? っというような表情を浮かべて黙り込む。


 それもそのはず、芳樹がもう二度と会うことのないと思っていた人物と、最悪な再会を果たしてしまったのだから……。

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