第48話 忠告と誘い

 芳樹は寮の掃除とかっしーの部屋の大掃除を終え、お昼明けの午後のひととき。

 共同リビングにて、某配管工レースのオンラインゲームで遊んでいた。


「うわっ! ここで赤甲羅かよ」

「まだまだっすよ!」

「ちょ、なんでその順位でスター持ってるの!?」

「よっしゃー! 一位!」

「うわー、負けたぁ……!」


 逆転一位に歓喜のガッツポーズをするかっしーと悔しがる芳樹。

 一喜一憂しつつも、ゲームはやっぱりいつやっても盛り上がる。

 何故二人でゲームをやっているかというと、かっしーの部屋を大掃除していたら偶然出てきたから。


「まあ、掃除することに変わりはないっすから」


 最初は嫌がっていた掃除の手伝いも、ついでだからといって、かっしーは率先してやってくれた。

 二人でてきぱき掃除を進めたこともあり、掃除はお昼前に終わってしまい、暇だからゲームして欲しいと頼まれたのが一時間前。

 それから、二人は熱中してゲームに興じていた。


「さてと……うちはそろそろバイトの準備しますね」

「ちょっと待って、もう一戦だけ勝負お願いします!」

「さっきの勝負もそう言って負けたじゃないすか……どんだけ負けず嫌いなんすか」


 いくらゲームだからといっても、一回くらいはかっしーに勝ちたい芳樹。

 この男、意外と負けず嫌いなのである。


「お願いします! これで本当に最後にしますから!」

「仕方ないなぁ……それじゃあもう一戦だけっすよ」

「ありがとう!」


 ソファから立ち上がっていたかっしーは、もう一度ソファへ腰を下ろしてあぐらをかく。

 かっしーはオレンジのニットにデニムのパンツという格好。

 これからバイトがあるので、色々と準備する必要もあるのに芳樹のわがままに付き合ってくれているのだ。


 走るコースが決定し、スタートラインにキャラクターたちがスタンバイする。

 3・・・・・・2・・・・・・1・・・・・・GO!


「うっしゃ! スタートダッシュ成功!」


 独り言をつぶやきながら、芳樹は嬉しそうにコントローラーを操作する。

 今度こそかっしーに勝つために、懸命にドリフトを駆使してアイテムを取っていく。


「ねぇ、よっぴー」


 すると、かっしーがレース中に声を掛けてくる。


「ん、何?」

「よっぴーって、霜乃さんのこと……好きなんすか?」

「はっ?」


 思わぬ横槍攻撃に芳樹は画面からかっしーへ視線を向けてしまう。

 ちらりと芳樹の方を見て、真意を確かめるように見つめて来るかっしー。

 はっとなってテレビ画面を見れば、芳樹はコースアウトしてしまっていた。


「どうようしてるっすね。やっぱり霜乃さんのこと狙ってんすね!」

「ち、ちげぇよ……」

「ふぅーん……へぇ~!」


 ニヤリとした笑みを浮かべて、かっしーが芳樹をチラチラと見つめてくる。

 芳樹は一つ咳払いをしてから、画面に集中した。


「あぁ、もういい。青甲羅くれてやる!」

「なっ!? 因果応報っすよ!?」

「仕方ないだろ。アイテム取ったら出てきちゃったんだから」


 一位を独走していたかっしーのカートに、青甲羅が直撃する。

 芳樹はその間にキノコでスピードアップ、かっしーとの差を縮めていく。


「で、実際どうなんすか?」

「何がだ?」

「霜乃さんのことっす。よっぴーはどう思ってるんすか?」


 芳樹だってまだ明確な結論が出ていないのだ。

 かっしーに上手く説明できる気がしない。


「まあ……素敵な女性だとは思ってるよ」


 だから芳樹は、お茶を濁すようにそう答えた。


「ふぅーん。まあ確かに、霜乃さんのあのおっぱいは魅力的ですもんね」

「別に、身体だけで判断してるわけじゃないからな!? 他の人のことを一番に優先して、心遣いが出来るところとか、総合的に判断して言ってるだけだぞ」

「それくらいわかってますって」


 そう言いながら、かっしーは真後ろにいる芳樹へボムをヒットさせた。


「くそっ……!」


 芳樹は悔しがりながら、再び一位を走るかっしーを追う。


「これはよっぴーに対する警告っすけど……」


 前置きしてから、かっしーが言葉を紡ぐ。


「霜乃さんには注意した方がいいっすよ」


 その言葉を言い終えた瞬間、かっしーが一位でゴールテープを切る。


「どういうこと?」


 芳樹はゲームの結果よりも、かっしーの放った言葉が気になって彼女を見つめる。


「そうっすねー。まあこれはよっぴーの方が今は霜乃さんといる時間が長いから分かると思うんすけど、霜乃さんは普段からお人好しで、自分のよりうちとかみとっちの心配をしてくれる、ママみたいな存在じゃないすか」

「そうだな」

「でもうちも含めて、霜乃さんのプライベートについて知ってる人っていないんすよ。何が好きで何が嫌いないのか、どういう経緯でこの寮に入居してきたのかも」


 確かに、霜乃さんのプライベートな事情を芳樹はほとんど知らない。

 昨日のデートで、意外とアニメが好きで、コスプレなんかもしていたということを聞いたくらいだ。


「うちが知ってるのは、一葉さんが突然霜乃さんを連れてきたってことだけっす。訳あって今日からここで暮らすことになったからって。実を言うと、前よっぴーに教えた噂だって、詳しいことは誰一人聞いたことないんすよ」


 かっしーが言っている噂というのは、霜乃さんが夜逃げして来たという話のことだろう。


「一葉さんなら、真実を知ってるのかな?」

「どうすかね。多分あの人は知ってるんじゃないすか? でも、他人に言えないようなことだから、二人で秘密を隠してるってこともあるかもしれないっすね」



 芳樹よりも長い付き合いのかっしーでも、霜乃さんのことは、詳しく知らない。

 となれば、本人に聞くしかないわけで……。


「アドバイスありがとう。かっしーの忠告、良く頭に入れておくことにするよ」

「いえいえっ! こちらそこ、ゲーム付き合ってくれてありがとうっす!」


 話はこれで終わりだと、かっしーはソファから立ち上がり、芳樹はゲーム機の電源を切って、片付け始める。


「それじゃ、うちはバイトの準備してきます!」

「うん、行ってらっしゃい」

「ゲーム機は適当にそこら辺に置いておいてください。今度みとっち誘ってやろうと思うんで」

「分かったよ」


 かっしーはそれだけ言い終えると、今度こそリビングから出ていった。


「プライベート……か」


 一人取り残されたリビングで、芳樹はゲーム機を片付けながら独り言をつぶやく。

 かっしーが言うことはもっともだ。

 もっと芳樹は、霜乃さんのことを知らなければならない。

 少なくとも、知りたいという気持ちが芳樹の中にあるのだから。


 そんな時、ガチャリとリビングの扉が開かれる。

 振り返れば、そこには霜乃さんがダウンコートを羽織った状態で立っていた。


「し、霜乃さん。どこかお出かけですか?」


 芳樹が尋ねると、霜乃さんは首を横に振る。


「少し、お時間いただけるかしら?」

「はい。いいですけど、今からですか?」

「か、加志子ちゃんが出かけてから・・・・・・出来れば二人きりで……」


 霜乃さんは顔を真っ赤にして恥じらうように芳樹を見据える。

 その表情はまるで、昨日芳樹をホテルへと誘う時のようで……。

 思わず生唾を呑み込んでしまう。


 二人きりで、一体何をするつもりだろうか?

 先程、かっしーにも忠告を受けたばかり。

 迂闊に踏み込み過ぎても危ないような気がする。


「ダメ……かしら?」


 潤んだような瞳で懇願してくる霜乃さん。


 頭の中で葛藤した結果、一抹の不安を覚えながらも、芳樹は意を決して首を縦に振る。

 霜乃さんは芳樹の返答を見て、ほっとしたように胸を撫で下ろす。


「それじゃあ私は部屋で待ってるわ。加志子ちゃんを見送ったら、部屋に来てくれるかしら」

「……分かりました」


 霜乃さんは踵を返してリビングを出て行ってしまう。

 

 謎の緊張感が芳樹を包み込む。

 一体この後、二人きりで何をするつもりなのか?


 まさか……二人きりを狙って、昨日のホテルでしようとしていたことの続きを!?

 そんな妄想が、芳樹の頭の中に膨らんでしまう。

 いやいや、まさか霜乃さんに限ってそんなことするわけないよな。

 芳樹は煩悩を振り払うように首をぶんぶんと振った。


 ここで怯むわけにもいかない。

 何故なら、これは霜乃さんのプライベートを知るチャンスでもあるのだから。

 芳樹は一つ深呼吸して、この後何が起こってもいいように心を落ち着かせるのであった。

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