第3話 女子寮の住居人たち

 十一月も終わりに近づいたとある日のこと。

女子寮小美玉じょしりょうおみたま】の共有リビングは、夕食後の穏やかな時間が流れていた。


 ソファに寝転がり、スマートフォンを操作している子。

 テーブルの椅子に座り、優雅にお茶をすすっている女の子。

 キッチンで夕食の後片付けをしている女性。


 各々が自由に、共有スペースのリビングで過ごしていた。


「そう言えば来週っすよね? 新しい管理人さんが来るのって」


 唐突に思い出したように、ソファに寝転がっている子がキッチンで片づけをしている女性へ話しかける。


「えぇ、そうよ。加志子かしこちゃんも気になる?」

「いや、気になるっていうよりは、正直気持ちが穏やかじゃないっていう感じっすかね。そういう霜乃しものさんは随分と余裕そうっすよね」

「そんなことないわ。私だって芳樹よしきさんって方がどんな人なのか内心ドキドキよ。写真を見た感じだと誠実な人そうだけれど、どんな人なのか楽しみにしているわ」


 ソファに寝転がり、デニムのショートパンツから伸びる長い足をパタパタとさせている女の子の名前は鹿島加志子かしまかしこ

 女子寮の住人であり、都内の女子大に通う現役の大学生だ。

 ふわふわパーマのボブカットの金髪を指先でいじりつつ、会話をしながらも器用にスマートフォンを操作して、トークアプリで友達とのチャットを楽しんでいた。

 まさに、今どきの女子大生という感じである。


 もう一人の、キッチンの後片付けを行っている赤茶色のセミロングが特徴的な霜乃と呼ばれていた女性は下妻霜乃しもづましもの

 同じく女子寮の住人で、今は管理人不在の小美玉で主に家事を執り行っている。

 エプロン姿でキッチンに立つ姿は様になっており、おっとりとした柔らかい話口調からは、母性のようなものがあふれ出ている。


「まっ、男の人の方が夜間の警備とか頼りがいがあるし、別に良いんじゃない?」

「そうね、瑞穂みずほちゃんの言う通り男の人がいれば、いざって時に頼りになるわよね」


 最後の一人、艶のあるサラサラした黒髪のポニーテールを揺らして、テーブルでゆっくりとお茶を啜りながら話に加わってきたのは水戸瑞穂みとみずほ

 端正な顔立ちに、透明感のある青い瞳は、同性でもうっとりとしてしまうほどに美しい。

 瑞穂は現役女子高生にして、女優としても活躍する売れっ子芸能人だ。

 その佇まいや所作は、高校生とは思えぬほどに優美である。


「いやいや、は最初嫌そうにしてたっしょ!? どういう風の吹き回し!?」


 ちなみに、というのは、加志子がつけた瑞穂のあだ名である。


「別に、気が変わっただけよ。確かに女子寮の管理人を男の人が住み込みで働くのは非常識なのかもしれないけど、男の管理人が居てくれた方が何かと都合がいいこともあるし、メリットも多いからってだけ」


 そんな瑞穂は、前髪を掻き分けつつさらっと年上である加志子の質問を華麗に躱す。

 流石は女優、冷静な対応で心境の変化を悟られることはない。


 加志子はソファから起き上がり、くしゃくしゃと髪を掻く。


「おかしいなぁ……最初はみんな嫌々って感じだったのに、どういうこと?」


 ぶつぶつと独り言をつぶやきながら首を傾げる加志子。

 腑に落ちないのも無理はない。


 何故なら、一葉の提案に、みんな渋々納得したはずなのだから。



『今年中に管理人が見つからなければ、この寮は取り壊されるわ』


 一葉に突如そう言われたのが一カ月ほど前の事。

 いきなりすぎる宣告に、住居人は当然戸惑った。

 その時に、もしかしたら女性の管理人が見つからない場合、男の人になるかもしれないと一葉に言われたのが発端。

 もちろん三人とも最初は渋ったものの、寮を失うよりは男の管理人さんを迎え入れた方がいいという結論に至ったのだ。


 それから数日後の事、新しい男の管理人が見つかったと、一葉が嬉しそうに報告してきたのである。

 一葉が本当に男の人の管理人を見つけてくるとは予想していなかったので、正直三人は戸惑った。


 けれど、一葉が見せてきた管理人さんとなる芳樹の写真を見た瞬間、加志子以外の二人は手のひらを返したように芳樹が管理人になることを歓迎したのだ。

 加志子も写真は見たけれど、別段カッコいいかと言われればそうでもない。

 他の人から見ればイケメンの部類に入るのかもしれないけど、だからと言ってあんなに渋っていた二人が簡単に意見を変えるとは思えなかった。


「これは……何かあるっすね……」


 二人の意図がわからず、加志子は一人悶々と考えさせられる羽目になるのであった。

 しかし後日、加志子は芳樹という人物がどういう人であるか思い知らされることとなる。

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