(3)
「結奈……さんはいずこ?」
「向こうの駅前で待ってるそうだ、あっちでなにかお芝居見てから来るって」
「わかった」
駅まで、行くと電車に乗り込む。中央街は元柳との境近くにあり、二つの街の住民が共用する公共施設や販売店が軒を連ねている。綜士も、中学の頃はよく彼女や友人たちと来ることがあった。
切符を買おうとしたところ、
そういえば……。
小銭を入れようとした手が止まった。
「どうしたんだよ?」
「ちょっと訊きたいことがあって」
駅窓口に向かって歩を進めた。新調した財布から以前使っていたICカードを取り出す。
「どうしました?」
「あの、これ使えませんか?」
「ああ、少々お待ちを……」
駅員がなにかの機械にかけた。
「はい、大丈夫ですよ」
「ありがとうございます」
一年半ぶりだったので、不安だったがまだ使用できたようだ。残額も十分にある。そのまま改札を通った。
「おー、すごいなそれ」
リサと依織が追ってくる。
「お兄ちゃんってせれぶさんだったの?」
「こんなんでなにいってんの……。ほら電車来るよ」
彼女とのデート用に普段から、結構な額をチャージしていたなど言えるはずもない。
電車内は休日というのに、あまり乗客がいない。厳しい経済状況に加え、物価の高騰でレジャーなど楽しんでいられる層は汐浦にはあまりいないのかもしれない。
目的の駅で、降りて階段を下ったところに、彼女はいた。
「リサちゃーん、いおりーん、こっちこっち!」
恥ずかしいくらいにやかましい。
「みなさん、おっはよー!」
「よお」
「おはよう、結奈ちゃん」
ナップザックをしょった小学生のような出で立ちだった。軽く会釈する。
「おはようございます!」
「お、おはよう……」
頼むから、声のボリュームを緩めてくれと目線で伝えたが、あまり伝わっているようには見えない。
「今日は、美少女二人も侍らせて両手に花デートですってね。ふつつかながら結奈もご同行させていただきます」深々と頭を下げる結奈。
「なにを聞いていたんだ君は……?」
両腕を後頭部につけたリサが、頬を赤らめた依織に呆れた視線を送る。
「違うぞー結奈。今日は依織の初ぶら、ぶあ」
依織がリサの口を強引に塞ぐ。
「色々買い出しに行くんだよ、でもまあ時間あまったら遊ぼうか」
「はーい、そんじゃゴーゴー」
先導する結奈を追って歩きながら街を見渡す。
日之崎の低地と高地への入り口の境界にある、ショッピング街、休日ということで学生客や親子連れでにぎわっていた。
戦争中でも街は回るもんだな……。
なんとなくそんなことを思った。
「お兄ちゃん、あそこ」
「ああ」
依織が指さした先に見える大型のショッピングモール。上階には庭園を設けている。
「来たことある?」
「うん、何度も……」
幼少期の家族で来た思い出、小学生の頃は瑞樹、隆臣と、中学は……。
頭を振って、足に力を込めて地面を踏んだ。
「画材買いにきたことがあったな」
数あるうちの一つの思い出を抽出して述べるにとどまった。
「画材? お兄ちゃんも……綜士お兄ちゃんって絵なんて描くの?」
「ああ、美術部だったからね」
「ウソ⁉」
驚愕して足と止める依織。
「そんな驚かなくてもいいだろ」
「ご、ごめん……。あのね、私……」
「うん?」
なにか言いよどむ。
「おーい、なに乳繰り合ってんだ」
リサと結奈との距離が広がっていた。
「ああ、悪い」
「う、うん……」
依織がなにか言いたがっていたようだが、訊きそびれてしまったようだ。
モールに入るとまず芽衣子から頼まれていた日用品から買い集めることにした。
やはり高いな……。
食料品程ではないが、どこも戦争前より割高になっている。周りにも値札を見てためいきをつく客がチラホラ見えた。
「こんなもんか……」
メモを見る、必要なものはそろったようだ。かごを持ってレジ台に向かおうとしたところ、
「はいこれ」
リサがなにか差し出した。
「なんだよこれ?」
「区役所が配布してる生活支援券、市内ならどこでも使える」
「へえ、そりゃありがたい……ったく市はもうちょっとなんとかしてほしいよな」
おばさんの行政への愚痴っぽく言ってみた。
「ほんとですよね、結奈んちもガソリンが高くなって気軽にドライブにも行けないんですよ」
ぷんぷんする結奈をスルーしてレジまでかごを運んだ。
「さて……」
とりあえず購入した商品を袋詰めにして、エントランス近くのロッカーに預けた。ここから先は、デリケートな買い物になる。
「それじゃ……任せていいかな?」
一応依織に尋ねて置く。依織は顔を紅潮させながら、うなずいた。
「俺は自分の肌着とか見に行くから、終わったら5階の中央ホールで待ち合わせね」
「ふにゃ、なんで綜士くんは別行動なんですか? いけませんよ勝手な単独行動はチームに亀裂を生じさせる元で」
「結奈、いいから」
リサが口数の多い結奈を制した。
「それじゃまた後で」
「うん」
「おう」
三人と一旦分かれて、エスカレーターで上階の量販店の被服店に向かうことにした。
楽し気におしゃべりしながら歩く、高校生のグループとすれ違う。アパレルショップの子供服コーナーでは子供の服をどれにするか夫婦で話している家族連れを見かけた。
「……」
目をそらした。
「これは……」
壁を見ると、なにかを訴えるポスターが大きく張り出されていた。スペースを無視した貼付け方で不法に貼られたものだろう。
真実を述べよ
大きな文字でそう記されている。細かい文字列に目を走らせると、去年の日宮祭のテロ事件についてのことであった。政府はあの事件の真相を知っているが、責任を追及されるのを避けるため、すべての記録を封印している、という趣旨と読み取れた。
いかにもネットに氾濫しているような陰謀論であり、妄想の産物めいているが、事件の全容解明に進展が見られないことで、この訴えの通りに解釈する残念な人間が現れてしまうことなど容易に想像できる。
「馬鹿々々しい……」
読むだけ無駄だと思い、首を回そうとしたところ瞬間、目に入ってしまった。ポスターの下の落書き。
月坂の一族を吊るせ
そう書かれていた。顔の血流が一気に加熱され、歯噛みして舌打ちした。手を伸ばし、壁からはぎ取ろうとしたが思いとどまった。今は、リサたちを連れている。トラブルでも起こしてせっかくの彼女たちの休日を台無しにするわけにもいかない。手を握りしめて横を向いたところ、一人の白髪混じりの男性が後ろからポスターをぼんやりみていた。慌てて、横に身をどける。
「ああ……すみません……」
「いえ……」
男性は申し訳なさそうな顔をすると、そのまま行ってしまった。
「……行くか」
ここで怒りをため込んでいても仕方がない。そのまま、アパレルショップに向けて歩を進めたその瞬間、背後から紙が破れる音を捉えた。振り返ると、
「ったく、ロックじゃないなこういうのはよ」
今度は、なにかのケースを背負った青年がポスターをはぎ取って手で引き裂いている様を見ることとなった。
特に、激怒しているというわけでもない。鼻歌でも歌うように破ったポスターを丸めていく。
「やべ、捨てるとこねえな」
年は自分と同じくらいに見えた。次に、数人の足音が近づいてきた。
「おい、なにしてる⁉」
ここのセキュリティのようだ。青年はたじろぐこともなく、彼らの前に立った。
「なにって……ゴミ掃除ですけど」
「勝手になにをはがした?」
青年があくびをして丸めたポスターを再度広げて、セキュリティの眼前に掲げるようにした。
「これって、不法掲示物でしょ。どっかのやべえカルトの」
セキュリティが目を細めて確認すると、仲間同士顔を見合わせた。やはり無許可で貼られたもののようだ。
「……わかりました。ですがこういうのを見かけた時は、まず我々に知らせてください」
「へーい」
「それはこちらで処分しますので」
「あんがとうございます」
青年がポスターを引き渡すと、セキュリティたちも引き上げていった。
「タリラリラーン」
口ずさみながら去って行く青年の後姿をなんとなしにみつめる。向かい側の楽器店に足を運ぶようだ。
何者か若干気になったが、すぐに頭から振り払った。
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