喧爛性マーシャルアーツ
我楽娯兵
Hello, it's bloody.
第1話 絶対の法則
──極天地学園。
ここにはとある校則、いや、法則が存在していた。
「1560年──三河の今川義元が尾張に攻め込み、桶狭間に踏み入った──」
静寂の教室。生徒たちの学びを享受する知識の部屋。しかしこの空間にもその法則は適応されている。
教室には似つかわしくない鉄扉の扉が勢いよく吹き飛んだ。
驚きの声の中で鉄扉はゴムボールの如く跳ね転がり、一人そこへ踏み入っていた。
「校務だ。違反者を拘束に来た」
静かな声で入ってきたのは目を見張るほどの美女。
鋭くとがった目は、肉食動物を思わせるほど冷徹で冷血で冷然。
この学園の校務、即ち──風紀を監視する監視者。
風紀委員院長、爆川あかねであった。
その圧を感じさせる雰囲気、大の大人ですら尻込みしてしまいそうなほどの可視化出来てしまいそうなほどのオーラ。
「二年乙組の諸君。君たちの中に、この学校の流儀を弁えぬものがいると判明した」
カツ……カツ……と彼女の革靴が教室内に鳴り押しつぶす様な声音でいう。
「弁明は聞かない。流儀を理解できぬ者は即刻処罰する」
その足が止まり、一人の生徒の机の前でその者を見下ろしていた。
その生徒は物言わぬ人形のように俯いていて表情は他から見ても伺い知れない。
「久保軍造。貴様のここ最近の喧嘩はやけに戦勝が多いな、しかも──貴様は無傷」
その生徒の肩は微かに揺れた。やましい事があったのだ。
「闇討ちほど卑劣な行いはない。──そうだろう?」
その顔を覗き込むように体を屈めたあかね。そして遂にその生徒は腹を括り立ち上がった。
顔にいっぱいの冷や汗を滴らせ、青ざめた表情で片手に持ったそれを力強く床へと叩きつけた。
矢庭に教室全体を白い煙が一瞬にして覆い隠し視界のすべてを奪い去った。
理解も追いつく事など常に事の終わり、煙の中で机のひっくり返る音とガラスの割れる音が一斉に鳴り響いた。
久保軍造。極天地学園二年乙組。喧嘩の戦績30戦28勝2敗。
そしてここに二週間の内に──20勝。
正しく快挙。この学園ならば天をも覆す大偉業。しかしながら彼の収まっている位置はCランク。
それ意味する事即ち──弱者ばかりを食い物にする卑劣者、乃至作法に乗っ取らぬ卑劣者。
弱肉強食それ即ち世界の心理。しかしながらこの学園には強肉弱食こそ最も求められた。
弱き者が強きを喰らい、強き者は更なる強き者を喰らい続ける事こそ求められる。
「こんな所で粛清されて堪るかってんだ!」
軍造が事前に教室の窓に用意していた脱出用ロープにて教室から抜け出した。
全てにまさかを想定し準備に準備を重ねた結果だ。
卑劣漢と言われようと知った事ではない。勝った者こそ正義あり、歴史を紡ぐのは常に勝者に権利が与えられる。
どんな手を使っても勝ち続けて絶対を手に入れると考えていたが──しかしそれこそ浅はか。
「市販の煙玉を改造したものか。威力は大したものだが……所詮目晦まし。逃げられると思うか」
「クソっ!」
行く手を塞ぐように立ち塞がる猛獣の姿に爆川あかねの姿に、軍造も腹を決めざる負えない。
ポケットに隠し持った己の武器。ネット通販で高々三千円程度の鉄製メリケンサックであるが、金属は金属。己の拳を強めるには十分な威力がある。
それを装着する姿に爆川は静かにグローブを嵌めた。
「……ケンカには礼節やルールがある。れっきとした
「ほざけ!」
軍造の振り上げたこぶしを力いっぱいに爆川へと振り落とした。
男女の性別の隔たりなどこの際関係はない。喧嘩を
だが少なくとも、ここにはこの学園には絶対法則が存在している。
軍造も爆川も決して逃れえぬ絶対法則が。
紙一重に交わす爆川、劣勢を極めているように見えるだろう。
メリケンサックという武器。武器は大きさに大小の差はあれどその概念こそ己の武力を高めるツールであり、己を強くする道具であった。
当たれば必殺。受ければ必滅。武器の強さとは即ち殺傷能力にある。
だが、それも持ち主によりけり。
「────」
目を見開き、開いた手の平で爆川がそのメリケンサックを嵌めた拳を受けた。
必勝。この二週間で軍造の築き上げた絶対の拳に女子供関係なくひれ伏す。
──筈であった。
「武器は己を高める。しかし所詮豚に真珠」
武器ありきの拳を受け止め、それを握りつぶす様に握りつける。
「武器を手にしたところで貴様はCランク──だがアタシは一流の喧嘩師だ!」
爆川のもう片方の拳が深く、軍造の腹を抉った。
止まらない、止まらない。拳の応酬、脚蹴りの凪。肉を撃ち、骨を軋ませ、その身に溜まる血の鬱血。
経験に勝る戦略はなく、鍛錬に勝る戦術はない。そしてその戦略と戦術の優位は武器程度では覆すことなど不可能! 。
「武器を持ち出してその程度か。大方砂上の城に胡坐をかく虚構の王様にでも成ろうとしたのだろうが、貴様な如きの下郎に、武器など宝の持ち腐れだ!」
終幕の拳が軍造の顔へと深々と突き刺さり、殴り飛ばされる。
これぞ極天地学園に措ける最強の座、Sランクを勝ち得た女子、爆川あかねの実力であった。
例え喧嘩の相手が武器を佩びようと、臆することなく喧嘩を仕掛ける事の出来る度量度胸。そしてそれに裏打ちされた腕っぷしの強さ。
この学園に措いてこの女を差し置いて最強を名乗れるものなど片手の指程。
その武力抜きんでるものなし。
「聞けぇ! 極天地学園の生徒たちよ。この風紀院委員長爆川あかねの目の黒いうちは喧嘩の流儀に反することは赦さない!」
高らかに宣言されるその勝鬨の声に、外野で見ていたであろう生徒たちも委縮する。
極天地学園。
東京湾に建造された人工島。そこの島のすべてを学園法人化することによってある種の治外法権的拘束能力を得た日本であり日本ではないある種の国。
この学園に措いて全てを決めるのは喧嘩の腕──文化部運動部その他諸々関係なく全ての部活は格闘技通ずる! 。
喧嘩の腕こそこの学園に措いての法。弱き者の言葉は塵にも劣り、強者の言葉こそ絶対。
極天地学園校則第一条──敗者は一か月勝者の奴隷である。
ハングリー精神と戦後廃れた富国強兵を地で征くこの学園に措いて語る言葉はすべて拳。
拳こそ全て! 喧嘩こそ全て! 暴力こそ全て! ありとあらゆる事を喧嘩で語るは拳の流儀、この学園の校則、いや、絶対の法則! 。
苛烈を極める過酷な学園──その世界へと身を投じる若人がいた。
場所は極天地学園島へと通じる唯一の大橋、『三途の橋』である。
若い青年。
歳を数え十七。推定身長約180センチ。
黒の長袖のインディアン柄のパーカーに身を通し、その鋭い目つきで今後世話になる新たなる地へ傍観する。
「──ここが新しい『学校』ねぇ……」
凡そ義務教育という義務教育を受けず、つい最近までいた場所。
それ少年院上がりの生粋の不良──その名を轟タケル。
その手は既に血に染まり、少年院という名の刑務所にぶち込まれ流れ着いた場所、即ち極天地学園に他になし。
粋がる事もせず、軽んじもせず、衣類他特にという持ち物も持ち合わせず、あるのはただ轟タケルという個人のみ。
開戦の声を上げよ。数少なき青春を燃やせ、愛知らぬ少年少女たちの喧嘩道、極まれり。
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