猫は見ている。
(⌒-⌒; )
第1話輪廻転生
みんなは輪廻転生を信じているだろうか。前世というものを信じるだろうか。
僕は信じている。なぜなら僕は今、猫へと生まれ変わったのだから。
そうつまり僕は今––––猫だ。手足に肉球がつき、身体は毛で覆われ、全ての五感が敏感になっている。そしてなぜだか僕は前世の記憶を持っている。
死んだ時の記憶も、死ぬ前に何をし、なんだったかも。全て覚えている。いや、一つだけ覚えていないことがある。僕がどうやって生まれ変わり、どう猫になったかということだろう。
画竜点睛。この場合は画猫点睛というように、それだけが記憶からすっぽりと抜けている。そのくせこの体に特に違和感はなく、もともとこの体だったような気さえする。
もう一度言う。僕は猫だ。
普段から見ていた街並みが、見ていた景色が、見ていた人たちが、全然違う角度で見える。だから僕はなんでも知っている。猫はなんでも知っている。
広いはずの世界がとても小さなことに、平凡な生活が贅沢なことに、人間は自由でありながら不自由を願うことに。人間よりも低い目線で、小さな足で、僕は……猫は人間よりも世界を見ている。
※※※
僕は猫になって気づいたことがある。それは猫の鳴き声が『にゃあ」ではないことだ。僕は人間であった頃のようにしゃべっているつもりだ。だが人間には『にゃあ』と聞こえるらしい。おかしな話だ。
「わぁぁっ!かわいい!」
知らぬ女子高生が僕を撫でに来る。猫になって気づいたことだが猫は案外撫でられるのが嫌いのようだ。前世ではよく撫でてやっていたが、こそばゆいし、なんだか気持ちの悪い感覚が身体に走ってくる。
「やめろ、勝手に触るな」
「『にゃあ』だってかわいい!」
やっぱりだ。全然通じてない。昨日も数人の小学生が僕の目の前で花火に火をつけた。熱くてびっくりした。なぜ人間は自分よりも下の生物に優しくできないんだろう、人間は醜い生き物だ。それを前世が人間だったものが言ってるんだから人間は以外とアホなのかもしれない。
猫は見ている。遅刻寸前で慌ただしくドアを開け食パン片手に走っていく男子高校生。白いシャツ一枚でパチンコへと向かうおじさん。駅前にたむろしタバコをふかすヤンキーの群れ。
いつも見ていたはずの景色は変わっていて、僕は枠の外から出されたような気持ちだった。少しは『山月記』の李朝の気持ちがわかるような気がする。
誰からも理解されず、誰にも話せないこの辛さを僕はどこにぶつければいいのか。まぁ僕はそこまで悪くはないが実際には同じだ。
その時、僕は一人の少女、辿々しく走る少女に妙な違和感を覚えた。肩まで切り揃えられた黒髪、鮮やかで艶のある黒い瞳、そしてなにより猫を形容したような小さな背丈。見たこともない少女、出会ったことのない少女に既視感が頭を通り過ぎた。が、次の瞬間には頭の中から霧散した。
「う、うわわわぁぁ、ごめーん!」
「にゃ、にゃあ!」
慌ただしく走る彼女は視界の隅にいた僕に気づかず、そのまま勢いよく僕に突っ込んだのだ。思い切り飛び跳ねたが間に合わず、ごつんと彼女の頭と僕の頭がぶつかった。僕はその場で倒れた。思いのほか彼女は石頭だった。本当に人間というのは……。
まだ意識が朦朧とする中僕は目を覚ました。見知らぬ家に、見知らぬベッドで寝ていた僕は、なんとか身体を動かし状況を整理しようと周りを見た。
ベッドの上には可愛いのかわからない無数のぬいぐるみ、ちょこんと鎮座している勉強机、その上におびただしい数の資料やら教科書が置かれていた。
それ以外に冷蔵庫やら電子レンジやらの日常家電は揃っているものの娯楽を有する物は何も置いておらず、閑散とした部屋だった。
いったい誰が僕をここまで連れてきてくれたのだろう。僕にはぶつかって以前の記憶がなく、辿るのは不可能だ。だがこの部屋の主が大学生であることはわかった。資料や教科書もそうだが、玄関前にレポートが置き去りにされていた。きっと忘れんぼうさんなんだろう。
仕方なく僕はもう一度ベッドに戻り昼寝する。気持ちのいい昼時の時間だ多少ぐうたらしてもバチは当たらないだろう。無用心に開けられた窓から立ち込む春の爽やかな風と悠々と部屋を照らす日差しに眠気を誘われ、僕は抗わずして瞼をゆっくりと閉じた。その時だった。
「レポート、レポート……あ、あった!」
勢いよく開かれた扉から、景気のいい声が部屋中に轟いた。驚いた僕はベッドから跳ね上がり、そのまま転倒した。痛いのはそうだが、反対向きになった体を起こすのも一苦労だ。
僕はその場でもがいた。
「ん?どうしたの猫さん?」
さっきぶつかった少女だ。ここは彼女の部屋だったのか。
彼女は不思議そうに近づき抱くように僕を優しく起こしてくれた。そして微笑み僕を撫でた。
「わぁかわいい!さっきはごめんね!」
「勝手に撫でるな!」
「って、もうすぐ時間だ!じゃあごめんね」
はぁ。忙しい人だ。レポートを持ったということは大学にでも行ったんだろう。彼女は大学生というには小さすぎる体を動かし、颯爽と部屋を出て行った。
昼寝を邪魔されたせいで一気に眠気は吹っ飛んだし、女子の部屋で寝れる気もしない。久々にどこか出かけようか。
いつもは適当な道を、適当に回る僕だが行きたいところが見つかった。
そうだ。大学へ行こう。僕のいた大学。彼女のレポートや資料を見ていたら行きたくなった。猫は気まぐれなのだ。まだあの先生はいるかな。普段は鳴く猫は鼠を捕らぬな僕も今はやけにご機嫌だ。
窓を閉め、電気を消しいざ出発というところで気がついた。僕の汚れていた足が、泥やゴミで真っ黒になっていた足がキレイになっている。おそらく彼女が洗ってくれたんだろう。無用心で騒々しい人なのに、以外と律儀な人だ。
僕は外に行くことに一瞬気が引けたが、やっぱり家を出た。––––彼女の小さな靴を履いて。
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