第6話 出会いはいつも唐突に
今日はあの人はいない。どうもお母さんが博多に来たようで、そっちの対応に忙しいみたいだ。私は同行しろと言われたのを拒否した。いや拒否せざるを得なかった。あのお母さんには敵わないから。
さて、さてさてさて、さての響きに敵う者がいないようにあのお母さんには誰も勝てない、息子を除いては。いや最初から眼中に入っていないだけなのかもしれない、ある意味において。
私はこの町を歩くことにした。数年前からとても変わったこの町は。
いや変わったのはどちらかというと私の方だ。順応した。それから拒否を始めた。それについてはあのお母さんと同じだ。平穏は怖い。かといって均衡が崩れるのも怖いのだ。
We are、あの人には意味が分かるのだろうか?本当の意味でのWe areというものを
私は喫茶店に入った。と言ってもそこは私の良くいく店であるし、彼ともよくデートをした店だ。行きつけ。そうゆう言葉がよく似合う店だ。
私はいつも飲むコーヒーといつも食べるケーキを注文した。マスターいつもの!って具合に。それから「あっ、この新商品も気になります」と言って、でかでかと書かれた新商品のタピオカミルクティーを頼んだ。飲み物が増えてしまったが仕方がない。
私がトマス・マンだったらこのエピソードを小粋に再解釈できるのに。私はトマス・マンではない。トマス・マンが私でもなく、カフカでもなく、ヘミングウェイでもないように。
それから少しの時間、商品を待っていると、新たなお客さんがきた。
カランカラン。とても人が来たようには思えない出囃子に囲まれて、入ってきたのは藤君だった。そう藤君。真人間の藤君。たぶんゾンビではない藤君。
彼はこっちに気付き、「あっ」というような顔をした。そして少し悲しそうな顔をした。誰にもわからない。たぶん私だけが見える感情の機微を”たぶん正確に”捉えた。だてに小中高大を共に過ごしているだけはある。(幼稚園も一緒だ)
「久しぶり、と言っても3年ぶりくらいか?」
「そうだね」
3年。3年という月日は大きく人を変えた。私が結婚するくらいには。
「藤君は今どこに住んでるの?」
「今は、どこだろうね?僕にもわからないや。名古屋でもなければ、東京でもない。一応住所は東京に持ってるんだけどね」
本当は結婚式の二次会ですべき質問だった。でも今聞いてしまった。それから安堵した。彼は変わっていない。変わったのは私だけだ。
「それにしても君の見た目は変わらないね」
「そう?相変わらず美しい?」
「本当に」
「それはいいことよ。女は美しくないと。ね?ドルーグ」
「イエス、サー」
それから私達は時間を埋めるがの如く話すはずだった。しかし
リリリリリ
「ごめん、ちょっと電話」
「オーケー」
彼はとてもクールぶった調子で言った。やっぱり変わらない。初めてあった日から。変わったのは私だけ
「いきなりかけてごめんよ」
電話の相手は彼だった。まぁ分かっていたことだけど
「それで、今から帰ってこれる?ちょっとお母さんが君に会いたいって。君も知ってるだろう?お母さんは強情なんだ。」
「オーケー」私はクールぶっていった。
「それは良かった」彼は安堵した
それから藤君に「急用が入っちゃって、これから帰るわ」という
彼は「それは災難だね。いや吉報かもしれない。お茶はまだクリアだから大丈夫だよ。また結婚式で」
「また結婚式で」
「また結婚式で」という言葉はとても子供じみた合言葉のような響きを持っていた。秘密基地のような。
家に戻ると、彼のお母さんがまるでガーゴイルのように立っていた。そしてLPからはローリングストーンズの曲が流れている。曲名は...サティスファクション。なんとも場違いな曲ね。
「遅かったわね」お義母さんはいった。
「そーりー」私が言った。ここには高文脈社会はない。言葉は言葉のまま。ありのままの姿でダンスをしている。
その後の沈黙は決して金になるような代物ではなかった。
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