1話 吟遊謡いの少女

吟遊詩人となり、初めて訪れた村。

そこで私は幼い少女と出会いました。


私が話す英雄譚を満面の笑みで聞き届けてくれた少女。

その横に立つ可愛らしい少年は少女の表情に目惚れているのでしょう。

少女が口早に感想を言い、黙って聞き入っています。

真っ赤な表情で少女を見つめる姿はでしょうね。


である私にとって、英雄譚は生活を営む上で必要不可欠。

故に、様々な国を訪れては、新しい話を仕入れてきました。


王族の少年とメイドが駆け落ちする物語

老騎士が最後に送った花言葉を追い求め旅に出た物語

騎士が竜を撃ち滅ぼした物語


話の凄さに差異はあれど、どれも素晴らしい記憶として心に響きました。

そして、今日話したのはつい先日親友から聞いた冒険譚。


が楽しそうに語ってくれた迷宮の話。


その一部を分かり易いよう道筋を立てて話しました。

竜との戦いで、彼が負傷した件は隠しましたが、それも私の役割です。

理由なく彼の栄光を汚す訳にもいきませんしね。


そうそう。

今日の投げ銭は数日分でした。これで、野宿ではなく宿屋に泊まれますね。

久しぶりに大きなお風呂に入れそうです。





宿屋の一室。

そこで、私は幼い少女と会いました。


銀髪の少女はユウリと名乗りました。

はい、恐らくは偽名ですね。

名前を言う時だけ、言葉が詰まり、眼が揺れ動きました。

旅人である私に嘘は通用しませんよ。


えっ?

旅人なんて辞めて、裁判官になれって?

嫌ですよ、あんな堅苦しい仕事。あれが嫌だから抜け出したのに……


『旅人は自由なのですよ』


——と、愚痴を言うと、親友には毎回呆れ顔を浮かべられますが……。


「それで、ユウリは何を聞きたいのかな?」

「ええとね、旅って、楽しい?」


旅についてでした。

それも旅人になって数日の私に聞きますか。

いやはや困った。


「そ、そうね。楽しいよ」

「どこが楽しいのでしゅか? ——ツ」


あ、噛みました。

それでも可愛いのですから美少女が羨ましいモノです。

親友に同じ失態を犯せば、鼻で笑われ。

『言葉を武器にする貴方が、言葉に遊ばれるとね』

みたいな感じで毒を吐かれることでしょう。


全く、私のな癖に生意気なものです。

親友と私、どこで差がついてしまったのでしょうか。

やっぱり、旅人を目指したからでしょうか?

それとも、彼を足蹴にして、馬鹿にしたから因果応報でしょうか?


まあ、あんな牢獄みたいな所で一生過ごすよりはマシですが。


「ふふっ——ユウリは旅人になりたいのかしら?」

「旅人なのか分からないけど、お兄さんみたいに話で人を笑顔にする人になりたいの!」

「グフッ……お、お兄さん」

「ど、どうかした? むねをおさえて大丈夫?」


美少女が心配してくれます。

男冥利に尽きるでしょう——私が男であればですが。


ええ、そうです。

私はこれでも、自称美少女なのです。

よく、美少年と勘違いされますけど!

親友からは『おい、貴方のせいで勘違いされただろうが!』とよく分からない難癖を付けられますが——女なのです。


そういえば、親友に悪戯で抱き着くとよく言われます。

何を勘違いされたのか、今度聞いてみることにしてみましょう。

まさか、に変わった所で何も問題ないですよね……?

戦友と思われて何を苦労するのか聞いてみないと。


「だ、大丈夫? お医者さんを呼ぶ?」

「心配しなくても大丈夫——この通り、元気です」


手元に置いていた分厚い書籍を片手で持ち上げます。

中々に重たい書籍でしたが、精霊魔法の恩恵で何とかなりました。

そもそも、少女が持ってきた本が重すぎます。

ただの少女が持ち上げられるとは到底思えません。


「——はい本を返すね」

「う、うん」


分厚いを本を少女は片手でひょいっと掴みます。

そして、近くのテーブルに置きました。

少しばかり、少女の体内から精霊を感じます。おそらくは、無意識化で精霊の力を引き出しているのでしょう。

全く、天才な私より才能があるかもしれませんね。


親友が嫉妬する気持ちが少しばかり理解できた。

これが持たざる者の気持ちなのですね。

まあ、剣一本で騎士として、栄光ロードを突っ走る彼に言われる筋合いもありませんが。そもそも、精霊の恩恵もなく、筋力だけでねじ伏せるってどこぞの獣王じゃありませんか。

彼も人外ですよ、人外!


「——本当に大丈夫?」

「ええ問題ありません。少しばかり、これまでの人生を思い返しただけですよ」


まさか少女の才能に嫉妬していたなんて言う訳にもいかず、言い訳します。

何故か”走馬灯”や”天国”なんて物騒な言葉をしきりに呟いては、青ざめていきます。

全く何を勘違いしているのか。





少しばかり手間取りましたが、勘違いを解くことができました。

どうやら私の癖であるがバグったのか、数十分、その場で不動状態に陥っていたようです。


そりゃあ、目の前でいきなり動かなくなったら心配もします。

それこそ、心肺停止して心配するという訳です。


そして一つ面白い話を聞くことができました。

少女の幼馴染である少年の話です。


名前はユウ何とか——たぶん、ユウリでしょう。

先ほど偽名で名乗ったのは、幼馴染の名だったということです。

何故、私に偽名を使ったのか、その意図までは聞き出せなかったですが。

何となく、少女の両親に理由があるような気がします。


”虐待”とは少し違う。

家柄が関係するお話かしら?

例えば、お家騒動に巻き込まれるのを防ぐために、少女の名前を隠しているとか。

この村では、その出自が秘匿されているとか。

——まあ、私の想像ですが。

それでも、少しばかり影があるのは確かでしょう。


「旅人になりたいのは分かった。なら、吟遊魔術師ガンダルヴァになればいいと思うな」


私は少女の道標を示します。

恐らく、この村には吟遊魔術師ガンダルヴァという職業は知られていないでしょう。私がを名乗ったのもその為ですし。


「ガンダルヴァ?」

「ええ、私の国では、旅をして、人々に詩を届ける魔術師をそう呼びます」


吟遊魔術師ガンダルヴァ

それは、とある国に仕えた大魔導士の職業でもあります。

聡明な彼女は、旅をするだけではなく、魔術の力で、近隣諸国の小さな問題を解決しました。


迷宮攻略もその一つです。

睡魔の迷宮最深部まで行けたのは、彼女だけです。

その逸話は英雄譚の壱頁ひとつに選ばれる程です。


「そういえば、貴方は一人で旅にいくつもりかしら?」

「うん……ユウ…友達をさそったけど、騎士ナイトになるって断られちゃった」


しょんぼりとする少女。

思わず、ユウリの顔面を殴りたい衝動にかられます。

こんな美少女に誘われて断るなんて酷いです。

全く、私の周りに居たら——彼が居ました。


私も人様の境遇に憐みを頂ける立場ではありませんね。

旅に誘って、騎士を目指す件とか、まるっきり一緒じゃないですか。

いつか親友と私みたいな関係に二人もなれたらいいですね。


足蹴にしても離れない位に気心が知れた友が居るというのは、故郷がある次くらいには大事だと思いますので。


「でも、一人旅は危険だよ。私は……男だから、だ、大丈夫だけど」


少女の心配をする嘘つき少女。

この構図は酷いですね。そもそも、この場に嘘つきしかいません。

嘘つきの宿屋になってしまいます。


「けど、私もなりたいの!」


不安そうな表情ですが、私が焚きつけた夢を思い描いているのか諦めません。

それに「わたし、人よりも力あるの」とか言ってますね。


やっぱり精霊の力を理解できていない。

野良の精霊はいつか離れるもの。それを教えておかないと、必要な時に危険な目にあってしまいます。


少女には師匠が必要ですね。

それも同性が望ましいですね。自称美少女である私ですら、眼を奪われてしまうくらいには可愛らしいのですし。


「では精霊の扱いを極めるのが大事です。貴方は、精霊使いの素質があります。望めば、魔術師になることも可能でしょう」

「まじゅつし?」

「ええ、精霊使いの中でも能力が高い者を魔術師と呼びます。そうすれば、貴方でも旅をできるでしょう。だからこそ、私は吟遊魔術師ガンダルヴァが相応しいと

思いますよ」


魔術師であれば暴漢に襲われても逃げられます。

だからこそ、美しい少女にはぴったしの職とも言えます。


そうすれば、いつか私と会うこともあるでしょう。

その時、少女の口から話を聞くのが楽しみです。


「ガンダルヴァ、人を笑顔にできる」

「もし師匠が見つからなかったら、私を頼っていいですよ。王都でフィアと聞いてみて下さい」

「うん、いつか私が旅をする前には必ず行く!」


どうやら決心がついたようですね。

これから先、少女は両親を説得し、過酷な旅に出るのでしょう。

ですから、これは私のお節介。




の心も焚きつけることに致しましょう。

吟遊魔術師ガンダルヴァである私の名をもって。

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