銀音の吟遊謡い——
トリノキ
プロローグ 二人の夢
とある騎士を知ったのは、私がまだ小さな頃。
王命に従い、敵国の竜騎士を刀で切り倒す唄は人々に力を与えました。
見たこともない景色を脳裏に浮かべさせるのは一人の少年。
吟遊詩人を名乗る少年は幾つもの英雄譚を語ります。
『騎士は獣のごとく走り出した。そう、武器なんてないにも関わらず』
『後ろで泣く少女の騎士として、凶暴な竜の鱗を削り取った!』
『ただ一人、彼は戦意を失わず、走り出す』
言葉の続きを聞きたくて、誰もが声を発せない。
少年は愉快な表情を浮かべながら見回します。
そして私と眼が合いました。一瞬に過ぎない交錯。
ですが、少年の堂々たる姿は私の心を揺れ動かしました。
言葉一つ旅する少年に、私は憧れを抱いたのです。
旅人として、英雄らの名声を世に伝えていく姿に。
報酬など貰えるか分からないのに、満面の笑みで話す姿に。
——私の憧憬となりました。
そして、私もいつかはと……
——綴りましょう。
とある人たちの人生を伝えましょう。
誰もが満面の笑みを浮かべられるように。
あの日の私と同じ景色を見るために。
英雄と呼ばれた方々の話をいたしましょう。
そうですね、手始めに。
——村人から
◆
白銀に輝く世界。
空から雪と呼ばれる冷たいものが降り注ぎ、足元を埋め尽くすくらいに積もりました。太陽の光は冷たい雪を解かすことができず、数か月は消えません。
「これから先、暇だなあ」
手元には、春に向け製作中の竹籠と材料が散乱しています。
1つで半半日分の給料になるのを、数個掴むと後ろの木箱へと入れます。
「これで20個。後、何個作れるかなあ。そもそも、原価を考えると、あまり旨味がないなあ」
どうせ、数年後にはこの町から出ていくことになるのですし——
ため息交じりに呟くと白い吐息となります。
「
ころころと未来を想像し、ほほ笑む少女。
その為の、竹籠作り。
「もっと効率的な仕事があればなあ……今の私でもできること。ユウリは騎士になる為の特訓で生き生きしてて羨ましいなあ」
幼馴染である少年——ユウリ——は木こりとして、今も斧を振り続けている。
騎士に必要な腕力と武器の使い方の練習をしているはずです。
「はぁ……全く、成長している気がしないけど」
ユウリが斧を振う際、必ず大人たちは遠くから見つめているのです。
数日前には、すっぽ抜けた斧が飛んで、ヒヤリとしたとのこと。
諦めが悪いのか、ただただお馬鹿さんなのか。
——でも、自分の夢を叶えるべく努力する姿勢は好ましいです。
「ユウリの日常をお話にできないかなあ、例えば……」
『とある村に木こりの少年が居ました。名をユウリ、英雄ギルドの名を授かった少年です。腕力で斧を振う姿は、村人たちから豪傑と言われています』
『そんな彼の魅力は片手で斧を振う腕力……ですが、欠点がありました。彼には知力が足りていません。名だたる英雄たちは時に叡智を極め、指揮官として大戦争を終結に導きました』
『ユウリは冒険者としての地位は築けるでしょう。ですが英雄にはなれないので』
「おいおい、それは酷いぜ! 黙って話を聞いてたら、ただの罵倒じゃねえか!」
「——あら、乙女の部屋にノックもなしに、入るなんて、死にたがり屋かしら」
「はっ? お前みたいな乙女がいてたまるか!」
「あらあら、フフフッ、またアレしようかしら」
「お、脅す気か……?」
少し前、とある噂を流しました。
とある少年がとある少女のことを好きだという噂を。
まあ、少女は私で少年はユウリですが——
何故か、同年代の少年少女は犇め、誰もがユウリに詰め寄る姿は見ものでした。
そも、私がユウリの恋人になる可能性など、ないでしょうに。
「やめろよ? アレで酷い目にあったんだから」
「どうしましょう——私は平気ですし」
「そりゃあ、直接お前に言えるわけないだろ。俺だから言えるわけで……」
何故か顔を赤くし、ボソボソと発言します。
あの程度の噂でこれなのです。
『結婚を前提に付き合っている』
とでも、言えばどうなるのでしょうね。
それはさぞ、面白いことになりそうな予感がします。
まあ、それは次にするとして——
「そういえば、稽古を抜け出していいの? サボリなんて、余裕あるんだね」
「許可は貰ってるさ——ここに来たのだって、お前に伝えなきゃいけないことがあったわけで。お前、旅人になるって本当か……?」
「ええ、正確には
「いつ発つんだ? もしかして、明日とかじゃないよな⁉」
捲し立てるユウリ。
表情も赤から青へと至り、辛そうな表情です。
そんなに揶揄い相手が居なくなるのが嫌なのでしょうか?
それとも、ユウリの友達って私だけなのかな?
思えば、小さな頃から一緒に遊んできましたが、他の子と一緒に居るところを見たことがありません。
勿論、私も人のことをトヤカク言えず、疎遠な方ですが。
「おい、どうなんだよ……?」
黙ってしまった私を見て、ユウリは絶望の表情を見せます。
どうやら少しばかり勘違いしてるみたい。
昔から、知力は足りていなかったからなぁ。
「流石はユウリです」
「ま、マジかよ。あいつらの言っていたこと本当だったのかよ。ヤバい、どうしよう。まだ、強くなれていないのに——」
「年の割には鍛え上げられたとは思いますよ。勿論、騎士の方々には程遠いですが」
ユウリの評価は高いです。
もし、騎士を目指していなければ、
寝ることなく、私の顔を見続ける真面目さは尊敬に値します。
——ですが、私が
騎士は貴族の剣であり、私みたいな村人を護るわけにはいきません。
護衛と騎士は違うのです。
知力は乏しいユウリですが、腕力である程度は昇進していくでしょう。
——だからこそ、私に。
私に夢に付き合わせるわけにはいきません。
「騎士を目指すユウリを尊敬しているわ。だからこそ、私のことを心配なんてしなくても大丈夫。貴族の剣になる夢を叶えてね」
「ち、違うんだよなあ。俺が使えたいのは貴族じゃなくて……——」
貴族ではないなら、衛兵でしょうか?
この村の衛兵は年がら年中暇そうにしています。きっと、末永くお幸せになるでしょう。——旅人より過酷な夢を描く私とは対照的に。
「……考え直してくれないか、旅人になるのは構わない。でもさ、明日は早すぎるだろ。まだ、雪だって降り積もっている。この状態で、行くのは危険だ。せめて、春になるまでは——」
「ええ、私の答えは変わらないわ——だって、明日は竹籠作りで引きこもりますし……それに行くのはまだまだ先ですので」
◆
勘違いしていたことに気が付いたのか、ユウリは安堵します。
ですが、告白紛いの事を仕出かしたことに気づき、次の瞬間には真っ赤な茹タコみたいになりました。
「ユウリだって騎士になる為にここから出ていくんでしょ? あてはあるの?」
「あてはないから、作りに行くんだ。王都で年一回、”騎士選定の儀”があるのは知っているだろ?」
騎士選定。
色々なテストを受け、高い能力を有した者を騎士見習いへと招き入れる。
場合によっては、王族が通う学院にも行けるとか。
「ええ勿論、知っています。天才の為の儀式ですよね。選定された騎士は英雄候補生と呼ばれ、名だたる功績を残してきたとかいう」
「そうさ、あの大英雄ヘラクレス様だって、始まりは年上の騎士を一撃で殴り飛ばしたっていう伝説から始まったんだ」
大英雄ヘラクレス。
現在、騎士として一番有名な豪傑でしょう。
私の憧憬である少年が話していた物語の一つのモチーフにもなる程の知名度を誇っています。
いつか私も、彼の栄光を世界中に唄いたいものです。
「それに、来年はあの匿名ギルドから有数の原石が入るって噂もあるんだ。そんな奴らと切磋琢磨できれば、俺の夢に一歩近づく!」
「夢ですか? ユウリの夢は騎士になるのが終わりじゃないのね。ちゃんと、考えていたのね」
数日先のことすら、考えずに行動するユウリですが、将来の夢に関しては、一つ以上考えているようです。
騎士になった後、その光景を思い描いているのか、口元が綻んでいます。
”デート”とか”手料理”とか騎士に関係ない呟きも聞こえますが——
「それで、来年受けるの?」
「ああ……その件で話があったんだ——」
何かを決意した表情で私も見ます。
私もユウリの眼を見返します。
いつもならユウリが先に視線を外すのに、今日は外れません。
思わず、私の視線が揺らぎ、ユウリの口元へと移ります。
その時、唇が僅かに動きました。
「俺と一緒に来ないか?」
◆
ユウリが発した言葉を咀嚼し、頭で考えます。
グルリガラリと高速回転します。ですが意図が掴めません。
何をどうして、どうすればそのような考えに至ったのか分かりません。
「ねえ、私にも分かるように話してくれる?」
「ああ、俺と一緒に来て鍛錬をつまないか?」
「鍛錬ですか? まあ、一人旅することになるので、多少は鍛えようとは考えていましたけど」
「だ、だろ⁉ お前一人で旅するなんて、みんな心配していた。だから、一緒に鍛えるべきだと思う」
少しばかり動揺しているのが気になります。
まるで、即興で思いついた策を実施する軍師のようです。
でもまあ、話す内容に不備はありません。むしろ、現状の私にとって、課題ともいえるべき内容です。
「でも、私は魔法が使えるから腕力を鍛えたところで意味がないのよね」
この世界には精霊魔法と呼ばれるものがあります。
そして、私は精霊の存在を感じることができ、多少の魔法なら発動できます。
だからこそ、悪党が襲ってきても吹き飛ばして逃げ出せるとは思います。
ですが独学で学ぶのも限界があり最近では、大岩を割るくらいしかできていません。これでは、空を飛ぶ悪党や、炎を吐くドラゴンには太刀打ちできない。だからこそ、ユウリの提案は魅力的に映りました。
例え、それは行き当たりばったりの発言だとしても。
この場では、余りにも私のとって天命のごとく、聞こえました。
「そうね、そうかも」
「な、何がそうなんだ? また、揶揄おうとしても今度は引っかからないぞ」
「ええ、お願いしますね。私も一緒に王都に行くことにしました」
私の夢である
その第一歩として、精霊魔法の扱いを極めるとしましょう。
——後に、
英雄候補生と呼ばれる少女の運命はこの日定まった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます