第28話:夏休み、新曲の歌詞を考える?

 雪達の夏休みが始まって3日目。


 今日は特に何もなく、私は雪の部屋へと向かっていた。まだ先の事ではあるが、新曲の歌詞を作ってもらっているため、一応進捗を確認しに来ていた。


 ガチャッと慣れた手つきで玄関のカギを開け、扉を開いて中に入る。


 まっすぐリビングに行くと、ソファに雪が座って……いや、寝そべっていた。


 すっごいグデ~ンとしていた。それはそれでかなり可愛いのだけど………もしかして。


「雪、進捗はどうかしら」

「…………………」


 反応が無い。これはいよいよまずいかもしれない。


「………進んでないのね」

「…………………一文字も思いつかない」

「やっぱり」


 そう、雪には何度も歌詞を作ってもらったことがあるのだが、そのうち何回かは歌詞が全く思いつかず、そういう時は決まって今のようにダラしなく伸びているのだ。しかもこの状態の時って、他に何をさせてもダメダメなのよね。


(どうしたものかしら……)


 今までは雪の大好きな歌を歌う仕事が次々舞い込んできたから、ダメダメでもそれでどうにか気分転換出来ていたけれど……。


(しばらくは仕事もないし、何か気分を変えられるものは…)


 そこまで考えたところで、インターホンが鳴った。今日は誰か来る予定だったのだろうか。そう思いながら画面を見てみると、飛鳥ちゃんとみずなちゃんが映っていた。


「あら、飛鳥ちゃんにみずなちゃん。入っていいわよ」

『あれ、夕さん? お邪魔しまーす』

『お邪魔します!』


 二人はすぐにリビングまでやってくると、今の雪の状態を見てひどく心配した。


「って雪!? ちょっと、大丈夫なんですか!? 具合悪いんじゃ…」

「そうですよ! 早く病院へ…」

「あ~、落ち着いて二人とも、大丈夫だから。病気とかじゃないから」

「「へ?」」


 私は二人に事情を説明した。


「あ~、なるほど、それでこうなってるんですね」

「雪さんのこんな状態初めて見たので、つい取り乱しちゃいました」

「いいのよ、それだけこの子を心配してくれたってことだもの」

「でもそれ、どっちにしても大丈夫なんですか?」

「う~ん、あんまり良くないわね」

「………あ、そうだ! 私達でお手伝いするというのはどうですか?」

「お手伝い…というと?」

「一緒に歌詞を考えるとか!」

「あ、それありかも! 行き詰ったらみんなで気分転換すればいいし!」

「二人とも……」


 本当は別の用事があっただろうに、雪が困ってると聞いてすぐに助ける姿勢に、私は少し感動した。


「そうね、じゃあお願いしようかしら」

「「はい!」」

「ほら雪、いつまでもそうしてないで、しゃんとしなさい」

「………おぅふ」


 ひょいっと両脇を掴んできちんと座らせる。……なんだか小さな子供を相手にしている感覚だった。


「………あれ、飛鳥とみずな。何でうちに」

「いや今気づいたんかい」

「はぁ……、まったく」


 私はため息をついた。


「あなたのために一緒に歌詞を考えてくれるそうよ」

「……ん、そっか。ありがとう、二人とも」

「いいっていいって。雪のためだもの。ね、みずな」

「はい! 雪さんのために頑張りますね!」


 ほんと、いい子たちよねぇ。




「それで、どういう歌詞にするの?」

「ん、ボク自身をテーマにしたものだって」

「ざっくりだね…」

「雪さん自身ですか……ではまず、雪さんのいいところから挙げていきましょうか」

「可愛い」

「歌が上手」

「声が綺麗」

「優しい」

「色気がある」

「色白美肌」

「可愛い」

「ちょっとした仕草とかエッチな時あるよね」

「わかる! あとはあとは~」

「ん~、なんか変な方向へ向かってるから、いったん止めて。いやほんと恥ずかしいから」


 ボクは途中で止めた。この二人、放っておくと変な方向に話を進めることがあるから油断できない。あと可愛い2回あったし。


「う~ん、あげようと思えばいくらでも出てくるけど、歌詞に繋がるのかな?」

「でもこういうのがたまにガチッとハマることもあるから、やっておいた方がいいかも」

「まあ後はそこに、体験談なんかを入れるとやりやすかったりするわね」

「あ、なるほど~」

「雪の体験談っていうと、何があるの?」

「ん~そうだなぁ」


 一言体験談と言っても、何に対するっていうのがわからないと、どうしようもないと思うけど。


「まずは、ボクの何をテーマにしようかってところからかな」

「そっか、それが無いと決められないもんね」

「ん~、そうですねぇ」


 今までも何曲か自分の体験を基にした歌詞を作ったことがある。だからこそ、これ以上体験談を出せって言われても、中々出てこないのだ。


「ん~、夕さん。これっていつまでに作ればいいんですか?」

「そうね、見立てでは今月いっぱいってところかしら。ただこれから先も仕事があることを考えると、そう時間は取れないわね」

「………なるほど」

「飛鳥?」


 何か考えがあるのか、しばらく黙っていた飛鳥が口を開く。


「うん、よし! 雪、遊ぼう!」

「………へ?」

「やっぱり、何か新しいことを経験しないと、難しいと思うんだよね。だから、しばらくは色んなことをして、いっぱい引出しを作ればいいんだよ!」

「……なるほど」

「いいですね、私にも言えることですし、そうしましょう、雪さん」

「……ん、わかった。じゃあ何をするか考えようか」

「オッケー! 任せて!」

「はい!」


 そんな感じで決まった。まあ先延ばしにしたとも言えなくもないけど、飛鳥の言う通りだ。行き詰った状態で何を考えてもいい案は出てこない。けどボクの場合はちょっと意地になっちゃうとこがあるから、二人がいてくれて助かった。


「何しようかな~」

「映画、カラオケ……あ、今流行りのタピオカでしょうか」

「それもいいけど、何か刺激的なのがあればいいなぁ」

「う~ん……肝試し?」

「そういう意味合いじゃない気もするけど…」

「それに、それはみんなでやるイベントのうちに入ってますよ?」

「あ、そっか。じゃあ何だろうなぁ」


 …………………。



 この日は何をするか決めた後、結局タピオカを飲みに行って、お開きとなった。歌詞は全然完成に近づきもしなかったけど、なんだかんだで楽しい1日となった。




 私はその日、雪の夕食の準備を済ませた後、事務所に戻って社長と話をしていた。


「そうか、雪君にも苦労を掛けてしまったね」

「ですがまあ、あの子も楽しそうにやってますし、本人は苦だとは思ってないかと」

「はっはっは、そうか。楽しいなら何よりだ。………それで、例の話、どうかな」

「本人もまだ何とも。新たに夢を見つけるのか、今の夢を叶えたら辞めるのか。まだわかりません」

「そうか……。まあ彼の人生だ、好きにさせてやりたいが」

「あの話ですか?」

「ああ。彼がこれを受けてくれるかは、その夢が叶ってからの話だな」


 そう言って社長はある一枚の紙を見やる。そこにはあるタイトルが大きく表示されていた。


『World Song Fes』………世界中で選ばれた歌手が集い、最も優秀な歌手を決めるフェス。それの出場枠に、天音雪の名前が入っていた。開催は一年後だ。

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