第26話:夏休み、の話に入る前に?

 夏休み直前の写真撮影の時、ちょっとした出来事があった。それは、みずながボクを名前で呼ぶきっかけとなったことだ。



「はい! オッケーです! 休憩入りまーす!」

「…ふぅ。疲れました~」

「はは、お疲れ様」


 一旦撮影が終了し、スタッフ達は撮った写真の確認作業に入っている。……なんか、やたらと撮り過ぎていたような気がするけど。


 ひとまず、ボクとみずなは休憩室へと入り、ゆっくり休むことにした。


「それにしても、やっぱり天音さんは凄いです。私、まだ写真とかって緊張して、うまく笑えないんですけど、天音さんは堂々としているので」

「ん~、ボクも慣れるまでは時間掛ったかな~。なにせ歌うことだけすればいいんだって、当時は思ってたからね。いきなり写真撮影あるからって言われたときは焦ったよ」

「そ、そうなんですか? 意外です…」


 当時のことはよく覚えている。


 夕にいきなりそう言われて、あれよあれよという間に撮影が始まって。何をどうしたらいいかなんてわからずにいたっけ。


「でもみずなだって、なんだかんだちゃんと出来てたし、すぐに慣れると思うよ」

「そうでしょうか…。いえ! そうなるように、頑張ります!」


 強く意気込むみずなを見て、まあ大丈夫かなと判断した。


 しばらくして、休憩室に夕と忍も入ってきた。


「お疲れ様、雪、みずなちゃん」

「お疲れ様です、二人とも」

「お疲れ~」

「お疲れ様です!」


 二人はテーブルを挟んでボク達の正面に座る。コップにお茶を注いで飲むと一息つく。


「っはぁ~。まったく、あのハゲオヤジときたら…」

「…何かあったの?」


 明らかに不機嫌な夕に尋ねてみる。


「さっき二人を撮ったカメラマンいるでしょう? あの人、やたらと枚数撮ってたから変に思って問い詰めてみたの。そしたらまんまと自分用の写真数枚撮ってたのよ! 普通に犯罪だっての!」

「ま、まあまあ、落ち着いてください。その件に関しては解決したじゃないですか。あとで二人にも謝りに来るって言ってましたし」


 …ああ、それで違和感覚えたんだ。なんだか久しぶりに見たな、そういう人。


 そう思っていると、みずなは少し顔を青くしていた。


「そ、それって盗撮ってことですか? 怖いですね」

「ええ、こういうことが稀にあるから、私達マネージャーも気を付けながら見ているのよ」

「私もいつもそうしているから、不安かもしれないけど、大丈夫だからね」


 忍は安心させるために、みずなにそう言って聞かせた。みずなも不安は残っているだろうけど、頷いて見せた。


「雪に関しては、言わずもがなよね」

「ん、モーマンタイ」


 グッと親指を立てて問題ないことを伝える。みずなはそんなボクを見て疑問に思ったのか、どうしてですか? と聞いてきた。


「夕が何とかしてくれるもの。それに、ボクも気づいてたから、夕がいなくてもどうにかなってただろうし」

「……ふぇ~。信頼しきってるんですね」

「ずっと一緒にやってきたパートナーだもの。信頼も信用もしているよ」

「ふふっ、ありがとう、雪」

「ん、どいたま」


 ボクと夕のやり取りを見て、みずなは呟く。


「…私達も、あんな風になるでしょうか」

「時間は掛かるかもしれないけれど、私はなりたいと思う。だからみずな、頑張りましょうね」

「あ…、はい!」



 その後、先ほどのカメラマンと撮影監督が一緒に来て、ボク達に頭を下げた。夕は顔を見た瞬間また鬼の形相をしたけど、ボクとみずながもうしないことを条件に許すと言ったら、どうにか収めてくれた。


 仕事も無事に終わり、帰るだけとなったのだが、せっかくこうして一緒の仕事をしたのだからと、夕食を食べに行くことになった。



「はぁ〜……、美味しかったです」

「ふふっ、なら良かったわ」

「ごちそうさま」

「ご馳走様です」


 夕食も食べ終わり、ボク達は少し話をすることに。


「そういえば天音さんって、すっごく高級なマンションの最上階に住んでるって聞いたんですけど、ほんとですか?」

「……えっと、その通りだけど、飛鳥に聞いたのかな」

「はい、私今、飛鳥ちゃんと対立してるんですけど、情報は常に交換してフェアに行こうってことになってて」

「た、対立? え、どういうこと?」

「えへへ、それについては秘密です。……それにしても凄いですね。やっぱり歌姫ともなると住む家のレベルが違うというか」

「んー、正直ボクが住みたいと思って買った訳じゃないけどね」

「へ? そうなんですか?」

「ああそれ、私がそこにしなさいって言って、事務所でその一室だけ買わせてもらったのよ。セキュリティがしっかりしているから」

「あ、そうだったんですね。……ちなみにお一人で?」

「うん、そうだよ。と言っても、頻繁に夕が監視に来たりとか、食事の準備してくれたりとかで、実質二人で暮らしてるようなものだけど」

「それはあなたが、放っておくとすぐ適当に済ませてしまうからでしょ」

「テヘッ」


 ぺチッとデコピンされた。


「……あの、ちなみにご両親は」

「いないよ、2年前に亡くなったの。だから夕はマネージャー兼保護者ってわけ」

「あ……、すみません、軽率でした」

「ふふっ、気にしなくてもいいよ。もうそこまで暗い感情は無いもの」

「あら、得意げに言ってるけど、それはのお陰でしょう」

「あはは、まあそうだけど」

「………むっ」


 みずながそれが誰なのか瞬時に悟ったからなのかはわからないが、急に膨れっ面をしたかと思うと。


「あの! 天音さん、一つお願いがあるんですけど」

「お願い? 何かな」

「こ、これから天音さんのこと、“雪さん”て呼んでもいいですか」

「うん? うん、別に構わないよ」

「あ、ありがとうございます! 雪さん!」


 みずなは嬉しそうに何度も「雪さん」と呟いている。そんなに連呼されると少し恥ずかしいけど、なんだか見ていて微笑ましい。


「あら、よかったわね、“雪さん”?」

「……からかわないでくれる」

「ふふっ、ごめんなさいね。それにしても……」


 夕は未だに呟いているみずなを見て、ポツリと言った。


「ほんと、モテるわよねぇ。雪は」

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