100日小説100本ノック

七田つぐみ

100日小説100本ノック

01_1日目〜10日目

お題『人間に興味を持てないなら人間に興味を持てない自分を書け』_ 『三本の樹』


『三本の樹』


 人に根を張られるのが嫌だった。小さい頃犬が死んだ時、彼の根に心のやわこい部分をごっそりと持って行かれたからだ。何かを喪ったことのないその時の自分には、まさか根にぶら下がる土のように、自分のこころが持って行かれてしまうなんて思いもよらなかったのだ。

 犬とふれあえば犬が根を張り、人とふれあえば人が根を張る。もっていかれた心は、遺灰と一緒に墓の中にある。犬の墓を参るたびに、犬を偲んでいるのか、もっていかれた自分のこころを惜しんでいるのかわからなくなる。


「私は樹木葬や、散骨がいいな」


 ある時から母がそう言い始めた。

 私はそれから、母の死がひどく怖い。身内は私の心に深く、太い根を張り巡らしている。その樹木が抜かれる時、私はどれだけの私のこころを喪うだろう。 

 そして母を木に、海にまいたら、どれだけの回数母を、自分のこころを惜しむだろうか。

 私は、自分のこころに生えた三本の樹木がいずれ朽ち果て抜かれる日を恐れている。



 小学生になる頃、祖母が死んだ。祖母の根は細く、私のこころのちいさい部分しか持っていかなかった。

 心底安堵した。根を張らせなければ、やはりこころを喪うことはないのだ。祖母は私のこころという土壌では、樹木ではなく草のようなものだったのだ。


「さ、お別れしなさい」


 そう言って母が背中を押す。嫌だった。喋らない、物を食うこともできない、私にとって草のような存在を見てなんになるのか。

 けれどもそれは口に出せずに、押されるままお棺をのぞき込んだ。防腐処理がされているのか、それともアクリル板ごしだからか、予想していた死臭はしなかった。

 

 ぞっとした。


 祖母は物になってしまっていた。頭の中で記憶としてある祖母の顔は、へたくそな笑い顔だ。それがゆっくりと、白いわずかに口を開けたお棺の中の顔に塗り替えられていく。いずれ私もこうなる。母もこうなる。父も、弟も。人は死んだら物になるのだ。

 祖母はぼけていた。彼女に張っていた根は、戦争でごっそりと抜けてしまっていた。そのせいか会話もなりたたなかった。心をもっていかれ、喪い、物になった。

 その時、張られたくない。そう再び強く思った。

 誰にも根を張らせたくない。幼いころ気づかず生やしてしまった三本の樹木をこころに抱えたまま物になりたい。

 私はその日から、身内の長生きを祈っている。

 私が私のこころを抱えたまま物になれるように。


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