第50話 ふしぎな農夫と少女

「そして彼女がその力の中にひとりの男をとらえるとき、彼を魅了しその愛を獲ようとする渇望(彼の愛そのものの為ではなく、彼が示す讃美を通じて彼女が自身の美しさを新たに意識するためのね)は彼女をたいそう愛らしく見せるだろうさ―自己破壊的なものではあるけれど…なぜってその美しさは常に彼女を内側から磨り減らしてゆくから、終には腐食が彼女の容貌に、躰の全面に達するまでね。そのとき美しい仮面のすべては墜ちて粉々に砕け散り、彼女は永久に消滅するだろう。……ハンノキの娘が数年前に会ったある賢い男がいて、彼はあたしにそう言ったのさ。あたしが思うに、彼の持つそのあらゆる知恵をもってしても彼はお前と同じ恐怖に直面したんだ。そして彼は今のお前のようにその次の晩をここで過ごして、彼のした冒険について詳しくあたしに教えてくれたよ」

僕は彼女の解明に厚く礼を述べた。その解明はたしかに部分的なものではあったけれど、僕は彼女が、僕が森に入って最初に出会ったあの女主人と同じように、外見の様子よりもその心の中にきわめて優れた資質を持っているのを不思議に思った。ここで彼女は僕を休ませるため席を外した。実際には、僕はあまりに気が高ぶっていたため、ただ動かないという以外、休息の摂りようがないありさまだっただけれども。

30分後、僕は重い足音が近づいて、家に入るのを聞いた。愉しげな声が―あまりに笑いすぎてかすかに掠れた―響きわたった。「ベツィー、豚の飼い葉桶がからっぽだよ! かわいそうだろ、娘さんや、たんと食わせてやんなきゃ、あいつらは太る以外に能がないんだから、ハ! ハ! ハ! 貪欲はあいつらの戒律では禁じられていないんだから、ハ! ハ! ハ!」親切で愉しげなその声は、すべて新しい場所が纏っている奇妙なよそよそしさを剥ぎ取り、幻想の王国にかけられた魔法を解いて現実に引き戻すかのようだった。僕はまるで20年間ずっと、この家の隅々まで見知っているみたいに思い始めた。そしてそのすぐ後に奥方が現れて、僕に早めの夕食をふるまってくれた。彼の巨きな手の握り、実りの月のようにやさしいまん丸とした顔は、その下にある丸い地球を照らし出すのに必要なものだったのだ。それらは顕著な反応を僕に生じさせた。しばらくの間、僕は妖精界があると殆ど信じられなくなった。僕が家を出て以降通り過ぎていったものすべてが病んだ想像力の産んだ泡沫の夢であり、それがあまりに移ろい易い身体に働きかけて、僕を実際に旅させただけでなく、僕の現実に足跡を残した地域を通した曖昧なまぼろしたちを寄せ集めだけだったのだ、と。しかし次の瞬間、僕の視線は煙突のある隅っこに座り込んでいる小さな女の子へと向かった。彼女は膝の上に小さな本を広げていたが、ちょうど本から目を上げて、まちがいなく、その大きな探求に満ちたまなざしで僕を凝視した。すると、僕は妖精界をふたたび信じ始めたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る