第17話 悪魔の呼び鈴
カイムは自身の使い魔にルミナを乗せ、手綱をにぎった。使い魔は全身黒い毛に覆われグリフォン様な姿をしており、翼を広げは炎を纏い高速で飛翔している。周りの景色は目まぐるしく変化していた。
しばらく飛翔し、外界の街の入口へと降り立った。
「サンキュー。色々世話になった。」
ルミナは、キビキビグリフォンから降りた。
「あと、1泊していてもいいのだがー?」
カイムはグリフォンに餌付けをしながら彼の頭を撫でた。
「ー断る。」
ルミナは強い口調できっぱり言い放つ。
彼から貰った衣服はボロボロで年季が入っており、所々に目立っていた。ルミナはズボンの裾を捲り上げると、溜息をついた。
彼は戦闘の時以外はつかみどころのない青年だ。昔から寡黙で何を考えてるのか分からない掴みどころのない青年であった。彼は清潔感の感じられないボサボサの髪に、ボロボロのスカーフを巻いている。普段は寝てばかりで堕落してると思いきや、薬草を育てたり農作業の様な事にも精を出したりもしていた。その薬草はある重要な事に使うらしいが、その真相を教えてはくれない。
「ーだったら、お前にあの話受けてほしいんだ。お前の力が必要なんだよ。」
組織を潰すならなるべく強力な仲間が必要である。カイムの魔力でなら十分に事足りるであろう。それに組織を潰せば、彼らの大量に持っている魔王石が大量に手に入り、彼の身体を元のダークネスの身体に戻せるかもしれない。
「…駄目だ。今の俺だと力が足りないんだ・・・」
「何でだー?お前だって美味しい話じゃないのか?元に戻れるんだぞ?」
「この身体は、ガタが出てるんだ。魔力が強いほど脆くなる。」
彼のその言葉でルミナはハッとした。
「ーあの時、アリエルと対峙した時だなー?」
自分のせいで彼もまた不幸になってしまう・・・。そうなら、早くここを去らないと・・・。
「・・・いや、どっちみち同じことだ。」
カイムはルミナの気持ちを察したのか、
「ーごめん。世話になったな、お前とはコレでサヨナラだ。」
自分のせいで彼がそうなったのなら、もうこれ以上彼とは関わらない方がいいのかもしれない。ルミナは歯がゆさともどかしさをひたすら隠しながら、毅然とした表情で歩く足を速めた。
「俺を利用する為に会いに来たのか?」
カイムが急に早口になった。
「まさか…」
「さっぱりだな。お前の考えてる事は意味がわからないね。」
カイムは視線を下にやると、煙草に火を点けた。
「それはお前の方だろ?もう会えないと思ってたんだそ!死んだフリしやがって!今まで何してたんだよ!?」
ルミナは口調を強め、矢継ぎ早に話した。そして、ハットし俯いた。
「…その間、人間の男と仲良くしてたんだから、別にいいだろ?こっちが大事な仕事をしてる間にな。」
カイムの眼が一瞬吊り上がったかのように見えた。彼の表情から、怒りと困惑と悲しみが入り混じった複雑な感情模様が表れていた。
「ーは?私の都合なんて、お前に関係ないだろう。」
ルミナは冷たく言い放った。
それからしばらく、気まずい沈黙が流れた。
二人は無言のまま、路線電車の駅の入り口まで歩いた。
「色々、ありがとう。もうここで結構だよ。」
ルミナはぶっきらぼうにそう言うと、切符を購入し、乗車した。
組織殲滅の件で、カイムに協力してほしかったが、彼が拒否しているのならそれ以上一緒にいる理由はないと感じたのだ。胸の奥から何か重くて霧がかったもやまやしたものがあふれてきた感じがした。しかし、彼は自分といると彼は不幸になってしまうだろう。これでいいのだと、自分に言い聞かせた。歩く足が次第に速くなっていった。ルミナは路線電車に乗った。
あかね雲の下、夕日に照らされたカイムは、じっと視線をこちらに向けていた。その瞳はとても不安定に小刻みに揺れているのだった。電車が発車した後も、彼はそのまま立ち尽くしているのだった。
ルミナは帰る時間を調節し、夜の11時頃に屋敷に戻った。仲間がみんな自室に戻った頃だ。誰も出ては来ない。ルミナはそろそろと扉を開けると、慎重に扉を閉めた。カイムから貰った薬草は不思議な力があり、自分の魔力を抑えることができるらしい。薬草入りの紅茶を飲んだおかげだ。
ルミナは、足音立てずにそっと自分に部屋に向かう。途中で、サラとすれ違った。サラは他の仲間と違って魔力を読み取る力が強い。ほんのわずかなオーラでも逃すことはない。
「行くのー?」
「ああ。私はもう、ここには居れないからな。こうなる前にとっくに去ってれば良かったよ。」
そう言うと、ルミナは速足で自室に向かう。
自分の覚醒の事が知られたら、仲間に勘付かれて大惨事になるだろう。また、いつ敵対するか、分からない。
「ルミナーごめん…。何もしてあげられなくて。」
サラは、下唇をきつく噛み締め、しおれた植物の様に項垂れていた。
「気にするなよ。お前は、しばらくそこで寝てろ。まだ、病み上がりだろ。」
「何処行くの?」
「ー何処でもいいだろ。」
「私も行く。」
「ー駄目だ。今のお前は足手まといなんだよ。」
「ールミナー。」
「何だよ?」
ルミナはスーツケースに自身の衣類や書物を詰め込み、蓋を締めた。
「ルミナ、私の事信じてる?あのダークネスよりー」
「何だよ?今更ー」
ルミナは、眉をひそめて上着を羽織った。
「ーごめん。ただ、ちょっと気になっただけ。私たち、仲間だよね。」
サラは軽く俯いた。
「奴は過去に、人や同胞を殺めたんだ。それに私もいつ力が暴走するか分からない。」
「また、戻ってくる?」
「ああ。いつかな。」
そう言うと、ルミナは自室に入ると、トランクに私物を纏めた。
ルミナは建物を出てタクシーに乗り、市街地を走らせた。そして、タクシーは鬱蒼とした森の中をひたすら走っていた。しばらくして広場に辿り着くと、目の前には古びた洋館がひっそりと建っていた。腕時計を見ると、時刻は11時半を回っていた。
「ーようやくついたか。」
中に入り受付につき、ベルを鳴らすと、色白の女の人が顔を出してきた。
「よくお越しくださいました。」
色白の女の人は、微笑むとルミナを中に招き入れた。
ルミナは部屋を案内され中に入ると、ベッドで横になった。
灯りを消すとそのまま深い眠りについた。
フロントでは、タクシーのドライバーと受付の女が、何やら企んでいるのだった。
「フフフ。うまくいきましたね。彼女、アルファー、いやダークネスのハーフだろ?我々の正体も知らずに、まんまとフフフー。」
タクシーのドライバーは、帽子を外すと髪をひたすら掻きむしった。
「いやー。まだ序盤だろう?うまくおびき寄せても魔王石が手に入るか、分からないだろうさ。」
受付の女は気だるげにパイプを吸いながら、新聞を眺める。彼女の吐き出した煙から、無数の人型のドールが出現した。ベルボーイ姿のドールは1列に整列すると、ルミナのいる部屋へと行進しながら向かった。
「あんた達、分かってんだろうね?あの娘を覚醒させるんだよ!」
ルミナは焦げ臭い臭いで目を覚ました。ドアの隙間から煙が入り込んでいる。その煙は、10体のベルボーイへと、姿を変えたのだった。
ルミナは飛び起き、窓側へ後ずさりをした。ベルボーイはルミナを取り囲むと、そのまま1つの塊になり、彼女を覆い尽くした。ルミナはむせると、窓を開けた。
「ーコイツら、ドールだな・・・。」
ルミナは、鼻を摘み上着のポケットからカイムから貰った薬草を取り出すと、パタパタ扇いだ。煙が一瞬怯んだすきに、ルミナ自身のオーラを集中させ、フィールドを張り巡らせた。ドールは一瞬、動きを停止させた。ルミナはそのすきに部屋を出て、ドールの主の元へ向かった。
ドールの動きを停止させた時、目眩を覚えた。頭が重い酷くガンガン痛む。どうやら相当の体力を使ったようだ。ルミナは足をふらつかせながら階段を下ると、ガブガブ何かを喰い散らかす音が聞こえてきた。果物か野菜を食べているのだろうかー?シャリシャリムシャムシャ音が聞こえてきた。ルミナは柱の影に隠れ、その音の主を見ようとしたー。
こっそり柱から伺うと、受付の女が人をむしゃむしゃ食べていた。女の周りには頭蓋骨のやら骨の山が無数に広がっていた。辺り一面、血が滴り落ちているのだった。女の下半身は蛇の様な形状をしており、くねくね螺旋を描いているのだった。
ルミナは再び強い目眩を覚え、階段を踏み外し前のめりに転倒したのだった。
女はゆっくりと後ろを振り返ると、口裂け女の様に口をぱっくり開けたのだった。
「見、た、なー」
女の口から下がちょろちょろ出ている。まるで蛇の様だ。女は軽く口から火を吐き出すと、顔がぱっくり割れ、全身に鱗のようなものがブツブツわきでてきたのだった。そして身体はふくれ上がり全長10メートル程の大蛇に姿を変えた。ホテルの天井はガタガタ崩れ、頭は2階まで突き抜けた。
「コイツ・・・人間じゃなかったのかよ!?」
ルミナは、体勢を立て直すと、大太刀をかまえたのだった。
受付の女からは魔力は一切感じられなかった。もしかしたら、自分はうまくハメられてきたという事なのだろうかー?ホテルを見つけ予約を入れた時から、始まっていた事なのだろうかー?だったら、タクシーのドライバーもグルだということになる。
「さあ、死ね、死ねー!!!」
大蛇は炎を吐き出すと、ルミナに襲いかかった。ルミナは親呼吸をすると、大太刀を構えた右腕に竜巻状の渦を纏った。そして刃の先端にドリル状の突風を纏った。風を纏った刃は彗星のようなスピードで青いオーラを纏いながら超高速で回転し、大蛇の頭部に切れ込みを容れた。大蛇の頭はバックリと裂け、ルミナはそのまま胴体を斬り刻んだ。そして柱や天井は模型の様にガタガタ崩れ落ちた。
「ーフー。思ったより大したことないのかー?」
ルミナは大太刀を構え、沈思黙考しながら、バラバラになった大蛇の身体を眺めていた。
すると、右腕にズキズキと痺れる程の激痛を感じた。
「フフフ。これぞ、我が結晶!」
バラバラになった肉片が集まったかと思うと、逆再生したかのように再び大蛇に姿を戻したのだった。
すると、ルミナにやに右腕から煙が湧き出てきた。ルミナは痛みをひたすら抑えて、歯を食いしばる。
ーこいつは本当の魔力を隠していたのかー?この痛みは、毒かー?
右腕に焼ける様な痛みを感じた。だとしたら、いつ触れたのだろうかー?もしかして、スキルを使った時、間接的に毒に触れたのだろうかー?
大蛇は舌を小刻みにちょろちょろ揺らすと揺らすと、口からガスを吐き出した。
硫黄の様な独特な異臭が辺りを充満し、ルミナは鼻を塞いだ。
すると、暗がりの向こうから15、16位の少女が姿を現した。アルファだろうかー?
「こっち、こっち!」
振り返ると、大蛇は動きを停止していた。時間が止まったかのような不思議な感覚であった。
「ああ、助かったよ。お前ー、アルファか?」
「ええ。あたし、リータよ。さっき片付けてきた仕事があって、そしてたまたま通りかかったのよ。彼女、しばらく停止してるわ。あと15分は持つだろうから、今のうちに逃げよう。」
そう言うと、リータはルミナの右腕を引っ張った。すると痛みがあっさりとなくなっていたのだ。
「ーそうだが・・・その後どうするんだよ?考えてんだろうな?」
ルミナは重い足どりでリータに引っ張られていく。
「人間なんて、どうでもいいじゃないの。生きようが死のうがあたしの知ったこっちゃないわよ。」
リータは笑いながら、ズカズカ歩くとホテルの外へと出た。
「お前ー、自分の言ってる事が分かってるのか?お前、仕事で来たんだろ?人間が沢山死ぬと、組織に目をつけられられるんだぞ?ダークネスじゃないかって・・・」
ルミナは矢継ぎ早に話した。
「あら、あなた、組織が怖いの?あんな奴等、敵じゃないわ。」
リータは無邪気なままだった。
「・・・組織の奴等はダークネスかも知れないんだぞ。」
「そうかもしれないわね。」
リータは淡々としている。彼女には、独特な雰囲気がある。しかも、恐怖心が全く感じられない。まるで悪戯した後の無邪気な子供のようである。天真爛漫でどことなくミステリアスな雰囲気を漂わせていた。
「大丈夫よ。ちゃんと片付いた筈だから。」
リータは微笑んだ。
「ーどういう事だー?」
振り返ってみると、大蛇は石像と化し雪崩のように崩れ落ちた。いつの間に倒したのだろうかー?その場から逃げ、話をしている間にー。
「ー内側から破壊したのか?」
恐らく大蛇の体内には猛毒がある。外側から攻撃するには分厚い皮膚を突き破らないといけない上に毒に触れる恐れがある為、リスクが強い。内側から術を使ったとしか考えられなかった。
予め敵と接触している必要がある。まず、敵の身体の構造を熟知しないといけないのだ。
「ええ。そうよ。」
リータは無邪気に話す。
「お前、何処の所属だ?」
ルミナは恐る恐る半歩後ずさりをした。
「何それ?関係あるの?」
リータは笑い、栗色の髪をくるくる回した。
「あなた、これから暇ー?いい話があるの。」
「どんな話だー?」
「魔王石の事よー。組織からその石を奪い返して、彼を元のダークネスに戻してあげるわ。そして、組織を殲滅してあげる。」
「ーお前、何でそれをー?」
「あら。私、あなたの事なら何でも知ってるわ。なんなら、昔の事もねー。」
リータはあどけない笑みを浮かべた。
「ー」
「大丈夫よ。私は組織からとっくの昔に離反した身だもの。さ、もう遅いから、ここをでましょう。」
そう言うと、リータはルミナにトランクを手渡した。
「ーああ。ありがとう。お前ー、いつの間にー?」
ルミナの瞳孔は小さくなった。
二人でしばらく森の中を歩くと、そこには木の枝に突き刺さった人の遺体があった。ータクシードライバーが触手を生やしながら息絶えていたのだった。
「ーこいつもお前がやったのかー?」
ルミナは10メートル程高い所にぶら下がっているドライバーの遺体をまじまじと眺めた。
「ーええ。そうよ。」
ルミナはリータの無邪気な笑顔からゾクゾクした禍々しいオーラを感じてしまったのだった。そのオーラは、重く強くルミナを包み込んできたのだった。
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