第15話 ダークネス ③
アルマ・ドレイスは、ごく普通の中流家庭にうまれた。両親は資産家であり、金には全く困った事が無かった。
執事やメイドが身の回りの世話をしてくれる為、屋敷で、何一つ欠けることのない優雅で自由で満ち足りた生活をしていた。
毎週、ダンスのレッスンやお稽古事をやり、家庭教師をつけて、古典や数学、世界史などの学問を学んだ。そして、毎月豪華な社交パーティーに参加し、年に四回ほど遠く離れた山奥の別荘迄泊まりに行ったりもしたものだ。
そんなアルマにも心を奪われた人がいる。
その人は、長身で見た目は中性的な雰囲気を醸し出している、息を飲む程呑むほどの美貌を持った少女である。しなやかなブロンドの髪を後ろに編んでおり、碧眼に煌びやかな雰囲気を持って醸し出していた。すべての穢れを洗い流してくれるような天使のような見た目の人でもあった。
しかし、母親やメイドは、穢らわしいアルファだから近づかない様にと、口を酸っぱくして何度も言い聞かされていたー。
それは、別荘に遊びに来ていた時の事であるー。自分の親友が異形の化け物に食い殺され、ずっとその化け物が成り代わってショックだった時、命と心を救われたのだ。その美少女は、長さ1メートル程の鉛のように重たそうな大太刀を振るい、全長5メートルもの大蛇のような姿の獰猛な化け物の首を容易く切り落とした時は、アルマは彼女にときめきの様なものを覚えた。それは恋かどうかは分からなかった。今まで同性を好きになった言葉無かったものであり、自分にとってありえないものであった。しかし、アルマは彼女を見る度に心臓の鼓動が滝のように早く脈打った。
その美少女は別荘の近くの宿に1ヶ月程滞在していた。彼女と少し話をしたが、名前は『ルミナ・リンクス』で、ただのしがない戦士だと言う事だった。彼女はあまり自分の事は話さない印象がした。何処か透明の膜でバリアして自分を守っているかのようであった。彼女の目は、いつも鋭く何処か遠くを見ている感じであった。アルマは毎日美少女のいる部屋を覗いては、溜息を漏らしていた。
出張から帰った、そんなそんなんある時の事である。アルマはその美少女に会えなく毎日が憂鬱でしかたがなかった。しばらくして、庭でぼんやりと水を与えていた所であろうかー?
1人の少年が、ふと遠くからこちらを眺めているのが見えた。
歳は自分と同じ位だろうかー?中性的な風貌に唾付きの帽子をしている。上品なベストに紅い蝶ネクタイを付けている。身なりはかっちりした上流帰属といった感じである。
何処から来た子だろうかー?、この辺りに家なんて全くない上に、彼の親や馬車も何処にも見当たらなかった。
それからほぼ毎日、その人少年を見かけるのだ。しかも、いつも同じ格好をしており、汚れも一切付いてはなかった。
2週間程経った頃、アルマはとうとう意を決して少年に自ら超えをかけてみた。
「あなた、何処に住んでるのー?」
「何処にも住んでないよ。」
少年は首を竦めた。
「何処にもー?」
アルマは少年の言っている意味が分からないでいた。もしかして、旅芸人かあるいは乞食だろうかー?上質な服装からして貴族の人間だとばかり思っていたのだがー。森の中をねぐらにして暮らしているのだろうか?
「僕の住んでるところはこの世界じゃないって事さー。」
少年は、随分と大人びた雰囲気を醸し出している。おどおどした風でも、びっくりした風でもなく、寧ろ堂々としており、こちらが萎縮してしまう位である。
「それ、どういう意味ー?」
アルマは頭が混乱してきた。
「ここから2時の方角をひたすら歩いた先に古びた大木があって、そのあたりに僕は居るから。暇な時にその木の下に来て待っていてよ。大体、この時間帯に僕はそこにいるからさ。」
少年は気さくに淡々と話した。
「ねぇ、あなたは一体何者で、何処から来たの?」
「さあね。ただ1つ言える事は、僕が君達人間とは違う次元に立っているって言う事さー。ご覧のとおり、ほら。」
少年はいつの間にか消えたかと思うと、アルマのすぐ後ろに瞬間移動をしていた。
「何それ?羨ましい?私も、どうしたら貴方のようになれるの?」
アルマはワクワクした好奇心の様なものが湧いてきた。今までの退廃的な日常から抜け出したいと、思ったのだ。
「僕は人間じゃないから、君の気持ちはあまりよく理解できないんだ。でも僕は、君の苦しみを解決出来るんだよ。」
少年は一瞬、不気味に微笑んだ様に見えた。
「さあ。僕の手を握ってごらん。」
少年はアルマに右手を差し出した。
アルマは少年の手を握った。少年のでは冷たくゴツゴツしており、何だか樹木の材質の様な感じがした。
アルマの日常はそれから劇的な物と変化した。気の遠くなる様な退屈で虚無的な1日が一変したのだ。
始めのうちは、さほど勉強しない事でも全て頭にスラスラ入っていたり見たものをそのまま覚えてしまうという、天才的なものであった。踊りをマスターし、ヴァイオリンやピアノも滑らかな旋律を奏で、教師も驚愕したものだ。
しかし、アルマの心は満たされなかった。1つ誇れる事が増えるたびに渇望したものも、徐々に大きく膨れ上がっていったのだ。
アルマは少年のいた場所に足を運んだ。
「ねぇ、何か物足りないの。なんか、他にワクワクした事がしたい。」
アルマは、子供の様に駄々をこねていた。
ーもっとワクワクをー、もっともっと・・・ー
アルマは渇望していた。もっとより強くより刺激的な物を求めるようになったのだ。
「いいけど、その代わりに支払う代償も大きくなるよ。」
少年は冷淡に低い声を出した。右目が一瞬、光ったかのように見えた。
「もう、怖いものなんかないわ。」
「後悔しないようにね。」
少年は不気味に微笑んだ。
木の芽に水を与えれば、芽はあっという間に花を咲かせ成長し、仕舞いには人の心を読めたり操作してしまう様になってしまったのである。
年月が経つにつれ、能力が次第により強大なものとなった。
ある時、ふと人間を無性に食べたくなる衝動に駆られた。人が皆、ローストチキンの様な肉の塊に見えてきたのだった。
そして気が付いた時は、家族全員を食べていた。
骨の髄までむしゃぶりついており、自身は血の海に囲まれていたのだ。
池に行き、顔についた血をひたすら綺麗に落とした。しかしそこには、異形の化け物が映っていたのだ。
口は鳥のくちばしの様ににぱっくり開いており、両腕は触手のように長く伸び、背中には翼が生えていた。
アルマは久しぶりに大木の下へと移動した。足は補足退化しており、翼を広げ、飛ぶしか無かった。
いつもの時間に大木の傍まで側までくると、少年がそこに立っていた。
「やあ。久しぶりだね。」
少年はすっかり変わり果てたアルマを見ると、微笑み軽く手を振った。
「ーどうして?私、望んでないよー!」
アルマはわなわな震えながら、必死に訴える。
「だって、君、望んでいたじゃないか?あの小鳥のように自由に空を悠々と飛び回りたい、何か不思議な力が欲しいってー。」
少年は意地悪く笑った。
ふと、そこら辺で生い茂っている無数の樹木は、何処かしら人の様な姿をしている事に気が付いた。そして、一人一人怯えていたり、恐怖で逃げているかのように感じである。
「ほら。見てよ。こんなに大きく大きく育ってー。正に生命の神秘だよね。」
少年は両腕を拡げて木々を見上げていた。そして、ふざけたように笑っていた。
「ーい、いやー!!!」
アルマは悲鳴をあげると、翼を拡げ一目散に飛び立った。
そして、それが少年と会った最後の日でもあったー。
それから気の遠くなる程の年月が経った。そして、あの美少女の事はすっかり忘れており、ひたすらち人の血肉を求め、
とある風の涼しい日であった。アルマが人間を平らげ、池に行き口をすすいでいる時、繁みの向こう側から覚えのある気配を感じた。そこには既に決別した筈の少年の姿を見た。110年ぶりだろうかー?少年は、大人しく
アルマは恐る恐るその様子を覗こうとした。彼の目の前にはあの、美少女が立っていた。この美少女は何処かで見た事があるが、なかなか思い出すことが出来ない。彼等には、どういう繋がりがあるのか定かではないが、どうもそこには重苦しい雰囲気が立ち込めているのだった。すると、その美少女はいきなり少年の首をはねた。少年の首は綺麗に弧を描きながら、空に舞った。
しかし、彼は何処か嬉しそうな顔をしていたのだった。
それからというもの、アルマの身体は全身力が入らなく、岩の塊の様に重く、力が入らないでいた。毎日がだるく、しかし生きたい気持ちと死にたい気持ちで一杯であった。自身の中には何処かで助かりたい気持はあったのかも知れないが、その解決手段が分からなく、毎日街を襲っては、他の化けものに目をつけられるという付けられるという、そんな心の休まらない日常を過ごしていた。そんなある日の事であった。アルマはいつもの様に血肉を貪り食っていた。そこに、金髪碧眼の美少女が目の前に現れた。右目は前髪で隠れている。美少女は背中の鞘から大太刀を引き抜いた。
「ーちょっと……!あなた何ー?私は……」
アルマは力を込めて羽を、大太刀を構えた美少女目掛けて無数に発射させた。
無数の羽は降り注ぐ雨の様にして、美少女目掛けて襲いかかってくる。
美少女は1ミリも微動だにせず、大太刀で弾き返した。羽の雨はアルマにUターンした。
「ー駄目だよ。お前が、どう抗っても御主人は、もう居ないのだからー。」
アルマは片翼を盾の様にして避ける。しかし、全身は益々重くなり目眩も襲ってくる。
「ーあれー?力が入らないやー」
アルマは涙ぐみ、哀しいような嬉しい様な顔をした。
そう言えば、凛々しい顔立ちにキリッとした目つき、その大太刀は、何処かであった事がある。彼女から溢れ出てくるオーラや剣の振るい方にも、既視感を感じた。
「ねえ、あなたの名前を教えてー。」
アルマの呼吸は次第に粗くなってきた。
「ルミナ・リンクスだ。」
美少女はそう言うと、表情を一切変えず、終始冷淡な眼差しを向けゆっくり歩いてくる。
「ああ……良かったー!」
アルマは涙ぐんだ。
美少女は無言で、アルマの首をはねた。
最期に見た景色は、雨の滴る空だったー。
「終わったかー?」
ルミナの背後から、メリッサが車から降りて歩いてきた。
「ーああ…何か、後味罪悪だったぜ。」
ルミナは重苦しく溜息をついた。
「珍しいな。お前がアストリアンに同情するなんて…」
メリッサは驚いた様な顔をして、ルミナの顔を覗き込んだ。
「何と言うか、私はこういうのが苦手なんだよ。騙されたかだとか利用されたらだとかさ…」
「まあ、お前の気持ちは分かるよ。あのダークネスの少年だって、元は主人に飼い慣らされた番犬みたいなモンだよ。要は使い捨ての駒さ。死んだらそれで役目終わりなんだよ……」
「大方、あの少年はアルファに長年の恨みを募らせていたんだろうなー。だから、彼は思春期位の年齢の少女を見るとー、衝動的に殺意を感じたんだな。そこで彼女等を意のままにしてやろうと、言う魂胆だったのだろうー。当たりか?」
ルミナはライターを取り出すと、タバコを咥えて火を灯した。
「まあ、大体はそういう理由だろうなー。たがら、あのダークネスはもう何処かで助けを求めていたんだろうな。だから、お前に殺られる事を選んだんだ。」
「しかし、おかしな話だぜ。何で、恨んでいたアルファにー。」
「それは、お前がハーフだからだろうな。」
「ああ。私が同胞だと勘違いした訳かー?」
ルミナは煙を吐き出すと、めんどくさそうに頭をかいた。
「それは一理あるな。」
空はすっかり暗くなり、雨も次第に強さを増していったー。
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