第10話  その瞳に映る魔物

某都南東13区ー。そこの繁華街で、季節外れで場にそぐわない風貌の軍団が闊歩していた。春だというのに、先の痛んだブカブカの帽子にぶ厚いマフラー、古ぼけたローブを身につけていた。全身魔女の様なカカシのような格好をしたその集団は、規則正しく行進しており、あどけな雰囲気を醸し出している少女達であった。しかし、その他には人が誰もいなく、その仮装をした少女達の集団の足音だけがこだましていた。しかも、少女達は互いに顔を合わせる事もなく、会話すらなく軽く笑みを浮かべて前を向いていただけである。その光景は、死後の世界さながらの不気味さがあった。


 そして、建物の中から、少女2人組が買い物袋を手にぶら下げ、談笑しながら出てきた。

「あら、可愛いらしい女の子ー。」

「何かの仮装かしらね?」

彼女達は、ざわめきたち、その異様な光景をマジマジと眺めていた。


すると、1番近くに通りかかった2人の少女は、形相を変え身体を2回り巨大化させると、目を丸くぎらつかせ、歯を剥き出しにして2人を襲った。

「キャー」

ドールは歯をギザギザにさせ、2人を丸呑みにあしようとしている。口から唐草色の炎を吐き出している。さっきまでの愛くるしい仮装をした少女の姿とは、180度違っているのだった。まるで、一瞬で純新無垢な天使が、凶暴な悪魔になったかのようである。

すると、2人の少女は頭部から胴体まで血を撒き散らしながら真っ二つにぱっくり裂けた。ぱっくり裂けた少女の隙間から、ルミナとサラが姿を現した。

「ーなに、ぼーっとしてるんだ!?コレは仮装パーティーなんかじゃないぜ。コイツらはドールだ。食われたくなきゃ早く逃げろ!」

ルミナは指指ししながら2人を誘導した。誘導した先には、仲間のアルファが2人、車の前で待機している。少女達はルミナに促され、車の方までダッシュするとそこに乗り込んだ。



「おかしいわ。どうも、ドールの数が異常に多いー。それに、統制も取れているし、妖気も感じないわねー。」

サラは狂気と化した天使の様を訝しそうに眺め、ダマスカスナイフで切り刻む。

「ああ。しかし、そいつらの主人アストリアン何処にもいないね。」

ルミナは大太刀とで本性を現した集団を切り込んでいった。

「ーそうね。」

「早く片そうぜ。」

ドールは歯を剥き出しにし、舌をベロベロしている。舌の先からだ液が漏れ、地面のレンガが湯気を出して溶けだしている。その様を目の当たりに、2人はハッとする。

「ーサラ、コレは猛毒だ。こりゃぁ、相当やばいぞ。」

「そうね。変な臭いもするし、時間の問題ね。」

すると、ルミナは何処かしら既視感デジャブを覚え、ビクリと一瞬動きを緩めた。

ー猛毒ー?この焦げ臭い臭いはー。しかも、この唐草色の炎はー。


そして、ードクンーと、ルミナの心臓が鼓動した。

ーコイツらの主は、クロスだ!ー

それはルミナが見習いからようやく独り立ちした時の事が、フラッシュバックのように鮮明に蘇った。最後に見た仲間達は、残酷な異形の姿へと変わり果てていたー。無残にもドールにされた仲間達の姿ー。人だった者が禍々しい異形の化け物に変貌した事ー。そして彼女達は理性も記憶も失い、人々を食い殺し町中を蹂躙じゅうりんしつくしたのだった。そして、親友のルチアは、ドールになる前に自ら命を断った。混沌とした赤黒い地獄絵図の中にルミナはいた。

「ルミナー?」

サラがハッとして呼び止めるが、ルミナは精気を失ない、屍の様にゆらゆら揺れていた。

そして、彼女はスキルを発動した。ルミナは大太刀を構え、深く息を吸いこんだ。すると大太刀を覆い尽くすかのように風が巨大なドリルの様に束状になり、包み込んだ。

 そして、獲物を狩る狼のような冷徹な眼差しで、全長2メートルのドールの軍団目掛けて大太刀を振るった。風の起動は荒波の様に強く激しくうねりながら、地面をはね、ドールの軍団に命中した。すると、ドールの鋼鉄のように硬い身体がぱっくりと真っ二つに割れた。ドールは悲鳴をあげると、赤黒い血を巻き散らしながら、粉々になった。仲間のドールが口をぱっくり開けながらルミナを襲撃してくる。しかし、彼女は秒速で避けながら、軍団を蹴散らしていく。彼女は、ドリル状の大太刀を構えると、彗星のような素早さで次々とドールの軍団を斬りこんでいった。彼女の周囲はハリケーン並みの強さの風が吹き荒れていた。そしてその眼は眼は悪魔にとりつかれた様であった。衝撃で地面に30センチ、深く10メートル程の長い亀裂が入り、半径60メートルの四方の建物の硝子は粉々に損壊されていた。サラは、驚愕し、動きを止めた。最早、彼女の出る幕はなかったー。

 その強烈な力《スキル》ー、『空の風波』《スカイ・ノウ゛ァ》は、とてつもない殺傷能力を有しており、ドール30体は楽に殺す事ができ、並のアストリアンと互角にやり合える。しかし、これはルミナが感情が高ぶる時に発動するスキルの為、使用した後に強い倦怠感や、眠気に襲われる事があるのである。


 ルミナは冷徹な狼と豹変し、しばらく全ての力を弄ぶ《弄ぶ》んだ。そして、全てのドールが塵と化すと、ルミナはがくんと膝を地面につけて、ひたすら空を見上げていた。


 すると、一体のドールが後方からルミナの頭部を狙い口をぱっくり開け、歯をギザギザにしてくらい尽くそうとしていた。

「危ない!」

サラは、慌てて大蛇の様なサイズと形状をした、茨の様なつたを出現させると、ドールを縛り上げ緑の炎を出現させた。縛り上げたツタはギザギザが強く大きくなり、みるみる伸び、蚕の繭の様になった。彼女のスキルー、『茨姫』は、対象の感覚を麻痺させ、動きを停止させる能力がある。棘の内部には猛毒が仕込まれている。

内部からドールの「ギャー」と言う悲鳴が響き渡る。ドールは、硫黄のようなガスを撒き散らし、塵と化した。


「ー危なかったわよ。」

サラは溜息を着くと、ルミナを諌めた。

「ー危なかったー?私がかー?」

ルミナはサラを振り返る事無くただ、呆然としたままであったー。






その日の、午後ー、ルミナとサラは仲間の墓の前にいた。1人1人の墓に水をかけ、花を置き、手を合わせている。そこにはかつて共に戦った友人達も沢山眠っていた。


ルミナはアルファになって初めて、親友の言っていた言葉の意味がある意味、次第によく分かる様になった。


ー自分の周りで人がどんどんなくなっていくー。

 出会いがあれば、別れもあるというシンプルなものではく、一緒に戦う多くの仲間は、気が遠くなるほどの長い年月の中、次々と亡くなっていくのに、何故か自分だけは生きている。今までグループ単位で戦って来た事が多いが、殆どの仲間が亡くなったり重症だったりするのに、何故か自分だけが軽傷ですんだりした。110年前の『ダークネス』が出没したあの日も、何故か自分だけ生き残ってしまっていたー。それは地獄のような悲惨な状況にも関わらずー。それが不思議でならない。でも、それが、次第に苦しみに変わってしまった。そこは煉獄である。戦うのはしんどい。しかし、年月が経つにつれ、その感覚は鈍り、麻痺していくようになっていったものだ。最早、ような気さえ感じてきたのだー。


「ねぇ、私でも信じることが出来ない?」

咄嗟にサラがボソッと口を開いた。

「何のことだ?」

ルミナは親友の墓をじっと見つめながら、花を供えている。

「ー私、ルミナの事が分からなくなる事が多いの。対人嫌悪からなのか、不幸が移ると思ってるからなのか、何か遠くに行ってしまうみたい。あなた、それに、いづれあちらアストリアン側に着つくんじゃないかってー、思ってー。」

サラが重い口を開いた。

「ーそうか?じゃあ、お前に何が出来るんだ?」

ルミナは急にムキになり、立ち上がると半ば強い口調で話した。

「私はー、ルミナがあの時の事を、110年前と20数年前の事をずっと引きずっているならー、一緒に解決したい。天野セイジの事はよく知らないけど、ルチアとなら親交があったからー。」

サラは申し訳なさそうにボソボソ話す。

「いや、いいんだ。どうせ、私はー。ちっぽけな野郎だからー。ずっと忘れられなくてね。未だに鮮明に覚えてるんだ。すまない。気にしないでくれ。」

「ごめん。もう、その話はナシね。」

やはり、ルミナは何かを隠している。その瞳は重く深いー。強がっているようだ。

「私じゃ、駄目?私じゃ、力になれないー?今まで長い間、ルミナはよく耐えたよ。」

サラは咄嗟に早口で話す。

「駄目だ。お前が不幸になる。私はお前に死んで欲しくはない。」

ルミナは水をかけ、半目にしながら手を合わせる。もう、何もかも悟りきったかのようだ。


そういえば初めて出会った時から、そうだったー。何処と無く距離を感じたのだー。

それが何故ルチアにだけは気を許したのかは分からないー。ただ、ルチアも何処と無く雰囲気が違っていた感じがしたのだ。天使の様な儚く、美しい雰囲気を醸し出していた。そんな2人が一緒にいると、違和感ひとつしなかった。その光景を目の当たりにすると、嫉微笑ましい反面、寂しい様な虚しい気持ちになったりするのだ。

ールミナと自分は次元が違うのだー。自分は弱いから一緒に肩を並べて歩く事が出来ないー。何の力になってあげる事も出来ないー。

サラにとって、ルミナはまるで掴めそうで掴めない近いようで遠い月の様である。


それが、サラには歯がゆかった。


とある夕暮れ時のドームの廃墟のなかで、天野マコトこと、カイムは、呆然と空を眺めていた。彼の足元には数百体のドールの死骸がある。カイムはドールの死骸を踏み付けて首をキョロキョロさせ、そのアストリアンの気配を探っていた。


「やるじゃないか?小僧ー。まさか、この父親の仇うちとかしに来たのではないだろうな?」

観客席の高い方の席から、狼の様な姿をしたアストリアンが、腕組みをし、顎を突き上げながら上機嫌に話している。

「彼ー。天野セイジには感謝している。転生し記憶を失なっていた私を1人の人間として育ててくれたからー。」

カイムは振り向く事なく、淡々と話している。

「フフー。それで仇討ちかー?しかし、今の貴様は只の人間だ。幾ら記憶が戻った所で、何も出来やしないのだよ。『ダークネス』時代とは違ってな。」

アストリアンは得意げに鼻で笑った。

「さりとて、お前には興味が無いー。お前は弱いからな。」

カイムは怖じけづく事なく、淡々と話している。

「ふっ、貴様ー、俺様に言う口かー?」

アストリアンは激昂し右手を肥大化させると、鋭い鍵爪でカイム目掛けて襲い掛かった。彼の周りはオレンジ色のオーラがメラメラ燃えていた。

「うるさいな。あんた。弱いから興味がないと言ったろ。しつこいぞ。」

そう言うと、カイムは風を斬るが如く、一瞬の内にそのアストリアンを真っ二つに切り裂いた。アストリアンは、悲鳴をあげ、血飛沫をあげ、そして塵と化した。


「やれやれ。この私も一人の人間に情が脆くなったものだ。さて、これからやらねばならぬ事があったなー。」

カイムはそう言うと、夕日を背に刀を納めて歩き始めた。彼の眼光は朱色に燃えているようであったー。


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