第一部:小春と時雨の物語、始まる

第1話吸血メイド三つ星時雨1

 わたしは雪空小春ゆきぞらこはる、この春から小学四年生! ってこんなにテンション上げてもしょうがないんだけど、出だしは元気を出していかないと。


 何でもお母さんの仕事の手伝いをやってたら、あまりわたしの事が回らないからって、メイド兼お母さんのアシスタントである鯨井氷雨くじらいひさめさんが、新しい人を雇うんだとか。


 その際、とある事情の人ではあるけど、ちゃんと女の人で家事やらわたしの相手にはいいから、心配しないで期待してるようになんて言ってた。本当に大丈夫かなぁ。


 あ、お母さんは漫画家なの。昔から結構な量こなしてるんだけど、最近は二つも同時連載して、滅茶苦茶忙しくてわたしの面倒もそんなに見られないくらい。


 でもわたしはもう慣れっこになっちゃったから、友達はいるけど家で過ごす時は、読書とか一人で出来る趣味に時間をかけるので大丈夫って訳。

 本なら幾らでも買ってくれるし、それは漫画も例外ではないのですよ、ふふふ。まぁ、自分が漫画家なのに漫画禁止なんてしてたら、シャレにならないでしょ。


 それにしてもお母さんのペンネームって、雪空の苗字は使ってるんだけど、下が焚火たきびなのよね。

 これは昔にかなり迷って決めたらしいけど、悩みすぎて変になっちゃったパターンなんじゃないかな。でも、お母さん自身は相当気に入ってるみたい。


 まぁ、お母さんがいいんならいいけど。そして、いつも冷静にわたしにツッコミを入れて来る氷雨さんも、お母さんの言う事となると、それはもう断然甘いのよね。

 仕事の件は結構厳しく一緒にやってるらしいけど、プライベートはあの二人は本当に見ていて恥ずかしくなるくらい。


 はよ結婚せい、とご近所も思ってるんじゃないだろうか。ああ、今ならまだパートナーシップ制度かな。


 それはそれでわたしは居間で朝ご飯を食べていたら、もう今日から来るメイドさんが到着しましたとさ。眼鏡をキチンとズレてないか確認して、襟を正す思いでわたしは緊張していたの。


 そうして、氷雨さんが連れて来てくれた人は、少し肌が白すぎるくらい透き通っていて、と言っても別に外国の血が入ってるって感じではなさそうだし、何かそんなに日に焼けない様な生活だったんだろうか。いやそれにしても、仕事はこの後すぐするのか、もうメイド服に着替えてるし。


「小春様。この方が今日から実質あなた専属のメイドです。木の葉このは様は、もう大学生ですし、好きにやるでしょうから、そこまで気にする事はないですよ、時雨しぐれさん。お食事とかは一緒に作って貰う事になるでしょうが」


「はい、氷雨さん。小春お嬢さま! 今日からよろしくお願いしますね。私、三つ星みつぼし時雨です。ちょっと特殊な事情で何かいい仕事はないかと探していたら、氷雨さんに紹介して頂いたんです」


 ふーん、お姉ちゃんはまぁそんなに家にずっといる訳でもないし、別にいいのか。って事は、わたし専属って事? それはまた大層な。


 わたしってそんなに手がかかるって思われてるのかなぁ。自分では大人しくて、じっとしてるから、都合のいい子供だと思ってたけど。


「それから、やはり色々通いだと不便だと言うので、住み込んで貰う事にしました。幸い、部屋は余っているので、すぐこの後私が案内しましょう」


 えー? 住み込みなの? じゃあ、わたしこの綺麗なお姉さんといっつも一緒なんだ。


 いやいや、わたしの憧れは落ち着いてて美人で賢い、本当のお姉ちゃんである木の葉お姉ちゃんなんだけどね。それは忘れちゃいけないんだよ。


 わたしは冷静を装って、返事をする。


「うん。よろしく。わたし、あんまり愛想とか良くないけど、変に思わないでね」


 一瞬、時雨さんがボーッとして、わたしを見つめていた様な気がする。しかし、ん?と思う間もなく、すぐに笑顔に戻る。


 それから二人は部屋に行って、わたしは朝食に戻る。

 と言っても、もうほとんど食べ終わってるので、最後に一口牛乳を飲み干すだけ。

 牛乳を飲むと口の周りが白くなるので、いつもの事だけど、わたしはタオルで口を拭う。


 それでぼんやり昨日読んだ雑誌を、パラパラと捲って印象に残ってるページをもう一度見てから、さて春休みの宿題でもするかと思い立つ。


 本当に面倒くさい事に、持ち上がりのクラスの時は、春休みにも宿題が出るんだよね。別に難しいから嫌だって言ってるんじゃなくて、そんなのやるなら、ちょっとでも楽しい読書がしたいって言うか。


 でも、読書の幅が広がる手助けに勉強はなるってわかって来てもいるんで、サボらずにキチンと最低限やるべき課題はやってしまうんだ。


 わたしが宿題のプリントを広げてやろうとしていると、時雨さんが一人でやって来る。手には掃除機。これから掃除かな。


「おや、お嬢さま。お勉強ですか。流石お噂通り、しっかりしていていらっしゃるんですね」


「ううん。別にこれくらい普通だよ。わたしだって、大人から見たら、まだまだ手の掛かる子供なんだと思う。だから氷雨さんは、あなたを雇ったんだし」


 フッと少し遠い目になる。わたし、何でも出来るようになりたくて、自分の事は自分でしたかったのにな。


 ここの所は、食器洗いだって出来るようになって来たし、ご飯作るのはまだそんなにあれこれ出来ないけど、洗濯物の畳み方も氷雨さんに教えて貰ったし。


 そんなわたしに何を感じ取ったのか、時雨さんは近づいて来て手を取ってくれる。


「大丈夫です。立派なレディになれますよ。それでもやはり全部やるのは大変でしょうし、お嬢さまは学生なんですから、そちらにも時間を割かなくてはいけません。わたしに何なりとお任せ下さい。お嬢さまみたいな可愛い子に仕えられるなんて、望外の喜びです!」


 なんか変な世界に飛んでしまってる気もするけど、とにかくわたしは手を握ったままでいる時雨さんに、掃除するんじゃないのと促して、自分も宿題に戻っていった。


 それで居間で過ごすのが普通なわたしは、色々仕事ぶりを目にする事になるのだけど、これまたテキパキと洗濯物を干すのでも掃除でも、もう手際よくこなしていくのが凄くわかるのよ。


 宅配便が来たら、ってこの日に偶然来たんだけど、それもキチンと判子の位置も把握して、受け取りもスムーズだったし。


 いやしかし、それよりも何よりも言わなくちゃいけない事はこれなのですよ。


 昼食と夕食は、時雨さんが作ってくれたのだけど、これが美味。

 昼はちょうどご飯が余ってたのを出していて、何か炒め物にしようとか思っていたので、それならと時雨さんが味付けを自分でした炒飯が食卓に。


 これがもう絶品。野菜の切り方も食べやすくて、自分が切って上手くいかないソーセージとかが入ってるのも綺麗に小さくされているし、ご飯のあの感じが実にお店で出て来るみたいなんだから。


 夕食はお姉ちゃんも帰って来て、一緒に食べた。その前に下ごしらえしているのを見ていたので、メニューは知っていたけど、ハンバーグとスープだった。


 これが凄くいい。買い物はどこに行ってたのか知らないけど、それほど値段が張らないでいて、凄くお肉が美味しいし、スープの味も何だかわたしに合ってるみたい。


 ソースが凄くいいのかも。そういえば作ってたなぁと思い出す。お姉ちゃんも美味しいって言ってたので、もう家族の胃袋は早々に掴んでしまったのかも。


 夕食が済んで、お風呂に入るまでの間、わたしは本を読んでいたのだけど、眠たくなって来たので、ウトウトとソファーでまどろんで来てしまう。


 居間には今、お姉ちゃんはいない。結構、お姉ちゃんは秘密主義なのか、すぐにお部屋に引っ込んでしまうし、中々部屋に入れてくれないのだ。


 うん、そうだ。お姉ちゃんに寝顔見られたら恥ずかしいもんね。なら、今は大丈夫だ。眼鏡をテーブルに置いて、丸いクッションに顔を埋めて、お休みなさい・・・・・・。



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