第10話 僕らのジュリエット

そして文化祭当日。


早朝から三人は焼きそばをひたすら作り始めていた。


これは翼のアドバイスによるもので、今回は事前に注文を取るというものだった。 文化祭で忙しい人はお昼ご飯を食べそこねるらしいので、これを見越して三人は事前に予約注文を受けていたのだった。


そしてこれらの配達は、一年の文也と豪に頼んだのだった。


「はい。これは職員室に!50個あるよね」


「数えたから間違いないよ」


無口な豪は台車を押して運んで行った。


「美咲。やべ!俺キャベツを焦がしちゃった?野菜が高騰中なのに」


「……大丈夫だよ!はいこれ。使って?」


「やけに新鮮なキャベツだね。でも高かっただろう?」


慌てていた晴彦に美咲は不敵な笑みを称えていた。


「フフフ!これは私が学校の花壇で育てた野菜なの。足りなかったらどんどん取って来るからバンバン使って」


こうして三人はとにかく一生けん命焼きそばを作って販売した。


そして昼を前に焼きそばは完売させた。


「ねえ優作。ちょと、その腕赤いけれど、火傷したの?」


「いいって事よ?これは俺達の名誉の負傷だ。一生の宝にするからほおっておいてくれ」


「バカ!あと晴彦も、その包丁の傷、大丈夫?」


「こんなのかすり傷だよ。指の一本や二本くらい」


この二人の話しを聞いて居られない美咲は文也に頼んで二人を保健室に連行してもらった。


「でも完売出来てで良かった……疲れたでしょう?豪も」


無口な彼はうんと頷いた。


「あとね。ここの片づけはこのレベル良いって言われているの。後はガス屋さんが片付けてくれるみたいだから。豪も文化祭で見たいのがあったら観に行って」


「……俺は特にない。美咲は?」


その時。 美咲のスマホが鳴った。尚人だった。


『おい!ロミオがいないんだよ。美咲も捜してくれ。もうすぐ出番なんだ』


「そういえば女の子とチケットを売るって言ったし。わかった。捜してみる」


美咲は豪と一緒にロミオを学校中を捜索したが、どこにもいなかった。


するとまた尚人から電話が来た。


『美咲。マジで時間がない!いいから今すぐステージ裏に来い』


ツーツーと電話は切れてしまった。これを聞いていた豪は、こっちと美咲を誘導した。


「美咲はあそこの体育館の裏から入りなよ。僕はロミオを捜すから」


こうして急いで尚人の元に向かうと、尚人は赤毛のカツラを被りロミオの衣装を引きずって着ていた。


「間に合った!もうすぐ始まるよ。あんたはジュリエットの衣装を着てよ」


瞳はそう言って美咲にドレスをどさ、と手渡した。


「え?私がジュリエット?演劇部の人は」


 

瞳の話しによるとロミオ以外の人とロミオをやるのが嫌だといい、演劇部の女子は消えてしまったと言う。


「そんな……」


「大丈夫。元々この劇はバルコニーのシーンと、キスシーンしかやらないから。後はあらかじめ撮影したロミオさんのVTRを流すだけなんだ。だからアンタ達でも演技できるわよ」


「セリフは?」


豪にそんな事を言われた美咲はびっくり顔では彼の横顔をみた。


「俺も美咲にサッカー部に入ってもらいたい。でもマネージャーの先輩達に遠慮するなら止めて欲しい。だって美咲らしい活動ができないんじゃ入っても意味が無いし。それよりも今日のような焼きそば販売だって、結果的には俺達の為になっているよ」


「……本当に?私、サッカー部の役に立ってかな……」


「12万円も売り上げたのに。何をそんなに気にしているの」


彼は長い前髪からそっと彼女を見つめた。


「あのね。私サッカー部の応援したいんだけど。焼きそばを作ったり、ジュリエットするのってね。これが果たして役に立っているのか、自信が無いの……」


すると豪は立ち止って、天を仰いだ。


「……ごめん。俺達が悪かった」


「急にどうしたの?」


「サッカー部を代表して俺が謝る!美咲が俺達の事をそこまで思ってくれているのに。感謝が全然足りなかった」


「え」


そういうと豪は美咲の右手を握った。


「美咲は俺達の励みなんだ。居ないとみんな困るし、だから自信持って」


「……そうかな?」


「そうだよ。さあ。元気出して」


「うん」


彼女は豪に背中を押されて歩き出した。すると、人気のない部室から男性が出て来たのが見えた。


「誰だろう。保護者かな」


豪はそう言うけれど、中年の男性は背中に大きな黒いリュックサックを背覆っていた。


……怪しい。


「ねえ、あの男が出て来た部室って……女子バレー部じゃない?もしかして」


泥棒?と言葉にしなくて豪と合わせた目で美咲には気持ちが伝わった。


「私、このままあいつの後を付けているから。豪は自分のリュックとサッカーボール持ってきて……」


豪は何も言わず彼女の命に従って行動した。素早く戻って来た彼は息も上がっていなかった。


美咲は彼のリュックを受け取ると、豪に作戦を告げて男に声を掛けた。


「すいませーん。待って下さい」


「……何でしょうか」


振り向いたメガネの男は、美咲と目を合わせず応えた。


「このリュック。彼の物じゃないんです。誰かが間違って持っていったみたいなんですけど、もしかしてあなたの物じゃないですか?」


「いいや。僕は一度も肩から下ろしてないから」


「でも。こっちのリュックにはお財布が入っていて大金が入っているんですもの」


「いくら入っているの?」


「えーと今開けてみますね……」


すると豪の声が響いた。



「美咲!やっぱりバレー部のユニフォームが入ってるぞ」


美咲と話しに夢中になっている間。勝手に男のリュックを開けて確認した豪は、リュックから真っ赤なユニフォームを引っ張り出した。


「くそ!離せ」


美咲を突き飛ばし、豪にリュックを押し付けた男は走って逃げ出した。


「……豪!あいつにドライブシュート!」


美咲の命で蹴った彼の放ったボールは綺麗な弧を描いて男の頭に命中!そしてバランスを崩した男に走って行った美咲は体当たりをして転ばせた。


そして彼女は男の腕を取り、得意の関節技を決めた。


「この~……スポーツ乙女の純情を踏みにじって!許さん!!」


「痛!助けて!?」


「豪は警備室に連絡して!あれ、静になった?」


男がぐったりして道に倒れこんでいた。


「もしかして、落ちた?」


「……ああ。気絶だね。それ、腕を引きしめ過ぎだから?あ、警備室ですか?部室のある東棟なんですが、下着泥棒を取り押さえたので大至急来て下さい。犯人は捕獲しましたので」


駆け付けた警備員さんは伸びている男に驚きながらも、起こして連れて行った。


「!美咲その手、どうした?」


「あ。道理で痛いと思った」


突き飛ばされた時、両の掌を道路ですりむいた手からは血がにじんでいた。


「……血だらけじゃないか。来い!」


一人でも大丈夫だといっても聞かない美咲を豪は保健室に連れて行った。


両手の掌の皮がむけて傷に砂が入っていた。保健室の先生は消毒してくれたが、外科に行った方が良いと言うので、美咲は豪に警察の取り調べを代わりに受けてもらい、一人で病院に向かった。


 

「……そうか。女子高生の君は犯人に体当たりをして転ばせて、腕ひしぎ固めをして気絶させたのか」


救急外来の老外科医は、美咲が怪我する経緯を嬉しそうに聞いてくれた。


「危なかったな。もしかしたら君は過剰防衛になるかもしれなかったが、こんな傷を負ったから正当防衛になるぞ」


そういって掌の傷からピンセットで砂を取り除いた。


「怪我の功名ってやつですか?う、痛!」


「そうだ。婦女暴行未遂も付くかもな、よしできたぞ。バルタン星人だ」


包帯でぐるぐる巻きにされた美咲の手は卓球のラケットみたいになっていた。


「あの。手がこんなだと、何もできないんですが、先生?」


「仕方がないだろう。手の皮が一枚向けた状態だから。数日はそれで我慢しなさい。絶対濡らさない事。明日の月曜日に消毒に来るように」


彼女はこうして病院を後にした。


カバンの中のスマホがブンブン鳴っているけれど、取り出す事もできない彼女は、看護師さんに財布からお金を出してもらって清算し、バスに乗りなんとか帰宅した。


自宅に帰って来たがチャイムを押そうにも指が使えないので美咲は肘でボタンを押した。


「あ!やっと帰って来た。おい美咲!お前何してたんだよって……バルタン星人じゃないか、それ」


怒って出て来た兄は、驚いて妹のバックを持ってくれた。


「さっきからみんなそればっかりなんだけど。なにそのバルタン星人って?」


何とか靴を脱いだ彼女は、部屋に上がった。


「そんな事はいいだろう?それより透達から連絡がバンバン着てるぞ。みんなお前の心配をしてるんだ」


「ごめん!スマホが鳴っているのは分かってたんだけど、この手じゃ出られないんだもの」


「……確かにな。じゃ俺が伝えておくから」


その後。


兄に泡のお風呂を沸かしてもらった彼女は、指先でなんとか服を脱ぎ、その後目隠しをした兄貴に手をビニールでカバーしてもらってお風呂に入った。


髪と身体を洗うのは泡のお風呂に潜るだけで我慢し、最後にシャワーで泡を落としてお風呂を出た。


身体を拭く事もできないので、このままバスローブ着ようとした。袖を通したのはいいけれど、腰の紐は結べなかった。


「お兄ちゃん!お風呂でたよー」


「……美咲。入るが、目隠しをしているからな」


この声?まさか……。すっと脱衣所の扉を開けたのは兄じゃなかった。


「どこだ。どこにいる?」


手探り状態の彼は恐る恐る足を前に出した。


「透さん。兄貴はどうしたの?」


「翼先輩は妹の世話がどうしても恥ずかしくて嫌だと言い張って。みんなで決めようとじゃんけんをして。勝った俺になってしまった」


「勝った?まあ、負けた人よりはいいかな」


すると透は脱衣所の壁に向かって話し出した。


「美咲。俺はぜったいお前を見ない!だから信用してくれ」


「わかりました。では一歩前に出て左に45度回って下さい。そう。ストップ!」


美咲の言いなりの透は、綺麗に止まった。


「いいですか?私は今。バスローブを着ていますが、腰の紐を結べません。両手を出して下さい、そうそう!その紐を掴んで」


「これを結べばいいんだな。よし!」


「……そう。そうです。しっかり結んで……できた!じゃあ、目隠し取って下さい」


ほっとした透は顔のタオルを外した。


「美咲。今日は本当に……うわ?まだダメじゃないか!」


そういって透は少々開いていた彼女の胸元を、目を瞑って直してくれた。


「すみません。あと、この髪を拭いてほしいんです」


透は恥ずかしいのか、横を向いて彼女の髪をごしごしと拭いてくれた。


「ええと。そこにあるタオルで出来た黄色い帽子があるでしょう。アレを被せてください。よし。これでOKです」


「はああ。疲れた。翼先輩の気持ちが良くわかったよ……」


こうして美咲は透が開けてくれたドアの向こうに進んだ。



「お!無事に風呂から出られたか」


「呼んでくれたら全部洗ってあげたのに」


「本当にバルタン星人だ!」


陽司、ロミオに尚人。いつものメンバーがリビングにそろい二人を拍手で迎えた。


「美咲。ほらここに座れ、疲れたろう?」


椅子を引いた兄貴は優しく肩に手をトンと置き、誤魔化しの笑みを称えていた。


「どうしてお兄ちゃんが来てくれなかったの?」


「……すまん。あまりの恥ずかしさに家を飛び出した時、玄関先でこいつらに捕まってさ。事情を話して代わりにやってもらったんだよ」


その時、透が美咲の前に座り、自分の汗をハンカチで拭きながら話し出した。


「ところで。豪から詳しく下着泥棒を気絶させた話しは聞いたが、その手はどうなんだ」


頭から滝のように汗を流している透は、心配そうに美咲をみつめていた。彼女はみんなに外科医の話しをした。


「そうか。じゃあ明日から大変だな。尚人。明日の朝、一緒に登校してやってくれるか」


「仕方ないな。明日は僕が面倒みます」


尚人は美咲に向かってじゃんけんのチョキを出しながら首をかしげた。さらに透は一緒に住むおばあさんに美咲のお弁当も頼んでくれると言ってくれた。



「……それよりも今夜の夕飯だな。ん?」

 

透の声に返事をするかのように炊飯器のご飯を炊けたアラームが鳴った。


「私。朝のうちに夕飯の用意をしておいたの。だからみんなでアサリご飯を食べてよ」


「よし!俺がやる!」


と珍しく兄貴が率先してキッチンへ向かった。これに尚人も続いた。


「ところでロミオ。どうして劇に来なかったの?」


「ん?それはねぇ」


彼はふわと美咲の隣に座り、肘を付いて悪戯顔で覗き込んだ。


「だってさ?。陽司がイケメンコンテストを抜け出そうとしているから、取り押さえるのを手伝ってって、純一からSOSが来たんだ」


「陽司さん。なんで急に?」


「あ?だってよ。俺は美咲の作り立ての焼きそばを食いたかったんだよ」


「……そんな理由で私はジュリエットを……」


これを聞いた透は目を輝かせ話し出した。


「待てよ?陽司のサポートをロミオがやり、ロミオのカバーに尚人と美咲が入り、俺が美咲の風呂の介助をした、という事は……。これはまさしく俺達の目指している藤袴のカバーディフェンスがようやく実って来た証拠だな!そう思わないか陽司?」


「ああ。透の言う通りだ。俺の計画に気が付くとは。さすがキャプテン。足のかけどころが違うな」


「それにしても。しばらく不便だね。両手が使えないんなんて、可哀想……」


ロミオは美咲の黄色い帽子頭をそっと撫でた。


「うん。それに……マジでジンジン痛くなってきた。痛み止め飲もうかな、ねえ。陽司さん?私のカバンから薬を出して」


すると陽司は袋から薬を取り出して彼女の口に入れてくれた。でも、水がない。


「おい。尚人!水持ってこい。いや。ストローは要らない。早く!」


陽司の声に尚人が持ってきたグラスを美咲の右隣に座るロミオが受け取った。


「今日のお詫びに僕が口移しで飲ませてあげるから、んぐんぐ」


ロミオが水を飲んだが、それを彼女の左隣の陽司が奪い取った。


「ふざけるな!どれ貸せ。俺が飲まるから、美咲いくぞ」


美咲は両手が使えないので陽司がグラスを口に運んだ。


「……ばかやろう!薬を飲むのになんでこんなに氷を入れたんだ?ちっとも飲めねえじゃないか」


「こっちを!」


今度は透が持ってきた水。口を付けようとしたけどこれも難しかった。


「お前な。そんな長いグラスじゃ飲ませにくいだろう」


透の持って来たグラスは相当横に倒さないと水が口まで来ないものだった。


……うう。口の中の薬が苦い。


「あ!?」


そして倒し過ぎて美咲の顔に水が掛かった。が水は口に入っていなかった。



その時、ロミオが腕に美咲を抱きしめてキスをした。


……うわ。水が口に入って来た―――?って薬飲めた……。


「どお。飲めたかな?」


シーンとしたこの部屋ではロミオだけがにっこりしていた。


「……ロミオ。お前、自分のした事わかってんのか?」


陽司は怒ってロミオの胸倉をつかんだ。


「だって。美咲が困ってたから」


「はあ……。困っていたら何をしても良いとは限らないだろう」


背後に立つ透は頭を抱えていた。そこへ翼が陽気に食事を運んで来た。



「おいおい。みんな?あんまり気にするな?だいたい美咲の唇は幼稚園時代にとっくにロミオに奪われているんだ。なあ、尚人?」


「ああ。俺もそうだし。翼もそうだし。っていうかサッカー部全員そうだろう?俺達のファーストキスはみんなロミオじゃないか」


「いや。俺は奪われてないが、う?」


ロミオはここで透にキスをした。


「……コンプリート!やった。これで完全制覇だ。う?」


今度は陽司がロミオにキスをした。


「うわ?何するの陽司」


ロミオはあわてて口を拭った。


「フハハハ!俺が上書きしてやったんだから光栄に思えよ?よし!飯にしよう。ん?美咲、どうした」


自室へ行こうと階段を上がりかけていた美咲を、陽司は呼び止めた。


「アホらしいから。部屋でセリエAの試合観て寝る」


「待て!着替えは?その手じゃネグリジェを一人じゃ着られないだろう?」


「心配しないで透さん。ネグリジェも何も今夜は服を着ないで寝るから。その方が明日の朝、楽そうだし。ふわああ。眠いからもう寝ようかな。みんな、お休みなさい……」


そういって美咲は自室の部屋のドアを足で開けて入った。そして髪を乾かすために扇風機を回した。でも疲れて……眠ってしまった。



「……おい。濡れたバスローブを着たままじゃ風邪ひくぞ」


「お兄ちゃん……もう眠いからこのままがいい」


「ダメだ。この丈の長いTシャツを着ろ。俺は向こうを見ているから」


「……眠くて。もうダメ……脱力……」


深い眠りに落ちる中。


その太い腕は私を抱き上げてベッドに運んでくれた。


一瞬肌寒くなったのは着替えをしてくれたみたいだ。


そしてその手はいつものように彼女の髪を優しく撫でてくれた。


「ジュリエットか……。こうやって。じっとしていてくれたらいいのによ」


意識が遠くなる時聞こえた声。


その優しい手に甘えながら、彼女は眠りに付いた。



つづく

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